PandoraPartyProject

SS詳細

ノピンペロディの箱庭

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト

 ノピンペロディ、素敵なお庭。
 白い小鳥と銀の鈴。野バラの朝露金の星。

 ノピンペロディ、綺麗なお庭。
 狂った四季の楽しいお庭。へんてこ奇妙な不思議なお庭。 

 ノピンペロディ、不気味なお庭。
 入れないし出られない。騎士たち泣いて謝った。

 ノピンペロディ、どんな庭?
 ノピンペロディ、魔女の箱庭。
 すべては女王のご機嫌次第。
 
●Knock, knock
 そこは四季折々の花が咲き誇る驚愕の箱庭。
「まあ」
 朝焼け色のモスリンが淡雲のように揺らぐ。
 驚いた声に喜悦の蜜をふんわり隠し、女主人は客人を歓迎した。
「誰かと思えば《月光蝶々の魔女》エルマー・ギュラハネイヴル。ひねくれ魔女の代名詞であるあなたが、わたくしの庭に表側から来るなんて」
 耳元を飾る勿忘草の色。一つに括られた錦の髪は春空と夏海の色を綾なし、ミルクのように滑らかな乙女の額からは純白の一角が凛とそびえている。
「明日、月が消えるのかしら。水晶が溶けて海になってもおかしくないわ。それとも遂に子どもの真似事を止める決心がついたの、エルマー? 残念、数少ないあなたの美点でしたのに」
「やあ、ご機嫌よう。《箱庭庭園の魔女》ミシェラリルケ・ノピンペロディ」
 麗らかな五月の陽気さでエルマーは庭の主人に挨拶をした。
「本日はお招きをどうもありがとう。相変わらずお口がよく回ること。きみ、無駄に年月だけは経ているんだから口だけじゃなくて少しは感性も磨いてきたらどうだい? それとも庭に引きこもり過ぎて語彙力が化石になっちゃったのかな」
「ふふふ」
「ははは」
 まるで恋を象った、かの貴婦人は柔和な笑みを浮かべた。
「わたくしはいつでもあなたを歓迎しますわ」
「おお怖い、これだから魔女ってやつは。綺麗なお顔で歓迎しておきながら、お腹の底では鍋をぐつぐつ。何を考えているか分かりゃしない」
「その言葉、そのままお返ししますわね」
「ふふふ」
「ははは」
 綺麗で可愛い魔女の会話は大抵毒々しい挨拶からはじまる。友好的であればあるほどギスギスするのが当たり前。
 特に『森に棲む魔女連』である彼女たちの会話はキャッチボールではなくデッドボール。それだけ遠慮が無い、親しい間柄とも言えるのだが。 
「僕だって本当は裏から来たかったさ。でも、この子を連れて危ない真似はできないだろう」
「まあ」
 今度こそ、ミシェラリルケは本物の驚きを唇にのせた。
 エルマーのカフェオレ色の三つ編みの隙間から、白い小さな生き物がひょこりと顔をのぞかせている。
「さあ、かわいこさん。僕の友人にご挨拶だ」
「キュー」
 長い年月を歩んできたミシェラリルケでさえ、こんなにも美しい生き物と出会う事は少ない。
 朝日に照らされた雪のような小鹿は、灰色の大きな目でミシェラリルケを見上げていた。一種独特の神秘をまといながらも野生を捨てた無防備さと純粋さがぺこりと頭を下げる。どこまで首を下げれば良いのか、まだ塩梅が分からないのだろう。小さなすべり台を前にした箱庭の魔女は両の頬を手で覆った。
「まあ、まあまあ。なんてこと! わたくしが怖くないの?」
 ミルク色の肌が桃色に染まり、草原のラベンダーの間を爽やかな風が吹く。
 主人の心を映しとった白い藤棚がふわりと花房のカーテンを揺らした。
「エルマー。こんなに愛らしい子を連れてくるなんて、一言も聞いていませんわ」
「僕は言ったよ。かわいこさんを連れて行くと、ちゃんとね」
 エルマーは野薔薇の瞳をにんまり歪めて愉快そうに笑った。
「そして、きみとの長くて楽しい挨拶を覚悟してまで僕が表側から来た理由は正にそれさ。ミシェル、ところでお茶はまだかな。慣れないことをして喉が渇いてしまったよ」

