PandoraPartyProject

SS詳細

旱星

登場人物一覧

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻

 青々とした空に、白い雲がふわりと伸びている。此処はエターナル・ガーデンと名付けられた、幻想の庭園。
「早く来たけど、とっても混んでるのね」
 藤野 蛍 (p3p003861)は笑う。庭園はラベンダー、一色。人々はベンチに座り、ホットスナックやカラフルなドリンク、ラベンダー色のジェラートを片手に、今を楽しむ。
「ええ。でも、庭園は広いようですから、ゆっくり、のんびり楽しめると思います」
 桜咲 珠緒(p3p004426) が微笑む。
「そうね」
 眩い笑みは美しいラベンダーにぴったりだと、蛍 は思う。
「皆さん、楽しそうなのです」
 珠緒は見上げる。空にスカイウェザーの子供達が飛び回り、地上では彼らの両親だろうか。カメラを熱心に構え、シャッターを切る。
「そうよね、昨日まで雨だったもの。雨でどうなるかと思っていたけど、晴れて良かったわね。ふふ、珠緒さん、楽しみましょ!」
  蛍 は笑い、頷く珠緒を満足そうに見つめ、手渡されたパンフレットに目を落とす。日差しはとても強く、蛍は庭園で貸し出されている、日傘を持ち、珠緒とともにすっぽりと納まっている。日傘は想像以上に涼しい。
(本当に良かったわね。照る照る坊主の効果が出たのかもしれない……)
 蛍は思う。明日を想い、蛍は二つの照る照る坊主を軒先に吊るしていた。照る照る坊主は、冷たい風に強く揺れ、蛍は心配で何度も、見に行ったのだ。
(ボクの気持ちが通じたのかもしれない、なんてね)
 蛍はふっと笑う。それほど、今日を楽しみにしていた。
(でも、どんなに一緒にいても、あっという間なのが不思議……)
 蛍は無意識に小首を傾げる。
「蛍さん? どうしたの、です?」
 珠緒はパンフレットを掴む、蛍の手にそっと触れる。途端に話さなくなった蛍を心配したのだ。

 珠緒の双眸に映る蛍の表情。蛍は顔を上げ、驚いた顔をしている。眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれ、白肌がポッと赤に染まる。そして、蛍自身に広がっていく困惑。珠緒は瞬きをゆっくりとし、蛍の言葉を待つ。蛍は薄い唇を舌先で舐め、口を開いた。
「あ……あら、み、見て! 此処は夜まで楽しめるようになっているのね。蛍光蜥蜴? まぁ、ちょっと聞きなれない生き物だけど」
 蛍は頬を染めたまま、目を細める。
「蛍光蜥蜴、ですか?」
 視線を落とせば、蛍光蜥蜴の文字。珠緒はそっと笑う。蛍は珠緒に沢山の表情を見せてくれる。
(体調が悪いわけではなかったのです)
 珠緒は安堵する。
「桜咲も初めて聞きました。凄い見た目なのです」
 痩躯に、白色の細かな棘のようなものが全身を覆い、大きく開けた口には歯がびっしりと生え、目は鮮やかなオレンジ色をしている。
「ね、尾が四つあるみたいね。それに、餌やりもあるわね!」
 蛍は楽しそうに笑い、「珠緒さん、蛍光蜥蜴は夜に行くとして、まずは飲み物でも買いましょ?」と売店を見つめる。
「そうですね、水分補給はとても大事なのです」
 珠緒が頷く。この日差しの中、歩き続ければすぐに吐血してしまう。
「珠緒さん、少し、並んでしまうけどいいかしら?」
 蛍は言った。売店には長い列が出来ている。
「はい、桜咲は並ぶのも楽しいです」
 珠緒は穏やかに言い、微笑む。蛍が言う通り、売店は人が多い。ただ、回転率は速そうだ。ふと、ポップコーンの甘い香りが漂う。傾けられる日傘、互いの髪が風になびき、触れ合う。
「蛍さん、桜咲はあちらのどりんくを、飲んでみたいです」
 珠緒は目を細め、看板を指さす。
「どれかしら? ああ、あれね!」
 蛍は知る。真っ赤なドリンクを。ドリンクには鮮やかな花が浮かぶ。
「エディブルフラワー入りのスイカジュースね。良いわね、とっても美味しそう! あら! フルーツたっぷりのパンケーキもあるわよ! ふふ、パンケーキ・サンドだって、珠緒さん! 持ち歩けるようにハンバーガーみたいになっているのね。あっ、見て、ゆで卵入りの巨大コロッケも美味しそうよ!」
 蛍ははしゃいでいる。だが、そのはしゃぎぶりが似合う空間に、蛍と珠緒はいる。どんなに声を上げてもいいのだ。蛍と珠緒の横をカップルが笑い、通り過ぎる。手には、クレープが握られ、甘い香りが優しく香る。彼らはクレープを食べる度に今日のことを思い出すのかもしれない。晴れた日に、ラベンダー畑を見ながら、笑いあったことを。蛍は目を細めた。それはとても、素敵なことに思えた。
(ボク達もそんな日にしたいわね……)
 蛍は視線でカップル達を追い、珠緒がそっと気が付く。
「はい、素敵なものばかりで迷ってしまいます」
 柔和に珠緒が言い、微笑む。

