SS詳細
とある未知探求者の探索記録
登場人物一覧
(1)
「みぎゃー!?!?」
静謐に支配されていたはずの遺跡の中に、突如ひとつの悲鳴が満ちた。
それから……ガコガコと仕掛けが作動する音。腹に響くような振動は、罠が哀れな侵入者を叩き潰さんとするためのものだろう。
音はしばらく鳴りつづけ、そして再び広がる静けさ。はたして、探索者の運命は……?
「今の罠の仕組み、未知ですか未知でしょう未知ですね!」
……無事だった!
落ちてきた石の柱のすぐ脇にへたり込みつつも、眼鏡の奥の瞳をぎらんと輝かせる人物は、『未知への執着』アルーシャ・テーゼ(p3p001653)と言った。彼女は柱にぐいと顔を近付けて、表面の古代文字を追って伸び上がり……そこで、ビリッという奇妙な音が鳴る。
裾を柱に踏まれていた白衣が、立ち上がった勢いで腰あたりまで裂けていた。
「むむむ……」
数秒間だけ悩んだ彼女。でも、そんなことより未知ですね、と嘯いて見なかったことにする……だって、侵入者への警句らしきこの文字を解読できたなら、この遺跡の正体に迫れるかもしれない!
「『畏怖せよ』……『龍の』『顎を』……『開けるべからず』……? うへへ……つまり、龍の顎の中に未知があるわけですね!」
探索道具を満載させた背負い鞄を担ぎ直して、どこまで続くとも知れぬ通路へと踏み出して。
真っ暗な遺跡の中を足取り軽く進んでゆく彼女の姿は、闇の中へと消えてゆく――。
(2)
――遺跡は長い年月のうちに、それが乗る地盤ごと傾いていたようだった。いつしか通路は膝あたりまで地下水に浸かり、探索者が一歩進むたび、波紋と波音を立ててゆく。
直後……。
びしゃーん、という音が鳴り、探索者の姿と明かりが消えた。その後しばらくばしゃばしゃという水音が続き……ようやく、新たに手探りで灯された松明の光が闇を祓う。
「うええ」
またアルーシャの奇妙な鳴き声が、どこまで続くとも知らぬ空間に響いて消えた。地下水のプールの中にへたり込んでいた顔面と体の前面は、黄土色の藻類まみれ。下着まで水浸しの服が不快な感触を作る。
……が。
「……おや? 今の足元の感触は……」
そんな不幸と引き換えに、新たな未知が彼女に囁きかけていたのに気付く。構わず水の中にしゃがみ込み、勢いよく足元の藻を掻き分ける。すると彼女をつまづかせた犯人の姿が露になってゆく……やっぱり。これは未知ですね!
藻の中からアルーシャが拾い上げた四角い石版は、『この先、資格なき……』の文言が刻まれたものだった。後半は欠けている。松明を掲げ、残りの部分を探してみるものの、遺跡の壁はどこまでも、目が眩むような幾何学模様の繰り返しが続くのみ。
石版片は長い月日を経るうちに、この先のどこかから流れてきたものに違いなかった。
「つまり……この先に未知が待っているわけですね……!」
ごくりと唾を飲んだアルーシャは、いつしか自ずと駆け出していて――。
(3)
――どれだけ通路を進んだことだろう、気付けば彼女は、ひとつの巨大な扉の前まで辿り着いていた。
「これは……」
口癖の「未知ですね」さえ言葉にせずに、神妙に沈思黙考する彼女。その頭上では威圧的なドラゴンの頭の彫刻が、静かに彼女を見下ろしている。
意を決し、扉に手を伸ばす。その高さには『……者の立入を禁ず』と書かれた割れたプレートがあり、隣に先ほどの石版片を嵌めてみたならば、予想通り、両者の断面はぴったりと一致する。
この先に“何か”があることは、今や間違いのないことのようだった。
ならば……どうするか? 決まってる、そのまま扉を押し開くだけ。
ずっと部屋の中に閉じ込められていた地下水が、悪臭とともに流れ出してきた。けれども彼女は意にも介さない……扉の隙間から見えた部屋の中央には、大切そうに宝箱が据え付けた台座が見て取れる。匂いに負けてなどいられない!
「未知ですか未知でしょう未知で……」
アルーシャが叫ぼうとしたその瞬間……何かが、目の前を掠めるように落ちてくる!!
それは両目を爛々と赫く光らせた、龍人型のゴーレムだった。
まるで息遣いすら感じさせるようなしなやかさ。振り下ろした鋭く大きな爪は……アルーシャが咄嗟に半歩退いていなければ、斬れたのは服だけでは済まなかったろう。
ひとりで勝てる相手とは思えない。迷うことなく踵を返し、来た道をあらん限りの速度で駆け戻る彼女。その表情は、さぞかしお宝を目の前で逃した悔しさに歪んで……いいや、むしろこの上ない喜びに口許が綻んでいる!
「つまり、守護者を置くほどの未知が眠っている証拠ですね!」
風を切る勢いで服がはだけても、アルーシャは、もっと速く、もっと疾くと駆けた。遺跡から飛び出した時のあられもない姿が人々を驚かすけれど、省みてなどはいられない。
だってもう、解き明かすのに必要なものは全て判ってるんだから。あとは……今すぐ揃えにいくだけだ。