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赤黒い刃は、果てに想ふ
登場人物一覧
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──ぐしゃり、ぐしゃり。
奇妙な音はその少女の胸に刻まれザワついて、呪いのような感情に絞めつけられていく。
暗闇の中一本の緋色の桜が咲き誇る。その花は釣り鐘のように下向きに咲き、やや小ぶりな一重に咲く花だが同時に複数の花を咲かせる冬桜。
その桜の下でそれを見上げている薄緋色の着物を着た黒髪が美しい女がいる。
──どうして
──ねぇ、どうして?
運命と言う言葉は、あまりにも酷で。紅い涙がその女の頬を伝う。女にはどうしてもどうしても許せない事があったのだ。
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『二律背反』カナメ(p3p007960)の持つ刀の一つに『緋桜』と言う刀がある。
それは赤黒い刃を持つ刀。曰くつきではないが、鞘に描かれた桜は決して現世の物ではない。
──それが、
豊穣郷の名の通り、豊かな恵みを得られ、黄金の穂が美しい土地。陸地の名前は現地民の話では
そんな独自の文化を持つ国の
「はぁ……今日はお姉ちゃんと一緒じゃないんだよね……」
テンションが上がらないなぁと言いながらも、カナメはまず真っ白な刃を持つ刀……百華【大水青】を鞘から引き抜く。
「だから、さっさと倒して帰らなくちゃね☆」
カナメはその明るさで敵を次々に斬っていく。いつもと何一つ変わらず刀を振るうその姿は彼女らしい戦い方だ。時には刀を盾のように構え攻撃を防ぎながら敵を薙ぎ払って……緋桜を手にかけた時だった。
「…………」
それまで明るかったカナメがまるでこの時ばかりは消滅でもしたかのように、無表情で沈黙しながら敵をなぎ払い始めた。
突然の変わりように敵は驚きで狼狽え一歩引く──のも遅く、そのまま無惨にも斬り捨てられていく。
「こい、つ……ッ!」
「さっきまで弱そうにヘラヘラしてやがったのに……!」
倒れた敵は最後の力を振り絞って、彼女の足首を掴んだ。これで足を引っ張り倒し込めば……! 敵はそう考えたが
「アガッ」
合間なく上から降ってきた刃がその蔵に突き刺さり、命を儚く散らした。
「…………」
敵の気配を確認し全て抹消したとわかれば、カナメはその緋桜を鞘へ戻す。
「ん? カナ今……ふぎゃあ?!」
いつものカナメが返ってきたと思えば、自分の足元にある死体を見て酷く驚いた。
「なんでカナの足元にいるのー!? もービックリしたよ……」
まるで自分で葬った事などキレイさっぱり覚えていないかのように、カナメはその死体から早急に距離を置いた。
──どう、て……
──ねぇ、
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「ここは……?」
カナメが次に気づいた時には辺りは暗がり……目の前には大きな緋色の桜の木が聳え立っている。
「変なの、今は夏なのに……」
真っ暗な空間に桜だけ……カナメはそんな辺りの様子を見てここは夢の中だと悟る。
「カナ、こんな寂しい夢やだ……早く覚めないかな……」
寂しくて寂しくて……どうしてか怖くて。カナメの怯える心の隅で微かに──ぐしょり、と音が聞こえた。
「変な音……っ、気持ち悪い……!」
それは水分を含んだ足音のような、何かまとわりついているような。不気味な音に耳を塞ぐ、もう何も聞きたくない。
──ああ、どうして?
「え?」
ふと聞こえたのは女の声だった。
その声が聞こえた桜の方へ目線を向ければ、いつの間にか女が一人立っていた。
「いつからそこに……?」
──ずっと、ずっと前からだわ
「ずっと、前?」
カナメが不思議そうな顔で女を見れば、女はふふと微笑んでカナメへと歩み寄り囁く。
──ズットマエカライタワ、キサマノナカニ
地の底から呻くような声にカナメの背筋が凍った。
何故か涙が止まらなくて、恐怖で身体が動かない、呼吸も……今の今までどうやってしていたのか忘れてしまう程に覚束ない。
「カ、カナの、な、か……って?」
カナメは震える声で尋ねる。本当は逃げ出したくてたまらない、けれど足が……足が動いてくれない。こんなに心は逃げたがっているのに……どうして? どうして? どうして!!
──そのままの意味よ、だって、そう……あなたなんかが
「ソレって……」
──話は終わりよ、さぁそろそろ離してあげる。
「待って……ソレって一体……!」
身体が言うことを聞かない。女へ手を伸ばす動作を脳から身体へ送っているはずなのに、手は動かないしそもそも動くこと自体が出来なくて、消えゆく女の背を目線で追う。
ソレって何? 全然検討がつかないよ! カナメは必死に身体を動かそうと足掻く。もっと、ねぇ、動いて! 早く! 行っちゃうよ、女の人が……ねぇ! ねぇ──!
「ハッ!!」
飛び起きたカナメが最初に見たものはその部屋の綺麗な絵画だった。手足が震え、身体中から汗が吹き出していて
それでも夢での記憶は一欠片すらも消えていた
「怖い夢を見た事は覚えてるのに……」
忘れてはいけなかった気がするのに、どうしても思い出せない。
「ま、いっか! そんな事より早く帰ろう……お姉ちゃんが待ってるし!」
覚えていないものはどんなに思考を凝らしても出てこない。ならば、きっと大した事はなかったのだろう。カナメはそう自分へ言い聞かせて、自らの片割れが待つ
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──緋桜
それは赤黒い刃を持つ刀。曰くつきではないが、鞘に描かれた桜は決して現世の物ではない。
とある女の刀師がいた。
女の刀師はその当時でも非常に珍しかったが、男の刀師とも劣らず美しい刀を打っていた。
女は刀を我が子のように可愛がり、生涯この子達の為に人生を捧げる程の情熱を捧げていたのだ。
それがある日、その男と出会った事により崩れ始める。
「一振り、刀を作ってくれないか?」
「ええ、勿論」
密かに憧れを抱いていた男に刀を依頼された。
女は舞い上がり、その場の勢いで承諾した。──しかし
「こんな刀じゃ……あの人は満足してくれない!」
女は何かに縋るように何本も何本も刀を打っては、それで満足出来ずに何本も屑鉄へと変えた。
あの人が求めているもの……それは何……? 答えの見えない迷宮に迷い込んだ女はそれから一年を有して漸く……
「これなら……これなら……!」
赤黒い刃に紅く走る文様……それは不気味な程に美しく妖しい刀。
その刀へ、女は緋桜と名付けた──。
ああ、これであの人にまた会いに行ける。この美しく妖しい刀ならば……きっと喜んでくれるに違いない。女は寝るのも惜しみ、完成したその足で鍛冶場を出た。
外はすっかり冬。あの日あの人と知り合った季節……こんなに時間が経ってしまったのだと改めて思う。だから、だから早く渡したかった。
──渡したかったのに。
「?!」
突然何者かの手で口を塞がれる。その手には布が仕込まれ、香ばしい匂いがした。女は勢いよく倒れる、全身が動かない。微かな意識で見たものは下品な笑みを浮かべる男。
「これが貴様の刀か」
触れるな
触れるな
「ふれ、る、な……」
その後、その下品な男がどうなったかは記載されていない。