「珠緒さん、此処ね」
「ええ」
 蛍と最後尾に並ぶ。列は長いが、すぐに進んでいく。これなら、十分もかからない。
「そうね。でも、全部は食べられないわね。もう、残念! 美味しい物を珠緒さんと沢山、食べたいのに……!」
 蛍は睨むように売店を見つめる。もしかしたら、沢山のメニューに憤っているのかもしれない。
「ふふ、蛍さん」
 不意に珠緒が呼ぶ。売店を見つめていた蛍の顔がすぐに珠緒の方を向く。
「はい?」
 蛍はきょとんとしている。
「互いが満足するまで、ともに行くのはどうでしょうか? 此処はしーずんによって様々な催しをしていますし」
「ああ、素敵よ。流石、珠緒さんね!」
 蛍はにっこりと笑う。一度きりではない。何度も、此処に足を運べるのだ。その度に忘れられない思い出が増えていく。蛍は無意識に幸福の溜息を吐く。

 暑い日差し。スイカジュースのエディブルフラワーが氷とともに、ゆらゆらと揺れている。蛍と珠緒はゆっくりと、傾斜を登り、振り返った。瞳に広がるラベンダー畑。
「わぁっ、綺麗ね!」
 蛍の声が響く。蛍と珠緒は坂の上にいる。
「そうですね。とても、美しいです」
 ラベンダー畑を見下ろし、珠緒は目を細める。熱い風に揺れるラベンダー、はしゃぐ人々の声、晴れた空。白い雲。何もかも満ち足りた休日。時間がゆっくりと流れ、心が穏やかになる。傾斜がきつい中、登ってきて良かった。そう、思えるほどの景色。何処からか、鈴の音が凛と聞こえている。夏の到来を先取りしたような感覚。今年の夏は暑いのだろうか。考えるだけで、楽しくなる。
「蛍さん、風さえも、澄んでいます」
 珠緒は流れる髪を押さえ、心で音を聴く。鈴の音が響き渡る。噛み締める、喜び。自らの足で立って歩ける、それは想像も出来ないことだった。
「そうね、来て良かったわね……このスイカジュースも美味しいし。ふふ、珠緒さんが選んでくれたお陰ね……」
 蛍は耳を澄ませ、珠緒の横顔を視界の端に映しながら、同じ音を聴く。沈黙すら心地よい。
「ねぇ、珠緒さん?」
 蛍はハッとしながら、珠緒に顔を傾けた。居心地の良い沈黙に、言葉を発することさえ忘れていた。
「はい、何でしょう?」
 珠緒はゆっくりと蛍を見つめ、笑顔を見せる。
「あのベンチで、買ったジェラートを食べましょ? ちょうど、日陰になっているしね。日傘の中は涼しいけど、そろそろ、休憩した方がいいもの」
 蛍はギフトを使い、珠緒の様子を案じる。この暑さだ。蛍自身も休息を要していた。汗ばむ陽気。園内では、熱中症のアナウンスが軽快な音楽に混じり、流れる。
(無茶をさせたくはないしね……)
「ええ」
 珠緒は頷き、穏やかに微笑み、口からぽたぽたと血を溢した。

