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Memoire D'Homme
登場人物一覧
●モノローグ:灰被り姫と魔法使い
月明かりの下で見せる顔は、長い睫が目元に紗を掛け、靡く霜雪が頬を包んでいた。
薄紅を引いた口唇は微笑みに撓み、黄色い薔薇を捧げてジェック ・アーロン(p3p004755)は《彼》に語りかける。
「マックスウェル、久しぶり。会いに来たよ。どう? ビックリした? マスク、外れたよ。一番に見せてあげられなくてゴメン……でもマックスウェルに見せてあげたかったんだ。それから声も。はっきり聞こえるでしょ?」
『うん、君は想像していた通り……いや想像していた以上に綺麗だ。まるで月光を孕んだ白鷺の羽根のようで、声は夜を言祝ぐ小夜啼鳥の囀りだね』
「褒めすぎ……ムズムズするよ……。でも、アリガト。奥さんが美しくいられるのは、旦那さんが綺麗だと言ってくれるからなんだって。女子会で結婚してる子からそんなことを聞いたよ。だからアタシが綺麗なんだとしたら、マックスウェルがいっぱい褒めてくれたおかげ」
『奥方に魔法をかけて美しさに磨きをかけるのは旦那の役目だ。ずっと綺麗なままでいて欲しいからね。年齢は関係ないんだよ。美しさは内面から溢れ出る自信なのだから』
「マックスウェルはアタシにとって王子様というより魔法使いだったのかな? 灰被り姫の」
『ガスマスク被り姫?』
「そう、ガスマスク被り姫。あ、それからね、アタシ、他の人の服をデザインしたりコーデしたりするようになったんだよ。そうしたらね、マックスウェルが楽しそうだった理由も分かった。相手の喜ぶ顔が見たいとか、自信を付けてあげたいとかさ」
『衣装が替われば強くなれた気がして、勇気を与えてくれる。衣装が替われば違う自分になれる気がして、可能性を見せてくれる。美しさは武器だ。自分の手で心も強く美しく変えてあげられたら最高さ』
「……アタシ、マックスウェルから服やアクセサリーだけじゃなくてたくさんの物を貰ってたんだね。それにもっと早く気づいていれば……ううん、失ったからこそ大事なものに気付けたし、今度は逃げないよう向き合おうって思えたんだ」
ゴメンと呟いてジェックは月光が照らし出す墓石に《彼》の名を見る。
最早彼の姓を名乗ることもなく、彼と同じ墓に入ることもなくなった。
アリガトを言えないまま受け取った黄色い薔薇のクリップを握りしめると、意を決して《彼》に告げた。
「だから今日はね、お別れを言いに来たんだ」
●モノローグ:午前零時の魔法
「アタシね、弟がいたんだ。母親だけ同じ……。弟がいるなんて知らなくて、でも向こうはアタシのこと知ってて、お母さんを奪ったとか、顔が似てるの気に入らないとか、そんな理由でアタシのこと一方的に憎んでてさ……魔種になっちゃってた」
『自分だけの母親だと思ったら、他にも子どもがいて、なまじ顔が似ているだけにその子の身代わりなんじゃないかって疑念を持ったんだろうね。だから自分を脅かすものの存在を消そうとしたり、顔を封じようとする。嫌われたくないから母親にはぶつけられないしね』
「うん。でも一応アタシの弟だからさ……逃げちゃダメだって思ってアタシの手で決着を付けた。そうしたらガスマスクも外れたんだよ。それで名字を付けた。アーロンって、大嫌いだけどたった一人のアタシの家族の名字。ずっと忘れないで覚えているために」
『過去からは逃れられないからね。だったら受け入れて、背負って生きていくしかない。それでいいと思うよ」
「マックスウェルならそう言ってくれると思った。それとね、アタシ、好きな人が出来たんだよ。ビックリでしょ? 正直マックスウェルのこと、ずっと引きずってこれから先、誰かと恋愛なんて無理なんじゃないかって思ってたけどね」
『どんな人?』
「太陽のようにいつも明るく真っ直ぐで、眩しいくらい強い人かな。手を握って励まし、引っ張っていってくれる人。マックスウェルと似たトコないし、年下だし、男か女かも分からないけど、もっと見ていたいと思った。ずっと一緒にいたいと思った。これは『好き』なんだって思ったんだ」
『マスクが外れた君は太陽と共にあるんだね』
「マックスウェルのことは今も好き。だけどそれ以上にその人が好き。アタシ、その人と歩いて行くって決めたんだ。だから自分にちゃんとケジメをつけ……」
背中から回した片腕、華奢な肩に置かれた掌。
髪を掬って弄ぶ指先、囁く声音と暖かな吐息。
夜毎感じていた《彼》の匂い──
「……マックスウェル……」
《彼》は確かに今此処に、ジェックの背中にいた。
●ダイアローグ:Memoire D'Homme
「どうして……どうして今さら……」
死んだはずの《彼》が彼女を抱きしめる。
抱きしめられて息もつけずに立ち尽くす。
幽霊に出くわすと金縛りに合うと言うが、今正にそうなのだろう。
だけどその腕も その指も、吐息さえも、記憶の中の《彼》の姿。
「君は僕が死んでから分かったことや起きた事を報告してくれるけど、それは僕に対する後ろめたさがあるからだろう? 自分の気持ちに整理を付けて未練を断つだけなら此処に来る必要なんてないからね」
「だってマックスウェルは嫌じゃない? アタシが他の人の恋人になるの」
問いかけると背中で《彼》が微笑む。
「魔法使いは灰被り姫が美しくなるよう魔法をかけて舞踏会に送り出すのが役目さ。灰被り姫がダンスを踊るのも、灰被り姫と結ばれるのも、王子であって魔法使いではないんだよ」
「マックスウェルはそれでいいの?」
「愛とは愛する人の幸福を願うものさ。だから君はちっとも僕に後ろめたさを覚える必要なんてないんだよ。君が誰かを愛するとき、それは僕との日々で気づいたこと、学んだ何かが役立つはず……僕の愛が君を幸福にするんだ」
「本当に? 幸せになってもいい?」
「勿論」
「それを言いにきてくれたの?」
「君が安心して幸せになれるようにね」
振り返って確かめようとした時、《彼》が後ろから強く抱きしめる。
何かを言おうと口唇を奮わせた時、《彼》の口唇が耳朶に触れた。
「振り返らないで。振り返ると夢が終わってしまう。もう少しこのままでいさせておくれ」
「マックスウェル……」
それは夏の夜が見せてくれた夢かもしれない。
それはもう一度会いたいと願う心を映した幻かもしれない。
それでも胸元で黄色い薔薇を握るその手に《彼》の手が重なる。
あの時は重ねられなかった想いが、ぬくもりが。
「僕は君の中の永遠。僕の魔法は君を幸福にするだろう。さあ、お行き。行って最高に幸せにおなり。君の太陽が待っているよ」
「うん、行くよ、マックスウェル。じゃあね、バイバイ。今度来るときはアタシの大切な人を紹介してあげる。もっと幸せになったところを見せてあげるから」
サヨナラを告げた時、抱きしめるその腕はもうなくて。
ただ消えかかった月が夜の残り香として朝空に浮かんでいた。
それが夢でも触れたいと願った彼の望みを叶えてあげられた。
ならば幻とならぬよう幸福を願ってくれたその愛に応えたい。
バイバイ、マックスウェル。
バイバイ、思い出の《彼》。
ジェックは微笑むと太陽を空かして白んだ東に向けて、振り返らず真っ直ぐに歩き出した。