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月夜の子守唄

登場人物一覧

エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
エルス・ティーネの関係者
→ イラスト
エルス・ティーネの関係者
→ イラスト

月夜の子守唄


 雲一つないぽっかりと夜空に浮かぶ月。
 少しずつ夏の暑さが和らぐ時季にあって、砂漠の冷え込みも少しずつ強まっていたが、欠けた月は温かく砂漠を照らし出すような気にさせてくれる。

 ――満月は揺らめいて 煌々と揺らめいていた
 ――その光は眩し過ぎて目を背けたい……

 ――ゆらゆらと燃えるよう それはもう紅色
 ――満月のような瞳は まるでケダモノのよう

 砂漠の夜、すでに閉店した砂都喫茶「Mughamara」の店内から澄んだ歌声が聞こえる。
 長い黒髪、儚げで大人しそうな印象を抱かせる店主の女性、『Ultima vampire』Erstine・Winstein(p3p007325)が店内から窓の外……空に浮かぶ月を見上げて、静まる店の中に響く声で歌っていた。

 ――いつかこの日が報われて
 ――あなたへ会いに行けますか?
 ――色は鮮やかに巡りゆく
 ――目まぐるしい日々はいつも私を振り回して

 ――日々はもうカラフルに
 ――モノクロは懐かしい過去
 ――それでも あなたに 会えない日があったの

 旅人であるErstineはラサを拠点として活動するローレット所属のイレギュラーズだ。
 幼く見えて、吸血鬼という長寿な種族故に長い時を過ごしている彼女は最近、夜になると無意識に歌い始めるようになった。
 
 ――赤い熱情は空回り 隅で震え泣いていたの
 ――気づいていた思いはもう
 ――止める事すら もうままならないはずなの

 ――ケダモノのような満月が 大嫌いだった
 ――血を求め荒れ苦しむ そんな自分の姿が
 ――嫌だったから

 今歌っているのは、某世界におけるラテン語で満月という意味を持つ【luna plena……】という曲。
 混沌に来てから程なくして、血を厭うようになったErstine。
 稀に満月の夜、吸血欲がひどくなることはあるが、空の月は新円を描いてはいないこともあって現状、彼女がそうした気分になることは無い。

 ――いつかこの日が報われたら
 ――あなたへ会いに行っても良いですか?
 ――いつかこの日を解けたら
 ――あなたへきっと会いに行ける
 ――色は鮮やかに巡りゆく
 ――あなたへの思いもいつかきっと言えるように

 自らの体質にコンプレックスを抱きながらも、Erstineが抱く想い……。
 こうして、ラサに居を構えたのは、この地には密かに想いを寄せるあの人がいるから。
 胸に秘めるこの気持ちを、いつか伝えることはできるだろうか。

「………………」
 誰に聞かせるわけでもなく、観客のいない店内で1曲歌い終えたErstineは小さく溜息をついて自室へと戻っていく。
 じーーっ。
 そんな彼女を、窓を覗き込む少年少女が見つめていて。
 ひょこっ。ひょこっ。
 獣の耳と尻尾を持つその2人は顔を引っ込め、いずこともなく去っていったのだった。


 別の日の夜。
 店が閉店し、掃除や明日の準備を終えたErstineは今日もまた窓から差し込む月明かりの中、瞳を閉じて歌い始める。

 ――金色のお月様 きらり
 ――乾いた風に 揺られて

 この日、Erstineが歌っていたのは、【お月様の子守唄】。
 いつものように、彼女は徐に口を開き、旋律を紡ぐ。

 ――夢見の夜に近づく闇で
 ――見守っていた三日月……。

「…………? 何の音かしら」
 外が騒がしいことに気付き、Erstineは歌を止める。
「……はもう、……の時間だ……!」
「さっさと……、邪魔だ、……!」
 何やら男達が叫んでいるのに気づいたErstineは、窓の外へと視線を向ける。
 そこは細い路地になっており、普段は野良猫くらいしか通らない道だとErstineは認識しているのだが……。
「…………?」
 窓を開き、何が起こっているのかと彼女が確かめると、そこでは泥酔した中年傭兵2人が獣種の少年少女に絡み、管を巻いていた。
「だからー、ガキはおねんねの時間だっつってんだろ、アァン!?」
「俺らの歩く邪魔してんじゃねぇよ、さっさと家帰ってミルクのんで寝な、ヒヒヒ!」
 震える獣種の子供達へと、完全に酔っぱらった男達はなお因縁をつけて叫び続ける。
「ひっ……」
 頭に赤いハチマキをしたジャッカル系の獣種の少年は、震えるばかり。
「ああもう、あたし達が何してようと勝手でしょ!」
 もう1人は少年より少し年上、フェネック系の獣種の少女。
 強気な彼女は絡まれた酔っ払いに自分達の正当性を主張しようとするが、まるで話にならず。
「うるせぇなぁ、痛い目に合わねぇと分からねぇのかぁ!?」
 酔っ払いとはいえ、武器を持つ傭兵達はあまりに危険だ。
 少女が持っていた槍を構えるが、体格差を考えれば圧倒的に少女の方が不利。
 この近くを通りがかる人もほとんどおらず、少年少女は絶体絶命の危機だ。
 しかし……。
「私の店の傍で、何をしているのかしら」
 店から出てきたErstineが酔っ払いの背後へと立って身構えた。
 なお、数々の事件を解決に導いている彼女はラサにおいて知名度は高く、傭兵達にもかなり実力者だと認知されている。
 酔っ払いどもも真顔のErstineに冷たい視線を向けられれば、酔いも覚めたようで。
「は、はは……あんたの店だったか……」
「悪酔いがすぎたか、大人しく帰るわ……」
 ぺこぺこと頭を下げた傭兵達は素面になり、そそくさと去っていった。


