ＳＳ詳細
生臭坊主の酒行楽 ～名酒独占禁止法～
登場人物一覧
- 泰舜(p3p008736)
●欠伸
「――ん、ふぁ、あ～……？ あ、いっけね、寝過ぎちまったな」
ボリボリと乱雑に頭を掻き毟り、酒瓶を適当に手で押し退けて。
日の光に目を細める男──泰舜は、神威神楽にて住職を務める鬼の男である。
荒くれ者は得手とする武術で地に沈めたり、実はかなりの酒豪であったり、そう言った一面から『生臭坊主』と指を指され揶揄されることも少なくはない。
申し訳程度に着用されているものの見事に着崩された袈裟は、彼の性格を十二分に表していると言えるだろう。
さてそんな彼だが、本日は少しばかりご機嫌な様子。
何せ、近くの村に名酒と名高い『酒呑童子』が入荷されたとの風の噂を聞いたのだ。しかも、その販売開始日は――、
（――ははあ、それも今日じゃねえの。こりゃあ……じっとしていられるわけねえな？）
美味しい酒が味わえるのだ、偶には遠出してみるのも悪くはないだろう。
それに、美味いと評判になるほどの『酒呑童子』をみすみす見逃せるほど無欲でも、ない。
そうと決まればいざ往かん。
『酒呑童子』を買いに行こう。いや、迎えに行こう。
「昼寝は終いだ、さあ……酒が俺を待ってるぜ」
何としてでも『酒呑童子』を味わうのだ、と。
どっこらせ、と、立ち上がった泰舜の顔には、笑みが浮かんでいた。
●伸び
普段なら閑静な住宅街であるそこ。
そう、
いつもなら酒屋の主人が声をかけるであろう頃なのだが、その酒屋の主人の焦る声が聞こえる。
それに、その店の内側からは若造の怒号も聞こえてきた。
「……なんだ？」
『これは他の客にも売る分なんだ、さっさと帰ってくれ』
『おうおう、俺達もオキャクサマなんだけど？』
『それにィ？ まとめ買いするって言ってんだから値引きは当然だろうが、ジジイ』
『ギャハハハハ！ お客様サービスってやつゥ？』
聞こえた声に神経を逆撫でされつつも、取り敢えず店に入ることにした泰舜。
目と目が合ったのか、はたまた待たれていたのか。
扉が開く音を耳にした店主は泰舜の元へと駆けよって助けを乞うた。
まだ店先ではあるが、これ幸いと言いたげに、店主は店の外へと逃げるように飛び出して。
「おお、泰舜さん。丁度良かった、このガキどもに説教してやってくれ」
「ん？ 話は外まで聞こえてたがいまいち掴めてないんだわ。
もう少しだけ説明してもらえるか？」
「そりゃ勿論。ほら、今日『酒呑童子』を売り始める日だったろう。多分泰舜さんもこいつを買いに来たんだろう。
だがあのガキども、これを全部買い占めて独占しようとするんじゃ。なんとか一喝してやってほしいのだが――、」
「逃げてんじゃねえぞジジイ、ほらお買い上げだ、頭下げろよ！」
「――ははあ、名酒を独占ね。許すわけねえだろうしばくぞガキども」
駆け寄ってきた不良のひとりの腹を笑顔はそのままフンッと力任せにぶん殴る泰舜。
ゴフッ、と映画よろしく勢いよく吹っ飛んで。
「あっいけね、手が先に出ちまった」
「……くれぐれも店は壊さんでくれよ」
「へいへい。あー……奴さんたち怒っちまったなぁ……」
『ふざけんなテメエ』だとか『ぶっ殺す！』だとか、笑えるほどに単調な罵声と暴言が降りかかる。
にこにこと笑っていた泰舜の笑顔から、優しさが消えた。
「まあいいや、お仕置きのひとつでもせにゃな？」
●腹ごなし
店先で行われる格闘技じみた攻防に、街に住まう人も思わず釘付けになった。
けれどもそんなことは泰舜にとってはさほど重要なことではない。
美味い酒を飲む。独占は許さない。これはお仕置き。
それだけだった。
蹴り。殴り。
単調。よくわかる軌道。
「避けてんじゃねえよゴラァ！」
「お、じゃあ避けてやらねえから来いよ」
「舐めてんのかテメェ！ ぶっ殺す！」
ヒュン、と横を通り過ぎる拳を掴み引き寄せ、ズン、と重い一撃をお見舞いする。
「おいおい、そんな大振りで当たるわけなかろうよ、人を殴るってのはこう………な、当てなきゃぁ意味がねえ」
骨まで震わせるような一撃に、思わず不良は吐き気を覚えた。
そして、道に伏せた。気を失ったのだが、そんなことも泰舜にとっては些細なことである。
「……ひぃふう…5人。これで全員殴ったか？
もう脅しなんかすんなよ。…聞こえてねえか？」
腕を引っ張って持ち上げてみるもぶらーんと力なくぐったりした様子。
「おお……」
「やりすぎたか？ まあいいや。
さて店主よ、名酒買いに来たぜ。ひとつ売っておくんな──」
「勿論じゃ。飛び切りのを渡すから、少し待っといてくれ」
●至福の時
「ッ、く、あ～～－～～～……こりゃぁ、いいな」
ふぅ、と一息。上物の盃によく合う『酒呑童子』。
「染みるなあ……こりゃ、名酒って呼ばれるわけだ」
晴れた昼下がり、快晴の青をつまみに。
赤い盃に酒をたっぷり注いで────、
「乾杯！」
