PandoraPartyProject

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次は白雲の上に緑敷き混沌の染みを乗せて

登場人物一覧

御天道・タント(p3p006204)
きらめけ!ぼくらの

●特別好きというわけではないのですけれども
 そこにあるのは丼だ。
 特にどうということはない、成人男性の両掌に少し余る程度の、平均的な丼というだけだ。この中には何があるのか、あるとしたら何が詰められているのか。はたまた空洞か。
 乗せられた蓋は観測こそが存在を確かにする理を雄弁に示していた。
 その前には紙の鞘に納められたごく普通の割りばしが置かれ、丼の近くには本当に小さな小皿の上に、微かに酸い匂いのする、鮮やかな白や緑、橙色の浅漬けが置かれている。
 更にその近くには湯気を立たせる緑茶が収められた円筒型の湯呑と、急須が置かれていた。
「オーッホッホッホッ!! タント様ですわよー!」
 その丼を前に、真に朗らかな、太陽の煌めきの化身が如き少女の高笑いが響いた。
 何処までも地上に遍く通るが如き声、眩さと気高さを同居させた金の巻き毛と、艶やかな肌に照る額は真夏の日差しのように見る者に熱気を与える少女――御天道・タント(p3p006204)は、高らかにその御名を宣言する。
「さあ、というわけで! タント様がカツ丼を食べるだけ!のコーナーですわー!」
 ――そして彼女は、真名を解放するように丼の蓋を取った。

●とっても美味しいですわ!
「……まあ! 美味しそうなカツ丼ですわね!」
 蓋という重しから解き放たれた湯気が、その丼に存在する食材の甘い香りを温かくタントの鼻腔へと運んだ。
 太陽色を思わせる艶やかな黄色、混じる雲のように見られる白身は固体と液体の中間地点。
 その卵の半熟の外套を身に纏うは、香ばしく狐色に上がった豚肉――その側には半透明に透き通る玉ねぎの薄切りが、水晶のように散りばめられて。
 黄金郷を思わせる上の具には、目のくらむことを防ぐように緑の三つ葉が一つ載せられていた。
「それでは! いただきますわー!」
 しゅるりと擦れるような音響かせ、タントは割り箸を抜き放つ。
 相対する存在カツ丼を前に戦士の礼が如く両手を合わせた祈りいただきますを捧げれば、彼女は早速、幅を等分されたカツの一切れを箸で取った。
「すごい、分厚……」
 少女の箸使いからしてみれば、取った肉の厚みはやや意識してなければ、二本箸の隙間から逃げていってしまうだろうか。
 良く火の通された豚肉の断面は白く――割り下を吸い多少の飴色の色付きを見せているが――掴む箸の挟みを少し強めて見れば、食べ応え充分の厚みから肉汁が溢れ出る。
 そして彼女は、誘惑に従い歯を突き立てた。
「んむんむ! とっても美味しいですわ!」
 前歯から触れた揚げられた衣の軽快な歯触り――汁気を吸い続け蒸気にふやかされたそれが、ギリギリパン粉の歯触りを残すライン――がやってきた。
 歯の沈みはその僅かな硬い抵抗を分け入ると、ふやけた衣の滑らかさを与えながら、エナメル質を導いていく――衣が守るはずの、その舌の分厚い肉へと。
 するとどうだろうか。
 噛み締めれば豚肉の旨味鮮やかに、口の中を濃厚に彩り、染み付いた割り下の魚介出汁と味醂、大豆醤油の旨味の三重奏はそれぞれを相乗し合いながら、その鮮やかな刺激がタントの眼を煌めかせる。
「卵の半熟具合も最高にとろっとろですわね! でも、完熟のふわふわ感?それも悪くありませんわね!」
 口に運べば卵の程よい蕩け具合もまた快感を齎す。
 程よく熱を通された卵液はその旨味を活性化し、キリの良いところで止められたそれは生の時の液感を残し、ふんわりとした質感に液の溶けるような官能的な滑りを齎す。
 半熟具合にこそ調理人の妙というものがあるのだろうが、完熟――確りと熱の通された――の持つ、スポンジのような卵の気泡入り混じる脆さもまた良きもの。
「そこにこの玉ねぎ! これもとっても甘くって……!」
 目立ちはしないが黄金の雲海を半透明に飾るは透き通った玉ねぎのスライス。
 熱の通され硬さと辛味を取り除かれ、その代わりに水気の滴る優しい甘味と旨味を与えられたカツ丼における名副将。
 割り下と卵では補いきれない鮮やかな甘味を補強し、煮込まれたことで僅かに喪失した肉の汁気をも補いつつ、更なる味わいの妙を描く。
 その上で下に潜む白米を、粒の一つ一つがキチンと立ったそれを口に運べばどうだろう。
 粒を噛み締める度に迸る米の旨味が、口腔を満たす上の具と混ざり合い丼でしか味わえない快楽を齎す。
 ――食事の、始りだ。

