SS詳細
誰がこの男に絡めるというのだろうか
登場人物一覧
●甘い誘惑
ある時は丸、ある時は台形……否、器が違えば無限に広がる形は正に最強。
その黄金の輝きに魅せられた者、老若男女問わず、口に運べば滑らかなゼラチンの舌触りに卵とミルクの優しい甘さが蕩け、舌を柔らかく包み込む。
彼の――マッチョ ☆ プリン(p3p008503)にとって最強の証である甘味。
「ムムッ!? コノ匂イ……間違イ無イ」
果たして最強の中の最強に会える日はいつなのだろうか――そう考え居た彼の鼻をくすぐるは、好みドストライクの甘い匂いだった。
鼻腔の収縮と共に筋肉の震えは示す。最高の相手に巡り合えた喜びを。果たして一体それは何処にいるのだろうか。
「コレハ、最強ノ、プリン! 待ッテロ!!」
――断言できる理由は匂いのみ、されど彼は駆け抜ける。今はまだ、それが無駄足になることも知らずに。
●苦い逃走
――その日は盗人にとって最高の一日だった。
街を悩ませてきた熟練のスリである男は、金持ちから密かに盗んだ香水は、見るからに一財産になりそうなものだった。早速馴染みの闇の店で換金しようと路地裏を歩いていたその時だった。
「プリン」
「は?」
プリン。自分の記憶と教養に間違いが無ければ、あの洋菓子のことを示しているのだろうか。
それを象ったようなマスクを被った半裸の筋肉質な巨漢、そう、マッチョだ。マッチョでプリンだ。マッチョ・プリンだ。
その男は暑苦しい空気を持ちながら、盗人に迫ると唐突な言葉を発した。
「オマエ、最高ノプリン、持ッテイル」
何を言っているのか、全く分からない。
香水の匂いは確かに甘いかもしれないが、それをプリンというのは強引に過ぎないだろうか。
ただ一つ言えるのは。
「ソレ、オレニモ……」
「う、うあぁぁああああ!?!!?」
本能が関わることを避けてしまったとは、このことか。
盗人は何処までも疾く駆け抜けていく。入り組んだこの路地裏を、培ってきた盗人の
――後ろから響く轟音にどうか追いついてくれるな、という必死の祈りを捧げながら。
●いつまでも残る
一体如何ほどの時を逃げただろうか。
この付近では見かけない顔だからこそ、土地勘は最大限に作用する。作用する筈なのに。
「見ツケタ」
「うああああ!?」
悉く追い縋られ、圧倒的に差のある身体能力を以て追い詰められていく。
逃げ切ったと思った僅かな安堵のすぐ後に、プリン頭の筋骨隆々の巨漢がさぞいやらしい笑みを浮かべて……るかどうかは分からないが、何処か熱気を孕んだ様子で迫ってくる。
一体自分が何をしたというのだろうか、否、スリをしたことは確かだが、何でこんな正体不明の大男に迫られなければならないのだろうか。
嫌がらせにしては手が込み過ぎてはいないだろうか(尚、それがマッチョ ☆ プリンなるものの固有能力であることを知るのは別のお話である)――やがて抵抗も虚しく壁際へと追い詰められていけば。
「わ、わわわわ、分かった! 返す、返すから! 二度と盗まねぇって主人に……」
本音を言えばこれでこのまま見逃して欲しい。
ついでにもう逃がして欲しいと、男は盗んだ香水と、これまでの盗みで換金してきた貨幣を半ば無理矢理マッチョ ☆ プリンへと押し付けていく。もう真っ平だ、これで無事に逃げられたら足を洗って、地道にコツコツと――
「……違ウ」
「へ?」
押し付けられた香水を暫くまじまじと見続けていたマッチョ ☆ プリンは唐突に声を挙げた。
違うとは何なのだろうか、盗人にとって正確な理由は知る由もないが、マッチョ ☆ プリンにとっては食べられそうにもない、この甘い匂いは求めたものではなく、湧き上がる怒りで筋肉を揺らしていく。
「コレハ、プリンデハナイ……違ウッ! シカモ、オマエ、何モ甘味、持ッテナイ!」
この香しい甘い匂いは魅惑の匂い、されどそれは食の為のものに非ず。
その上、盗人が保有するものにそれ以外のものはない――それは、この大男にしてみれば。
「オレ、トンダ無駄足!! ウォォォオオオ!!!」
ドゴォッ、グシャァッ、ゲシッッ、バキィッ――行われた詳細は、お察し。
●二つが合わさって最強に見える
「ど、どこのどなたか存じませんが、こやつをとっ捕まえて頂き、真にありがとうございます……」
それからしばらくして、騒ぎを聞いて駆けつけてきた憲兵達と町長らしき中年男性が、マッチョ ☆ プリンにぺこぺこと頭を下げていた。
……曰く、この香水は妻の為に用意した最高のもので、盗まれてほとほと困り果てていたこと。
おまけに捕まえられたこの男は、逃げ足も速く気付いた時には品物は売り払われた後で、自供させるか、現行犯か品物を持っている段階で捕まえるしかなかったのだが、それも難しかったこと。
しかしそんなことはどうでも良い。
マッチョ ☆ プリンの中にあるのは唯一つ――嗚呼、プリン、プリンが食べたかったという嘆きのみなのだ。
「とにかく! こやつめには、ほんっっっとーに困っておりましたので! 捕まえてくださったアナタに、是非ともお礼がしたい! 我々にできることならば、何でも……」
其の言葉にピクリと眉を上げ(と言っても被りものなので分からないが多分上げてる)、彼は町長に迫った。
「ン? 今、ナンデモ、言ッタ」
「えっ、あの」
口を滑らせてしまったのが災いだったのだろうか、言質を取らせてしまった――しかし吐き出した言葉を飲み込むことは出来ない。というか、飲み込んでしまったら嬉々として暑苦しく迫るこの巨漢に、腸から引きずり出されそうな気すらする。
一体どのような要求をするのだろうか、生唾を飲み込んだ町長の耳に、巨漢からの嬉々とした声が響いた。
「プリン」
それから暫くして、町中の洋菓子屋が彼に一斉にプリンを持ってくることになった。
だってあげなきゃ何をしてくるか分からなかったんだもんとは、事情を知った菓子職人達の涙交じりで語られたことであるが。
そして余談だが、この町で困った時にプリンをお供えしろという言い伝えが根付くのは、そう遠からぬ未来のことであったりする。
●ご褒美
「コレモ、コレモ、ミンナ、ウマイ!」
やがて来る未来もいざ知らず。
招かれた町長の屋敷で大きなテーブルいっぱいに乗せられた、これでもかというプリンに囲まれたマッチョ ☆ プリンは大層に上機嫌にプリンを口に運んでいた。
オーソドックスなプリンから、カップの表面に焼き目を付けられ、表面のふわふわとした空気感に中身からも微細な空気抜ける感触面白き焼きプリン。
はたまた土台のしっかりとした、舌触りよりも濃厚なカスタードクリームの甘味楽しむプリン、そこに添えられた生クリームの甘味や、添えられたフルーツの爽やかさが心地よく濃厚な甘味を切っていくア・ラ・モード。
変わり種ではカカオの苦みと香り官能的なチョコレートプリンや、紅き中に甘酸っぱさの香り艶やかな苺プリンなどもあったりして。
「ヤハリ、プリン、最強! マッチョ、最強! オレ、超最強!」
上機嫌な