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Get so cute!
登場人物一覧
●とある噂
俺はある悩みを抱えていた。
隣のクラスのあの子に片想いして早1年、告白したいんだけど、女子目線の気持ちになって考えた方が良くないかなって。
だってほら……あんまり俺のこと覚えてなさそうなのに、あの子に告白なんて。
……な? 引かれたら、そりゃあ俺だって傷つくし。
だから、女子の気持ちが聞きてえなって思ったんだけど。
「えっ無理無理、お前が告白とかないわー」
「はぁ!?」
「だって無理だろ! お前、普段女子からなんて言われてるか知ってるか?」
「……言ってみろよ」
「『鉄仮面の王子様』だぜ!? 王子様がこんなひよってなよってんじゃ格好つかねえだろ〜」
「な! 告白はやめとけ、イメージ崩すぞ」
「そんなの女子が勝手につけたイメージじゃねえか!」
俺は俺の好きな人に告白したいだけのに。
ほかの女子のイメージなんて知ったこっちゃない。
だけど、女子の友達がいない俺にとって告白の手順なんてわかんないし、そもそもどういったものかもわからなかった。
そんな俺に舞い込んできたとある噂。
それは、あまりにも平凡で代り映えしなかった俺の日常を変えてしまうことを、その時の俺はまだ知らなかった――。
――カフェ・ローレットでミルクラテを頼んだ後、コルクコースターの下に……。
小耳にはさんだ噂。浮ついた足。
弾む心を抑えつけ平静を装って、カフェ・ローレットの扉を抜ける。
「いらっしゃいませなのですよ! 空いてる席にお座りくださいなのです」
一見犯罪にも思える幼い見た目のウェイトレスが声をかけた。
随分と若いようだが、このカフェの関係者らしい。気にすることもなく俺は注文をとった。
「すみません」
「はいなのです!」
駆けつけたのは先ほど俺を案内してくれた、金髪の獣種の少女だった。
ご機嫌にしっぽを振りながら俺のほうを見てくる。
慌てて俺は注文を伝えた。
「ええと……ミルクラテと、あとサンドイッチ」
ミルクラテだけでは俺の意図なんてバレバレかもしれない。
そもそもこの店の店員というだけで噂だって知らない可能性もある。
ぐるぐると頭を駆け回る思考。少女はただ微笑むだけだった。
「はいなのです! 少しお待ちくださいですよ」
とてとてという効果音が似合いそうな可愛らしい走りで、厨房へと注文の伝達に向かった少女。
大きなしっぽに結ばれたリボンは俺の気も知らず悠々と揺れている。
注文してしまった。ああ。
しっかり財布の中には消費税まで計算され、適切な額になるように調整された小銭やらお札やらが入っている。
ああ。ああ。逃げられない。
書かなければいい? そんな選択は俺にはなかった。
「お待たせしましたなのです!」
ことり。重い陶器の音。届いてしまった。
「ラテはメイが書いたのです。ごゆっくりどうぞですよ!」
緊張したままサンドイッチを食む。
しゃくしゃくのレタス。わずかに舌の上をくすぐるハムとマヨネーズの味。頭は混乱していてあまり味を覚えていない。きっとおいしかったのだろう、皿の上にあったはずの二つのサンドイッチはあっという間に消えていた。
問題はミルクラテだ。先ほどの少女は何も知らずに書いたのだろうが――、
「……!?」
『MAY』。筆記体で綴られたそれ。
ビクンと肩がはねたが情けないので平静を装って、飲むことにした。
(……うわ、甘)
酷く甘く、俺の好みではなかったが残さず飲むのが礼儀というものだろう。
ぐいっとコップを傾けると、俺はミルクラテを飲み干してコルクコースターの裏に小さくMAYと書きこんだ。
胸ポケットに自然にさしておいたペンを取り出すだけでも人の視線が気になってしまう。
手早く済ませ会計を終えた俺は、逃げるようにカフェを去ったのだった。
「……なるほど、なのです」
少女のつぶやきは、俺の耳に届くことはなかった。
●
接触成功。
夜妖<ヨル>には気づいていない様子なのです。
もう少し様子を見ます。
●メイ
MAY。五月病。もう動けない。
そのような由来なのだろう。
俺だって、もうどう動くこともかなわない。
そんな俺の前に先日の少女が現れた。
「――君が?」
「はい、メイなのです」
「知らない人に名前は教えちゃダメだって教わらなかったのか」
「メイは本名じゃないのですよ」
嘘か本当かもわからない。
だがしかしその少女から感じ取った雰囲気は、歴戦の乙女と呼ぶのがふさわしいような気さえした。
俺は少女に促されるままに依頼内容を話し始めた。
「……実は。俺、告白したい相手がいるんだけど。
女子からのイメージが崩れるとか、どうこう友達に言われて。
あと、あんまりそのことも話したことがないから、どう思うかなって……君が女子なら、女子目線の話を聞きたくて」
「なるほど。メイは基本心が震えた時しか依頼を受けないのですが……特別なのです。
恋する男の子を助けるってはじめてなのです。お受けしました!」
「ほんとか? ありがとう、助かるよ」
「その制服は希望ヶ浜の制服ですね。
しばらく観察しに行くので、普段通り過ごしておいてくださいなのです。じゃあまた明日!」
「え? あ、ああ……」
ひらひらと手を振ってメイはかけていった。
俺はぽつんと取り残されてしまった。
●
夜妖<ヨル>よりこちらへ接触あり。
メイのことはまだ気付かれていません。
もうすぐ暴走の気配あり。
●恋の罠
「で! しばらく観察してみたのですが――」
本当に学校に来た。
なんならしっくりなじんでいる。
なんてこった。
両手の裾はあまっているが、その裾越しにまとめられた紙を手渡される。
曰く、タイトルは――、
「改善案?」
「なのです。メイが見ている限りなのですが、お二人はもう少し仲良くなればグッドなのです。
共通の話題があるようですから、それを用いるのがいいと思うのですよ。
あとはですね――」
めちゃくちゃ小さい子で見くびっていたけど、これなら俺の告白だってかなうかもしれない。
「ありがとな、メイ。さすがは何でも屋だ」
「違うのです。メイはシティガールなのですよ!」
素はもう少し抜けているのかもしれない。
外見年齢相応のそぶりを見せるメイに俺は思わず吹き出してしまうのだった。
そして数週間。
俺と彼女の交流は続いた。
それを見守るメイも。
もとからこの学園の生徒だったのだろうか、メイの周りにはいろんな年齢の友人や、親しいとは思えない先生たちとの交流も深かった。
彼女の近くにいると不可解な現象が起きて、今日はもう帰るように言われたり無理やり解散になったりすることもあったのだが。
そして。
「なぁ、メイ」
「どうしたのですか?」
「俺、明日告白してみようと思うよ」
「……そうですか! どこでするつもりなのですか?」
「屋上で。今日、帰りに声をかけたから、予定は空いてるって言ってたから、明日が楽しみだ」
メイは俺のことを応援していてくれたはずなのに、その表情はあいまいなままだった。
●
依頼人より夜妖<ヨル>との接触日時を確認。
今晩対峙します。
お手隙の方はご協力くださいなのです。
●消えてしまった彼女
「俺、今日あの子に告白しようと思ってるんだ」
「え? 誰だよそいつ」
「ついに幻覚……? 保健室行くか?」
「なぁ、さすがにそれは言っていいことと悪いこととあると思うぞ」
必死で語る俺に向けられたのは困惑のまなざし。
彼女は、俺の前から消えてしまった。