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SS詳細

結びの果ての二重奏

登場人物一覧

ガーベラ・キルロード(p3p006172)
noblesse oblige
奏多 リーフェ 星宮(p3p008061)
お嬢様の恋人

●踏み出す狂気
「うーん」
 二枚の書類を手に、神郷 蒼矢が神妙そうな顔をしている。彼は特異運命座標を異界へ導く境界案内人。怠惰な人物だが、最近は優秀な二人の請負人のおかげで業績は悪くない。

 一人は『虚空』奏多 リーフェ 星宮(p3p008061)。烏の濡れ羽のような美しい黒の片翼を持ち、女性的な柔らかい顔立ちをした好青年だ。気が遠くなる程の長い年月を幻想の外れの森で過ごしており、長生種として積み上げた経験からか、戦闘では冷静沈着に物事を見据えて行動する力がある。
 もう一人は『noblesse oblige』ガーベラ・キルロード(p3p006172)。幻想貴族キルロード家の令嬢でありながらも、その身分を鼻にかけず領民のために鍬を奮う高貴な精神の持ち主だ。戦闘では家宝の白い細剣で繰り出す絶技と悪役令嬢ちっくな高笑いで敵を圧倒し、目覚ましい戦果をあげている。

 森籠りの平民と幻想貴族。身分違いの両者を引き合わせたのは彼の依頼で、以降はペアで行動する姿を見かけるようになったのだが……。

「二人とも、今回も凄かったね!」
「ガーベラ君のおかげだよ。背中を安心して任せられるからね」
「奏多様がいるから大胆に立ち回れますのよ」
 奏多を見つめるガーベラの瞳は恋する乙女のそれだ。奏多も気持ちに応える意志がある様で。
「この後、一緒に食事でもどう?」
 一声で場の空気が華やいだ。表情を明るくして振り返るガーベラ。しかし我に返ったように視線を逸らす。
「そうしたいのは山々なのですが、畑仕事を手伝う約束がございまして」
「じゃあこうしよう。僕も畑仕事を手伝う。食事はその後からで……どうかな?」
「かっ、奏多様!」
 断られない様子を肯定として、彼女の手を引く奏多。
(……歪だなぁ)
 二人の背中を見送りつつ、蒼矢はそんな感想を抱いた。
 ガーベラは奏多を好いている。にも拘わらず、何故か距離を置こうとする節があるのだ。
「彼女が一歩踏み出すには、何かきっかけが必要そうだなぁ」
 二人が大切だからこそ恨まれ役は買おう。そう決意して、蒼矢は本棚だらけの廊下へ消えていった。

●悪魔の果実
「どういう事ですの?」
 単純な討伐依頼の筈だった。少なくとも蒼矢から聞かされていた内容はそうである。
 見覚えのある村、見覚えのある人達。降り立った異世界はあまりにもキルロード家が統治している領地に酷似していた。違和感はそれだけではない。
「おぉ、姫騎士様がいらっしゃったべ!」
「我ら領民に光の道をお示しくだされ!」
 村人はガーベラを知っている。されど親しみを込めた接し方ではなく、何処か距離を感じるような。
「オーッホッホッホ! 如何にも私ですわ。タゴサク、畑のトマトの調子は如何ですの?」
「……!」
「そろそろ収穫の時期でしょう。手伝いに伺おうと思っていましたの」
「とんでもねぇ! 姫騎士様がおらん名前さ覚えてくださってただけでありがてぇのに、泥臭い仕事を手伝うなんて」
 タゴサクと呼ばれた村人は大いに驚き、両手を前にして首を振る。
(やっぱり何か変ですわ。畑の手伝いなんて、私にとっては日常事ですのに。この異世界はもしかして、私の居る世界と似て非なる別の――)
『そこをお退きなさい』
 近づく蹄の音。騎馬隊が村の中へ侵入し、先頭を駆る白馬がガーベラの前で嘶きながら止まった。
 凛とした声に驚いて彼女が見上げると、跨っているのは金髪の女騎士。
 何者かは見紛う筈がない。ガーベラ・キルロードその人なのだから。

「美味しそうなトマトだね。ひとつ貰える?」
 時を同じくして、村の市場。赤い果実を手に取った仮面の男が露天商へと声をかける。
「まいどあり! タゴサクんところのトマトの良さが分かるたぁ、お目が高い!」
「タゴサク君?」
 妙な縁を感じて男は聞き返す。その名はつい先日、ガーベラと共に畑仕事を手伝った農園の職員と同じ名ではないか。

「君にしか出来ない仕事を頼みたい。やるべき事は現地に着けば分かるさ」

 案内人からの指示はアバウトな物だったが、"君にしか出来ない"と言われれば受けずにいられない。奏多にはそういうお人好しな面がある。
 導かれた異世界は見覚えのある場所で、まずは様子を見ようと貴公子の仮面で顔を隠し、村を観察していたのだが……やはりこの場所はガーベラの領地に酷似している。
(けれど、それ以外は全然違うみたいだね。地元の話は誰でも饒舌に語るのに、他国の話を振ると途端に話を濁す。きっとこの世界は表面だけ形を整えた"仮初の場所"なんだ)
 そして恐らく、この世界を創り出した人物の標的は――。