 戦闘態勢を解いたErstineは獣種の少年少女の方を向く。
「怪我はない?」
「絡まれて困ってたんだ。助かったよ」
「……ありがと。一応、お礼言っとく」
 そこに残った獣種の2人は、助けてくれた彼女へと礼を告げた。
「さあ、あなた達も、早く家に帰って……」
「…………」
「…………」
 帰宅を促そうとするErstineだったが、少年少女は目をぱちくりさせる。
「どうしたの?」
 目を輝かせた彼らは笑顔を浮かべ、Erstineへと近づいてくた。
「あんた、歌、すごく上手よね!」
「すごく綺麗な声、とても心地よくて、ぼくは好きだな」
 どうやら、彼らは自分が夜に店内でErstineが歌うのを、ずっと聞きに来てくれていたようだ。
「あ、ありがとう」
 締め切った店で歌っていたはずだったが、どうやら少しだけ外にも聞こえていたらしいと気づき Erstineは少し照れてしまう。

 店内へと彼らを迎え入れたErstineがミルクを振る舞うと、2人は美味しそうにそれを飲み干す。
「あたしはオーデー! よろしく!」
「……えっと、ぼくはリート」
「Erstineよ」
 少女オーデーに続き、少年リートが挨拶すると、Erstineも挨拶し返すが、2人もまた彼女のことを知っていたらしい。
「うん、知ってる」
「ライブ聞いてた」
 孤児であるオーデー、リートの2人。
「ママは知らない、パパはどこかの国で死んだって聞いた。傭兵って、そんなものってパパは言ってたから……」
 オーデーは手にする槍が父の形見だそうで、常に手にしているらしい。
「このハチマキ、父ちゃんの形見。母ちゃんは……生きてるかわからない……」
 リートもまた、頭に巻くハチマキを大切そうに触りながら話す。
 過酷なラサの地で生きる為、2人は物乞いだけでなく、盗みもちょくちょく行っていた。
 しかしながら、あの日の夜のライブを耳にし、2人は悪行からは足を洗うことにしたらしい。
 それをとある日耳にした彼らはほぼ毎日、Erstineの歌を聴く為にこうして店の近くまでやってきていたそうだ。
「Erstineの歌はね、なんて言うか……そう! 聴いてて心地いいの! だから、ね? 歌ってよ、ねぇ!」
「そうだよ、Erstine! Erstineの歌は心地よくて、とっても好きなんだ!」
「そうね、それじゃ……」
 2人に褒められたErstineは少し照れながら、先程歌いかけていた【お月様の子守唄】を最初から歌い始める。

 ――金色のお月様 きらり
 ――乾いた風に 揺られて

 ――夢見の夜に近づく闇で
 ――見守っていた三日月

 ――360度 広がる砂漠の街で
 ――あなたが安らげるように歌おう……

 ――さぁ眠りましょう(さぁ眠りましょう)
 ――暗い砂漠の夜 夜明けの光を出迎える為に

 ――さぁ眠りましょう(さぁ眠りましょう)
 ――寒い砂漠の夜 温かな朝まで そう安らかに

 2人の子供達は嬉しそうに体を揺らし、Erstineの音色に聞き惚れていた。


 その後も、夜になるとひょこっと窓の外から顔を覗かせるオーデーとリートの2人。
「ねえ、今日も歌ってよ」
「Erstineの子守唄が聞きたいな」
 店内に招き入れられた2人は座席に座り、そうせがむ。
 最初はErstineも断っていたのだが、何度も来てくれる彼らに根負けして。
「……1曲だけよ」

 小さく息を吸い込んだ彼女は、清らかな声を響かせ始める。

 ――金色のお月様 きらり
 ――乾いた風に 揺られて

 ――夢見の夜に近づく闇で
 ――見守っていた三日月……。

 Erstineの旋律に合わせてオーデーも小さく口ずさみ、リートは体を揺らしながら眠りへと落ちていく。
 そんな子供達になつかれるErstineは微笑みを湛え、彼らの頭を優しく撫でるのだった。

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