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征斗の休日
登場人物一覧
「さて、と……ここに来るのも、久しぶりだな……」
方から鞄をさげて、鞍馬征斗は馬車駅を下りた。
温泉の噴水があがる広場には『ようこそウナムーン温泉街へ』の看板。
前に来たときは雪も深く歩くのに苦労したものだが……。
「すっかり雪もとけてるなぁ。こういう景色はいいね。昔を思い出すし……」
征斗の手には依頼書が、一枚。
内容は――。
「あ~ら~! 征斗ちゃん久しぶり! ン~マッ! 征斗ちゃんも興行仕事を受けに来たの? 傭兵さんなのに珍しいのねぇ?」
噴水広場で温泉まんじゅうを食べていた山羊獣種の男性がぱたぱたとかけより、征斗に投げキスをしてきた。
「自分は……傭兵じゃあないよ。こういう仕事も……するんだ」
微笑を浮かべて返す征斗。
山羊獣種は『あらそぉーなのー』と適当な相槌を打ってから、一緒に行きましょうと手招きをした。
分けてくれた温泉まんじゅうを食べながら、すっかり雪の解けた通りをゆく。
歩きながら、征斗はずっと昔のことを思い出していた。
首から上が山羊の人はさすがに居なかったが、『身体は男で心は乙女よ!』みたいな人は身近にもいた気がした。
彼の過ごしていた旅団で……。
(仮に戻れても、もう戻るつもりはないけれど。やっぱり思い出すな)
征斗は友人の形見でもある脇差をやさしく撫で、目を閉じた。
そんな風にして歩いて行くと。
「ほら征斗ちゃんついたわよ!」
温泉街が合同で開いている女将組合の寄合所。そこでは既に興行の準備が進められていた。
太鼓を胸に抱えた者や艶やかな着物に身を包んだ者。
夏場になるとひいてしまう客足をひきとめるべく、夏場の宣伝を行なおうというのが今回の趣旨であり、征斗や山羊獣人たちが受けた依頼内容でもあった。
「あ~ら、征斗ちゃん似合う! 踊りの経験あるの?」
「うん……前の世界で、ね……」
女性用の着物を着込んで、しゃんなりとしなを作ってみせる征斗。
一方の山羊獣人はハッピを着て鈴や太鼓を携えていた。
すごく今更だが彼らの所属するヤマカシ傭兵団はあえて本名を外に名乗らない決まりがあるらしく、『山羊獣種』や『山羊』というコードネームでお互いを呼び合っていた。
「踊れても、戦いに結びつけれないし……キミ達の様な身のこなしには劣るよ」
「や~ね~! 力量差はおあいこだったでしょ。ヘンなこといわないのっ」
征斗と山羊獣人、そして場に集められたパフォーマーたちは馬車の上で踊り、歌い、楽器を鳴らし、ウナムーンの町を練り歩いた。
征斗の踊りは集まったパフォーマーたちの間でも大人気で、ついでにと泊まった宿の宴会場ではリクエストに応えて舞いを披露したりした。
一通り舞い踊り、上着を脱いで席へ戻る征斗。
隣に座っていた山羊獣種はとっくりを征斗へと翳して見せた。
「素敵な舞いだったわ。女の子と間違えちゃうくらい」
「そう……かな。ありがとう……」
うっすらと照れ笑いのような表情を浮かべる征斗に、山羊獣種は首を傾げるようにして問いかける。
「そういえば、前に聞いたわよね。なんで女の子の格好してるのかって。あの時はちゃんと聞かなかったけど……デリケートなお話だったかしら?」
申し訳なさそうにする山羊獣種に、征斗は苦笑して首を振った。
「そんなのことないよ。たいした理由じゃないんだ。
過去に友人に勧められて、受けが良かったから済し崩しで……ね」
「なぁによ、死んだ妹の姿見をしてるとかそういうハナシかと思って身構えちゃったじゃない」
手をぱたぱたやって笑う山羊獣種に、征斗はごめんねといって手元のグラスを掲げた。
「でも、大切なものをなくしたっていうのは……そう、かな」
表情を変えずに言う征斗に、山羊獣種もあえて表情を変えずに頷きだけで応えた。
「大事な物を失くしてから何も面白く無かったけど……今日は楽しかった気がする。
感情表現ってのは難しいね……演技ならいくらでもできるけどさ」
「そんなことないわよ征斗ちゃん」
山羊獣種は征斗を肘でこづいて笑いかけた。
「ありのままでいいの。今日の征斗ちゃん、とっても楽しそうだったわよ。踊りとか、足取りとか、話し方とか……いろんなところに感情が出てたわ。自然なことよ」
「……そう、かな」
そうだといいけど。
と、征斗は目を瞑って胸の中の気持ちをかみしめた。