PandoraPartyProject

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ただ、昔の話

登場人物一覧

リズリー・クレイグ(p3p008130)
C級アニマル

●いつか置き去りし

 色は全てを塗り潰すけれど、どれも一つにはしてくれなかった。

 吹雪の大地がある。
 世界を白一色にした、優しさも、温かさも一切無い、甘えた瞬間に死を与えるような、厳しい場所だ。
 そこは鉄帝国、北東部に位置するヴィーザル地方。
 厳しい国土の中でも一際危険な地域である。
 その為に土地は狭く、且つ、人が営みを得られる場所はさらに小さい。
 そうした結果起きるのが、限られたコミュニティから発生した部族の乱立だ。
 強き者こそが尊ばれる風習も相まって、それらは日々、諍いと呼ぶには激し過ぎるぶつかり合いがある。
「は、はぁ……はっ」
 そして、広い雪原にまた、そうした戦いの結果が生きていた。
 白の中、埋もれる事を拒むように進むリズリーの姿だ。
 腰までの積雪を、持ち前の胆力で無理矢理に掻き分けて行く。
「おい。……おい、生きてっか? なぁ……おい!」
 叫ぶ声に、彼女の顔は歪む。
 息をするのも辛い。吐き出した瞬間に鼻と口から吹き込む極寒の冷気が、肺を引き裂いているような幻視までしてくるからだ。
 けれど、それでも、リズリーは声を出すしかなかった。
 それは、背負った重みの為だ。
 抱えた重みの為でもある。
「………………ああ、なんだ、お嬢、ですかい」
「あたし以外、誰がいるって、言う気だい」
 返ってきたのは、抱えた方からの声。両腕に抱いた、初老前の男性の、しゃがれた音。
「はは、てっきり、天使が迎えにきたかとね」
「……ばかが、死んだらぶっ殺すぞ……!」
 言いたいことを、リズリーは解っていた。
 男性もそうだし、背負った若い女性も、そして自分も。
 今、限り無く死へ近い場所に、三人は立っている。

 ……どうすりゃよかったんだろうな。

 思い浮かべるのは、シルエットしか見えなかった敵の姿だ。
 厳しい生活を支えるため、食材の調達に出た彼女達を、所属不明の集団が襲ってきた。
 全員、返り討ちにしてやった。
 そう思いたいが、実際の所はわからない。
「どうすりゃ、良かったんだ……」
 道を変えれば免れたのか。それとも、もっと人数を募って行けば安全だったのか。
 いや、そもそも、今日と言う日に出なければ。
 そういう、沸き上がってくるたらればの話は、切りがない。
「安心しな、あたしがちゃんと、連れ帰ってやる」
 本当に出来るのだろうか。
「大丈夫、この山を越えたら、皆の家だ」
 方向感覚を失った今ではそれを保証も出来ない。
「だから、だからよ、お前ら、死ぬなよ、なぁ」
 それはもはや、祈りにも近い言葉だった。
 もし、襲ってきた相手の生き残りがいたら、掻き分けた雪の跡から追跡は容易だ。
 そうでなくても、深く傷付けられた男性には、猶予がない。
 この寒さで患部の壊死も始まっている筈だ。
「なぁ……お嬢……」
 縋る様な声がした。
 嫌な気配に、リズリーは返事をせずに歩みを進めていく。
 応えなければ、その先を言わずにいてくれるのではないかと、そう思って。
「なぁ……捨てて行って、くれ」
 しかし、言葉は続けられた。
「荷物を、二つ……捨ててくれ。……そしたら、アンタだけは、きっと」
「それッ以上! ……言うなよ。次、言ったら、許さないからね」
 吐き出す空気が、冷たい感情を引き起こす。
 リズリーとて、その選択肢は考えていたのだ。
 極限な状況で、自分だけ助かるかもしれない行動を考えない奴は、きっといない。
「もう少し」
 だが、リズリーはそれを選ばない。
 生きて、三人で、家に帰る。
「もう少しだから」
 連れて帰ってみせると、そう決めていた。
 前も後ろも、左右も白い、漂白された世界。
 頼れる視界は無く、過ごしてきた土地勘だけを信じて、この先にあるのだと自分に言い聞かせる。
「……そうかい」
 男性はそれだけ絞り出すと、それっきり喋らなくなった。
 リズリーも、浅い呼吸を繰り返す事に集中する。
 そうして一歩、間隔の短い歩幅を繰り返して前へ行く。