 口許を拭い、珠緒は手渡されたジェラートを見つめる。ラベンダー色のジェラートはひんやりしている。
「はぁ、冷たくて気持ち良い、です。それに、やっぱり、溶けない、じぇらーとなのですね」
 珠緒は興味深げにジェラートを見つめる。売店で買ってから、二十分以上は経っている。
「そうね、看板には食べようと思ったときに溶け始める不思議なジェラートです!と、書かれていたけど、不思議……本当だったのね。特殊なカップみたいだけど……」
 蛍は不思議そうにカップを見つめるが、普通のカップにしか見えない。
「うーん、解らないけれども、いただきましょ?」
「はい」
 蛍と珠緒はプラスチックのスプーンで、適度に溶けたジェラートを口に含んだ。すぐに顔を見合わせる。
「んっ、美味しいわね!」
「あっ、美味しいです」
 声が揃い、蛍と珠緒は笑い合う。ジェラートは滑らかで、上品な味がする。
「ラベンダーの味がしっかりしているのに、しつこくないわね」
 蛍は唸り、もう一口。
「そうですね、味は濃いのにさっぱりなのです」
 珠緒は微笑み、そっとスプーンを口に含んだ。ジェラートはすっと溶けていく。
「んー、ああ! 最高よ!」
「桜咲はこんな美味しい、じぇらーとは初めてなのです」
「ボクもよ。どうしてこういう所で食べるものって、美味しいのかしらね?」
 蛍は目を細め、冷たい息を吐き出し、ラベンダー畑を見つめる。
「楽しい気持ちがより、食べ物を美味しくさせるのではないでしょうか」
 珠緒の言葉に蛍は「きっと、そうね」と笑い、ラベンダーを眺める。
「……」
 ラベンダーは風にそっと揺れる。人々の声。彼らはラベンダー畑を眺め、指を指したり、写真を撮ったり、各々の時間を過ごしている。皆、その顔に幸福が滲む。
「幸せな時間よ」
「そうですね、満ち足りています」
 珠緒と蛍はジェラートを堪能しながら、ベンチでゆっくりと会話を楽しむ。

 休息を挟みながら、ラベンダー畑を一周し、日が落ちてきた頃、「珠緒さん、そろそろ、夜ご飯にしましょ?」
 そう、蛍が提案する。歩き回り、お腹が空いてきたのだ。頷き、パンフレットを広げる珠緒。
「そうですね。このエリアから近いお食事処ですと、和食屋 レインボゥというお店のようで、肉うどんが名物のようです」
「和食屋 レインボゥ? あら、異世界からの料理人が作っているみたいね! 珠緒さん、早速、向かいましょ! 善は急げよ!」
「ふふ、とても楽しみですね」
 珠緒は柔らかく微笑み、和食屋 レインボゥの、暖簾をくぐった。広い店内、天井はとても高く、木の香りがする。至極、込み合っているが、待っている者はいない。そして、皆、肉うどんをフォークで食べている。
「ラッキーね」
「ぐっどたいみんぐ、でした」
 座り、ほうじ茶を飲みながら、おしながきを見つめる。
「肉うどんを頼むとして、珠緒さん、甘味はどうかしら?」
「甘味、ですか。抹茶わらびもち、かき氷、白玉あんみつがあるようですね。あ、ぐれーぷふるーつぜりーもあります」
 珠緒はおしながきの端に書かれた文字を指差す。
「え? あら、小さくて見えなかった。ええと、美味しくて眠たくなる味、全てにドキドキ? え? 何かしら、これ?」
「変なふれーずですけど、楽しそうです」
「そうね。なら、食べるしかないわね!」
 蛍は楽しそうに笑い、肉うどんと食後にグレープフルーツゼリーを注文する。

「お待たせいたしました」
 十四分後、肉うどんが運ばれる。
「美味しそうです」
「そうね」
 湯気すら美味しそうに揺れる。蛍と珠緒は「いただきます」と手を合わせ、箸を持ち、食べ始める。
「ん~、甘辛いお肉が、身体に染みます。んっ、うどんも腰がありますね」
 牛肉を口に含み、珠緒は目を細めた。ただ、少しだけ、量が多いように思えた。
「ええ、美味しいわね! それに、万能ネギの苦味と玉ねぎの甘さが絶妙よ!」
 蛍は、美味しさに笑みを零す。肉うどんは絶品だった。