 ドォン! と遠くで轟音が響いた。煙が立ち上ったのは村の入り口の方か。
「どうか無事でいてくれ……ガーベラ君!」

●ノブレス・オブリージュ
「はぁ……はぁ……」
 破けたドレスから零れる生足は血が滴り、セットされていた縦ロールの髪は乱れて崩れ。ボロボロになりながらもなお、ガーベラは盾と細剣を構えて身構える。
『お退きなさい、と言った筈です』
 対してもう一人のガーベラは大きな怪我を負った様子もなく涼しい顔だ。
「えぇ。そして私もこう答えた筈でしてよ……お断りしますわ!!」
 彼女には退けない理由があった。背後で腰を抜かして震えるタゴサクを守るためだ。
 聞くにこの世界の姫騎士ガーベラは、彼を粛正に来たのだという。
『私の姿をした貴方。知らぬとは言わせません。我がキルロード家の家訓ノブレス・オブリージュを』

 ノブレス・オブリージュ。
 貴族たる者、身分に相応しい振る舞いをすべきである。高い地位には相応の義務と責任があり、それを全うする尊き精神を持つ者であれ。

「えぇ。だからこそ私は立ち上がりますの。何度でも……貴方がタゴサクを殺めないと約束するまで!」
『くどい! その男は隣の農園が不作でありながら、助ける事を怠った。怠惰な領民が粛正を受けるのは当然の事です』
「お許しくだせぇ姫騎士様! キルロード農園は働き手が足りてなくて、維持するので精一杯なんでさぁ!」
 タゴサクの手は日々の農作業で擦り切れてボロボロで。言葉に嘘偽りがないのは明白だ。
「彼の行いは確かに褒められたものでは無かったのかもしれませんわ。けれど、そうせざるを得なくした私達キルロード家にも責任はあります。どうして貴方はそこまで潔癖で――」
『貴方の方こそ甘すぎる。だから叔父に謀叛を起こされるのです』
「……ッ!」

 ガーベラが奏多の気持ちを受け入れられない理由。それは過去の傷によるものだった。
 謀叛が起こったあの日、悪漢達により失ってしまった純潔。命からがら逃げだしたものの、その時負った腹の傷は未だ癒えず、身体に刻まれたままで。

「この世界の貴方は"穢れなき完璧な私"なのかもしれません。それでも領民を守るためならば……ええ、覚悟を決めますわ。申し訳ございません、お兄様達、妹達……ガーベラはここで刺し違えても守り通します!」

 防御の姿勢をとったガーベラに剣魔双撃が放たれる。立っているのもやっとの彼女に攻撃が届く事はなく。
 ばさ、とガーベラの目の前で大翼が広がった。
「待たせちゃってごめんね、ガーベラ君」
「へっ? 奏多様、どうして……というか」
 ヒロインのピンチに駆けつける颯爽と駆けつける王子様なんて、そんなの――ズルいくらい恰好よすぎる!
「何をしてるのですか! もっと自身の命を考えてくださいまし!……ですが…その…助太刀感謝いたしますわ」
『そうです奏多様! それに、なぜ穢れた方の私を救うのですか?』
 ちらと奏多が視線を向けると、ガーベラの破けた服からは例の傷が覗いていた。最早隠し通せまいと彼女は悲しげに視線を逸らす。
『見てください、あの醜い傷。清い身体ですらない傷物の令嬢なんて、救う価値すら――』
「君は何も分かってないね」
 絶句するこの世界のガーベラの目の前で、ぐい、とガーベラの身体を抱き寄せる奏多。傷すらも愛おしげに片翼で包み込み、支えながら細剣を構える。
「少なくとも僕は気にしないよ。身体に傷があるのは僕も同じだし、例え傷があったとしてもガーベラ君の価値や優しいところは変わらないでしょ?」
「嗚呼……そんな事言われたら勘違いしてしまいますわ…奏多様。重くてめんどくさい女だと自覚はございます……ですが、私…貴方に」
 零れる涙がとめどなく溢れる。濡れたガーベラの頬を奏多の指が拭い。
「そこから先は、僕に言わせて。……付き合ってくれる? ガーベラ」
「〜〜ッ! 喜んでっ!」

 ピシリ、とヒビが入る音がした。この世のガーベラの身体に亀裂が入る。
『嘘よ、完璧な私よりあの女を選ぶなんて! そうよ、きっとあの奏多様は偽物なんだわ!』
 狂乱と共に放たれた魔力双撃を前に、二人は抱き合ったまま身構えた。

 ガーベラの白き細剣、真ドラグヴァンディル。
 奏多の夜を抱く細剣、ノクターナルミザレア。

「初めての共同作業だ。行けるかい?」
「無論。負ける気がしませんわ!」

 二対の剣が放った斬撃は絡み合い、敵の斬撃を打ち消してなお勢いを増しーーを打ち砕く!!

 パリィン!!
 砕ける音と共に崩れていく景観。対峙していた異世界のガーベラも消え、後に残されたのは暗い空間と割れた手鏡がひとつだけ。
「どうやら倒すべき敵はこの鏡だったみたいだね」
「終わりましたのね。……ぅっ」
 脱力感と共に我慢していた痛みがガーベラを襲い、大きくその身が揺らぐ。倒れる前に奏多は彼女の背へ腕をまわし、お姫様抱っこで抱き上げた。
「ふわ!? ちょッ……困りますわ…その…こんな風にされたの初めてで…うう、恥ずかしいですわ」
「恥ずかしいかもだけど我慢して? 女の子が怪我してるのにそのまま放置は出来ないし」
 何より、愛し合う二人の歩みは、まだ始まったばかり。
 足元でキラキラと鏡の欠片が輝く。その神秘的な煌めきは二人を祝福するかのようだった。

  • 結びの果ての二重奏完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月28日
  • ・ガーベラ・キルロード(p3p006172
    ・奏多 リーフェ 星宮(p3p008061

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