●Hello, Little!
 ノピンペロディの庭で小鹿が跳ねる。
 いつかの未来にポシェティケト・フルートゥフルの名を得る子鹿は、お菓子にご飯に新芽と、たっぷり食べておなか一杯。いまは難しい話より初めて見る庭の冒険に夢中だ。
 お目付け役の白い小鳥たちは何も言わないが、久しぶりの元気な子供の体力と恐れ知らずの好奇心に振り回され、いささかの疲れが羽毛に滲んでいる。
「あの子、どうしましたの」
「うーん」
 エルマーは唸った。
 言葉を選んでいるというよりも説明が面倒くさいので少しでも話を省略したいと考える呻きだった。
「もらった」
「もらった?」
 オウム返しにミシェラリルケは問いかけた。
 手に持つティーカップは雲のように白く、飲み口を彩る柔らかな庭の花は主の気分によって姿を変える。今は薄紅のライラックが雪のように舞っていた。
 魔女のお茶会。小さなガーデンパーティー。
 ミントグリーンのテーブルクロスに飴色椅子を舞台にしたお喋り会。
 お月様の三段トレイには黒スグリのタルト、チェス盤のクッキーに白桃とヤギのチーズがお行儀よく並んでいる。
 ディルを刻んだマスタードペーストとキュウリのサンドウィッチの合間を銀のミルクポットが給仕に周り、三回目のおかわりにシュガーが切れたと青ざめた。
 ミシェラリルケがタクトのように指を振れば金や銀の小さな砂糖星が通り雨のようにぱらついて、爽やかな紅茶の水面に波紋を残した。
「この子の群れがそりゃあ危ないところでさ」
 どこにでも咲いている小さな野花のティーカップ。中身を白真珠の匙でかき回し、エルマーは不機嫌そうに唇をとがらせた。
「神様の子だと言って、この子を育てていたんだ」
「そう簡単に『神』が降りてくるなら誰も苦労はしませんわ」
 単語だけで察したのか。あきれたようにミシェラリルケが紅茶を口に運ぶ。
 鹿の子は今日も元気。
 芝生の上でバテている白い小鳥を見つけるとキューと一声鳴いてご挨拶。賢い。
「癇に障ったから思わずお花畑にしてしまったんだ」
「あら」
 目を細めた微笑みから一転。
 すんっと真顔になったエルマーにミシェラリルケはぱちくりとラベンダー色の瞳を瞬かせた。
「ちょっと荒っぽいけれど、嫌いじゃありませんわ。お花畑、花の盛りに伺おうかしら」
「ぜひそうしてくれ。養分が良かったおかげで綺麗な花が咲きそうだ」
「森にピクニックの場所が増えるのは良いこと。わたくしも今度外に作ってみようかしら」
 どこもかしこも魔女ばかり。
「そういうわけで、今はあの子と一緒に暮らしているのだけれど」
 エルマーはふうとため息を吐いた。
「子供って難しいねえ。可愛いのに、服着るの嫌がって脱いじゃうし、着せたら着せたで悲しそうに鳴くから困っちゃう」
 結局今日もすっぽんぽんさ、と。強大にして深遠なる魔女は子育てに悲しみの白旗を振った。
「かわいい子じゃありませんか。手に余るならわたくしにくださいな。ちょうどお庭にかわいい獣が欲しかったところなの。子鹿ちゃん、大切にしますわ」
「ははは! 冗談はお顔だけにしてくれるかな、ミシェル」
「うふふ! あなたほどではありませんわ、エルマー」
 ははは、ふふふと笑う二人の魔女のもとへ、ちょこらちょこらと白い小鹿が小鳥を背中に乗せてやってきた。
「どうしたんだい、かわいこさん」
「キュ」
「ああ、眠いんだね。よしよし、僕の膝においで」
 椅子の上から飛び降りたエルマーはちょうど良い木陰を探し、ジャカランダの木の根元に座ると己の膝を叩いた。
 ゆらゆら。小鹿は紫花の絨毯に寝そべると小さな顎をふかふかのスカートに沈ませた。
 お日さまとお月さま。草と土のにおい。
 二人の魔女に頭を撫でられて小鹿は幸せそうにぴるぴる耳を震わせた。
「悪戯好きの根無し草。旅好きの事象存在。百眼の月光蝶。花の精霊種。魔女エルマー・ギュラハネイヴル」
 長いまつげを震わせてくぅくぅ寝息をたてる小鹿を起こさないようミシェラリルケは微かな声で名を呼んだ。
「魔女連の皆に連絡してもよろしくて?」
「やだ」
 静かに。しかしきっぱりとエルマーは首を横に振った。
「見られた時の事を想像しただけで萎れそうだよ」
「では胸の抽斗にしまっておきましょう。わたくしへの借りは高いですわよ」
「抜け目ない」
「魔女ですもの」
 ミシェラリルケの笑い声に合わせて紫雲木の花が雫のように降り注ぐ。
「愛らしい子ね」
「うん、とても可愛い。まさに目の中に入れても痛くないというやつさ。だから」
 慈愛に満ちたまなざしから一転。
 エルマーは再びすんっと表情を消した。
「あの子がいつかろくでもない恋人を連れてきたら僕はそいつを迷わず腐葉土にする」
 ――風も無いのに葉と影がざわめいた。
「だからわたくしの所に来たのですね。親としての振る舞い方が知りたくて」
 今度はミシェラリルケがため息をつく番だった。
 返事は無言。ノピンペロディの主人は静かに目を閉じ、普段の軽口を潜めた真摯な瞳で相手を射抜いた。
「エリー。これは友として、そして経験者としての助言です。あの子に言葉と知恵、そして知識を授けなさい」
 エルマーは首を傾げた。
「知恵は分かるけれど言葉? 僕がわかるのだから必要無いと思うけど」
「あの子には世界を知り、伝えるための術が必要ですわ。あなた、知識と時間だけは無駄にあるのだから教えておあげなさい」
「うーん、君がそう言うなら。おっと、もう日暮れか。僕たちはそろそろ退散するとしよう」
「逃げても無駄です。今度、皆と冷やかし半分で様子を見に伺いますので」
「げえ」
「結果が楽しみですわね」
「ふきゅ?」
 小鹿の目が開く。二人の魔女を見上げて、ここはどこかしらと寝ぼけ眼で額を手のひらにこすりつけた。
「名残惜しいですが、さようならの時間」
 白い手が優しく小鹿の額を撫でる。
「リトルディア、また遊びにいらして。わたくしは子供達とも随分長く会えていないものだから、小さな子と会えて嬉しかった」
 魔女ミシェラリルケと魔女エルマー、そして小鹿のポシェティケト。
 今はまだ静かな箱庭での出逢い。
 魔女のお茶会に可愛い参加者が増えるのは、そう遠くない日のこと。

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