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鬼哭啾啾

登場人物一覧

日暮 琴文美(p3p008781)
被虐の心得

 夕暮れに美しい音が聞こえている。それは琴の音よりも価値があった。女は見知らぬ少女に髪を捕まれ、引きずり回されている。泣き叫び、渇いた唇は砂を纏う。めちゃくちゃに四肢を動かし女は喘いだ。殺される、そう思った。
 
 助けて欲しかった。何故、私はこんなところで。広がった女の瞳は憎しみと困惑が溢れている。見つめれば見つめるほど歪む唇。生きたいと望む声はいつだって少女悪鬼の嗜虐を加速させる。伸びる腕。少女は女の後頭部を掴み、何度も地に叩きつけ、女の膨らんだ腹部を彼女達が息絶えるまで踏みつけ、綺麗な声で笑った。

 丑三つ時──陰の気が強く満ちている。纏わりつく闇をうっすらと照らすのは鬼火のような行灯。空気がよく燃えている。その音を聞く男と女。男はごくりと喉を鳴らす。目の前には、黒曜の二本角を持つ白い獄人が一人──幼い少女の成りを装う。これは、過ぎ来し方の物語。女は目を細めた。男は口を真一文字に結び、女をねめつけながら、がたがたと震えている。女の強烈な眼光が男の身体を、心を、支配する。刻まれた恐怖。男は瞬きすら出来なかった。どうして、こんなことになったのだろう。聞こえる、威勢のいい声。男は呻いた。悪魔の囁き。俺はあの言葉に騙されたのだ。それとも──俺は運が悪かったのだろうか。
 
 ──なぁ、お前は日暮 琴文美 (p3p008781)を知ってるか?
 ──ひぐれ? ことふみ? 男の怨霊の類か?
  団子屋の帰り道だった。見たこともない男が俺に声をかけた。
 ──いいや、獄人だよ。それも女のね。
 ──女の獄人? 男のような名前だな。で、獄人がまた、何かしたのかい?
 ──嗚呼、辺境で妊婦殺しがあったのだ。
 ──妊婦殺し? へぇ、そりゃあ、物騒な事件だ。と言うことは犯人はその獄人ってわけか?
 ──嗚呼、そうだ。ふた月前にあった放火もそいつの仕業らしい。
 ──あの六人が死んだ火事か?
 ──そうさ。で、その話を踏まえてだ、あんたに良い金の話があるのさ。
 ──金の話?
 ──そうだ。獄人の屍を収集している男がいて、その女をご所望しているわけだ。趣味は悪いが驚くほど高値でね。どうだ、俺達と一緒にその獄人を討たないか? 勿論、二人じゃない。金で撃剣家達を雇っている。それに、獄人と言えども、一匹! それも、女。どう足掻いても男には勝てんだろう。夜中、不意打ちを狙って仕留めようじゃないか。あとは……殺す前にみんなで楽しもう。どうせ、狂人には分からんさ。おいおい、考え込むのか? これは正義の話だと思うが。
 男は黙り混む俺に耳打ちし生臭い息を吐いた。不愉快な依頼。だが、正義と金が手に入る。
「……分かった、手を貸そう」
 ようやく、俺は口を開いた。

 濡れた地面。一瞬のことに何が起きたのか理解できなかった。散らばる、撃剣家達。五体満足の者は何処にもいなかった。
「誰ですか? わたくしの名前を揶揄した愚かものたちは」
 獄人の手には汚れた業物が握られている。
「ああ、それは……」
 男は指差した。三つ胴、夕焼け──
「ええ、とても良い品なのです」
 俺を誘い込んだ男が持っていた刀。夕焼けすら切ったとされる日本刀を女が見つめている。生かされた男は獄人に惹かれ魅せられていた。返り血を浴び、冷たい殺気を放つ獄人の禍々しさに。ふと、女が顔を上げた。その表情は少女ではなかった。
「ああ、可哀そうです。痛くて動けないのですねぇ」
 金色の瞳が男を見据えた。その言葉に俺はようやく、気が付いた。自らもまた、斬られていた。ぎょっとする。肩口から多くの血が溢れ落ちている。途端に男は恐怖に吠え、かぶりを振る。だらりと右腕を地に下げ、必死に息をし始める。痛みが握りしめた柄に伝わっていく。頭髪は返り血で乱れ、汗が止まらなかった。
「あっ、あっ……」
 男は青ざめ、双眸に涙を溜める。死の恐怖が男を満たしていく。だからだろう。突然、男が動いた。男の目は奇妙に光っている。琴文美は瞬時に理解する。
「うあああああっ!!」
 醜い声の果て。男は刀を思いきり、振り下ろした。忽ち、肉が斬れ、衝撃に女は転がっていった。男はびっくりした。青白い顔に血が吹きつける。途端に気持ち良くなった。
「ああ、やった……俺が獄人を殺してやった……あはははっ! 金だ、俺だけの金だ!」
 男は笑い、女の髪を乱暴に掴み、顔を覗き込んだ。誰よりも幸福になれた気がした。
「何をぼんやりしているのですか? こんな時に寝ていたのですか?」
 ぎょっとする。手が震えだした。金色の双眸はしっかりと男を見つめている。左胸の鬼紋が血に染まっている。男は悲鳴を上げ、狂ったように走り出した。だが、逃げられなかった。
「呆気ないですねぇ」
 琴文美は男の背に話しかけた。男は立ち止まり、目を細める。
「ああ、なんだよぉ……」
 胸部から突き出た刀。男は血を吐き、静かに笑う。琴文美はわざと俺に斬られたのだ。

  • 鬼哭啾啾完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月26日
  • ・日暮 琴文美(p3p008781

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