 ……キツイ。

 足元はいつからか、斜めの登り坂に変わっていた。
 恐らくは山の斜面を進んでいると、リズリーは思う。普段暮らしている周辺にも山はいくつかあった。ただ、今歩いているのがどの山なのかという判断は付かない。
 先行きの不透明さが焦りと不安を生み、知らず知らずに呼吸を荒くさせていた。
「っ、ふ……ぅ」
 持ち上げる高さを上げて、踏み締める強さを上げて、身体を持ち上げながら行く。
 ざく、ざく、と、雪の重みで固まった層を、足が滑らない様な気遣いを加えて、だ。
 三人分の重量を支え続けた両足が、ついに軋んでいく感覚を彼女は覚える。
「は、ぁ……く、っ」
 歪んだ表情が視界を狭め、空気を求めて顔は上向きになった。左右へと、バラつく重心が体力を奪い、そうして。
「ぁ」
 スルリと、踏み出した足が落下する。
「あああ!」
 両手は使えない。前へ倒れたら終わりだ。方向を変えないと。
 刹那の思考は上体を咄嗟に捻らせ、落ちる方向と逆側へ横倒しにさせた。
「はぁッ──はっ、はっ、は……はぁ……」
 生きている。
 芯から冷えきる死の予感に呆けた時間は、苦しそうに呻く背中と腕の声が引き戻してくれた。
 それから、ふと、足元を見て、それから。
「は、はは……あはははっゲホ、ケホッ」
 リズリーは、力強く立ち上がった。
 突如出た笑いは、気が狂ったからではない。落とした視線、その先にあるのは片足を突っ込んだクラックだ。
 そこに、注意を促す目的で付けられた赤い印が埋もれている。
「あたし達が着けた奴だ」
 集落から近く、危険だからと目印代わりにしたものだ。
 積もった雪でもはや意味を成していない。が、これは現在位置を教えてくれる意味がある。
「しっかりしな、もう少しだ!」
 冷めていた所に熱がこもる。
 生きて帰れる希望が、そこに復活したのだ。
 登っていく。
 キツくなる勾配にも構わず、残っていた力の全てを注ぎ込んで、リズリーは行った。
 進んで、掻き分けて、踏み締めて。
 そうして、登り詰めた山の上、一際強く吹いた風が雪を散らした時。

「──」

 空は、青に染まっていた。
 開いた目で見上げるそこには、光を落とす太陽がある。
 視線を落とすと今度は、強く撫で付ける風が新雪の粉を巻き上げて、キラキラと煌めきながら斜面を下っていった。
「なあ、見えるか、あの光が」
 白と青が占める光の世界を、彼女は降りていく。
 見馴れた筈の、優しさも、温もりもない、まっさらな地平に跡を残して。
 手足の感触は、もうほとんど残っていない。
 けれど、その目にはもう、帰るべき場所が映っていた。
「なあ、見えるか、この光景が──ッ」
 そして、再度投げ掛けると同時に抱えた者を見下ろして、気づいてしまう。
「ああ……みえてますよ……確かに、見えてますとも……」
 開いた瞳には、もう何も映っていない。
 掠れた呼吸は、もう胸を膨らませない。
 脈打つ鼓動が途切れ途切れで、その間隔が長くなっていって。
「おれ……きちんと……かえれ、ますね……」
「だから言っただろ、帰れる、ってさ」
「は。は。さすが。……すね」
 ズシリとした重みが腕にかかるのを、リズリーは感じていた。
 もう、風は止んだ。雪はただ、静かに落ちてくる。
「さあ、帰ろう、あたし達の家に。大丈夫だよ、もう、すぐそこだからさ。だから、今は、ゆっくり休んでな」
 白一色の世界に、一筋を描いて、彼女は進んでいく。
 背中から感じる温もりと、抱いた腕に感じる冷たさを、忘れること無く心に刻んで行く。
 これから先、この色を、リズリーは何度も思い出すだろう。
 いつか、その手からこぼれ落ちた存在と共に。

  • ただ、昔の話完了
  • GM名ユズキ
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2020年07月07日 22時15分
  • 登場人物1人

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