 食べ進めてから、二十七分後。蛍は箸を置き、目を細めた。ようやく、食べ終えたのだ。
「うーん、美味しかったけど、お腹いっぱいよ。ねぇ、珠緒さんはどう?」
 残り、三本をすすっていた珠緒が苦しそうに顔を左右に振る。
「そうよね……デザートのテイクアウトは出来ないのかしら」
 蛍は店員に尋ねると、店員はハート型のプラスチック容器、一つに、二人分のグレープフルーツゼリーを詰めて、持ってきてくれたのだ。

「は~、立つとお腹の膨らみがわかるわね」
「桜咲もぽんぽんです」
 ライトダウンされた園内にジャズが流れている。
「ゆっくり歩かないと、大変ね!」
 蛍は、お腹をさすりながら、グレープフルーツゼリーが入った紙袋を揺らし、蛍光蜥蜴のエリアに向かう。
「うどんもお肉も沢山で、美味しかったのですが、最後は修行のよう、でした」
 ふぅと息を吐きながら、珠緒は微笑む。その手には、赤色に輝くランタン。
「そうね、永遠に食べ終わらないかと思ったわよ」
「ええ」
 珠緒と蛍は思い出したのだろう、くすくすと笑い合う。
「あら、ランタンも色んな色があるのね、綺麗……」
 蛍が言う。すれ違う人々の手には、青や緑や白色に輝くランタンが握られている。
「そう、ですね。桜咲達は赤でした」
「そうね、珠緒さんの左目のような赤で、素敵よ……」
 呟き、蛍が「あら!」と前方を指す。何かに気がついたのだ。
「珠緒さん! 見て、もう、光ってるわよ! あれが蛍光蜥蜴なのね」
 蛍が興奮気味に叫んだ。円形の柵の中に、蛍光蜥蜴が数匹、闇にぼんやりと浮かび上がっている。大きなホタルがいるような、美しさ。
「意外に綺麗ね!」
 蛍光蜥蜴は、ワニ程の大きさだ。
「ええ、何だか、夏の訪れを感じさせます。まぁ、あまりと言いますか、ほとんど、動きませんが」
 じっと眺めていても蛍光蜥蜴は動かない。人々は、ベンチに座り、蛍光蜥蜴を見つめながら、会話を楽しむ。家族連れの姿もある。子供達は、何かを撒いている。餌だろうか。のそのそと蛍光蜥蜴が歩き始めた。
「あ、ベンチが空いたようです」
 珠緒が気が付く。

 心地よい風がベンチに座る珠緒と蛍を静かに撫でる。蛍光蜥蜴が美しく光る。
「あ!」
 蛍が叫ぶ。
「どうしました?」
「これを、忘れるところだったわね」
 蛍はグレープフルーツゼリーを取り出し、「そろそろ、食べましょ?」とスプーンを手渡す。

 一口。
「!!」
 珠緒と蛍は瞬時に驚く。
「すっぱいけど甘いわね。ゼリーも美味しい!」
「これなら、今の桜咲でも沢山、食べれます……んゅ?」
 珠緒は口をすぼめ、首を傾げる。僅かな苦み。
(何故だか、薬品の味がするのです)
 ちらりと見れば、蛍はスプーンの手を止めずにゼリーを食べ続けている。
「うーん、デザートは別腹ね! それに何だかとても良い気分になってきたわね。身体がぽかぽかするような……ねぇ、珠緒さんも遠慮せずに食べてちょうだい!」
 蛍は顔を上げ、ぴたりと動きを止める。絡み合う視線。瞬く間に、人々の声が聞こえなくなる。
(ボク、どうしちゃったのかしら……)
 動けない。珠緒は不思議そうに蛍を見つめている。顔が、全てが熱い。

 どう、して?
 
 吸い込まれる。逸らすことがなんだか、勿体なくて。いつまでも、見ていたい、蛍はそう思った。それなのに。

「珠緒、さん……」
 蛍は耐えきれず、こてんと珠緒に寄りかかる。襲う、甘い睡魔。
「ん……」
 蛍は目を閉じ、珠緒に身体を預ける。そして、数分後、目を覚ました蛍は珠緒の膝枕を知ることとなる。

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