●御御御付も頼めばよかったかしら……
 見た目と普段の振舞いは少々賑やかでありながらも、どこぞの御令嬢らしきタントであるが、カツ丼なる料理を食べるのは別に初めてではない。
 特段に好きというわけでもなければ、別に嫌いでもない――それでも久々に食べるカツ丼は美味しいし、全然、普通に食べきれる量であることには変わりない。変わりないはず、なのだが。
「…………」
 初めてではない。否、初めてだとしても、只食べているだけという以上、何れは語る種も無くなっていく。
 カツを一切れ取る。
 齧る、余熱で完熟した卵の歯触りと、玉ねぎの官能的な抵抗を分けながら、肉汁の溢れる分厚さを噛み締める。
 卵に最もよく含有された割り下の甘しょっぱさが肉の味わいを補強し、噛み締める度に迸る肉の旨味と共に濃厚に口腔を甘い毒のように侵す。
 それを和らげるは解毒剤、粒が鮮やかに白く立つ米の飯。それを取り口に運べば、口腔を満たす濃厚に過ぎた旨味を和らげ、米の甘味が解毒に留まらぬ快楽を脳天に刻む。
 ……美味しい。美味しいしのだが。
「……これ、本当にただ食べるだけですの?」
 それ以外に何も求められない、退屈すらも湧き出る日常。
 誤魔化すように彼女は丼を置くと、その端を添え物へと伸ばしていく。
「おしんこ? おこうこ? 何といいますか……お漬物? 何でも構いませんわね」
 傍らの小皿に添えられた野菜の漬物もまた絶品だ。
 塩気というものは確かに感じるが、浸かりの比較的浅いそれは野菜の色鮮やかに、口に運べば程よくしんなりとした一切れは、歯に軽快な心地よい抵抗を与える。
 弾けるような噛み応えと、そこから迸る野菜の汁と糠床の香りは、旨味と甘みにやや疲弊してきた舌を目覚めさせせ、口の油分とぶつかり上書きをしていく。
「…………ぷは」
 流し込む緑茶は、口腔を刺激する糠漬けの塩気を流し、口の中をニュートラルの状態に戻す。
 食自体が齎す熱と、緑茶の熱が磨き抜かれた額の煌めきを汗で彩るも、それを傍らのおしぼりで拭い。
 タントは続ける。この果て無き(といってもあと少しなのだが)カツ丼の食事を。
「……お米とのバランスが難しいですわよね……」
 味の濃い上の具に従い続け、薄まるという加減までご飯を食べ続ければたちまちの内に、それは足りなくなる。
 さりとて、気持ち少なめに食べていると結局残るのは、濃い味に慣らされた舌にはやや物足りない、白米の処理という他ない食事。
 最後にお茶を掛けて一気に啜る? それは少々はしたないような。
「……」
 ああ、かくも乗せられた具材を肴に下の温かいご飯を食べることの、その調和の何と難しきか。
 しかしそれが故に、綺麗な完食というハッピーエンドに辿り着ければその苦労もひとしお……いや、やっぱり大袈裟な気がする。
 難しく考える必要はない。ただ、上の具を取って、覗いた分の白米を口に運べば良いだけだ。少々これでは濃すぎるのかもしれないが、何やかんやでそれが丁度良いのだから。
「……見られてますの? と、いいますか……本当にこれ、ただ食べるだけ?」
 米粒の一つ一つも丁寧に噛み潰し、ご飯の微かな微かな甘味を無理矢理気味に清涼にしながら、生じた疑問をタントは呟いた。
 その通り、ただカツ丼を食べるだけである。
 誰も彼女の食べ方に文句をいうものも、リアルタイムで「良い食べっぷり」「美味しそう」「丼食べたくなってきた」などという野次が来るわけでもなく、またそれに答える必要もない。

 だがそれが良い。

 ただ普通に、時々おかずとご飯の量をふと省みながら、合間に漬物を食べ、緑茶を啜り食べ進める。
 世界を救う訳でも、どこそこのカツ丼を宣伝するでもない、ただ食べるだけのあり触れたこの光景が――
「……完食ですわー! ごちそうさまでしたわ!!」
 ――空になった丼を見せて、快活に、太陽の如く笑う少女の笑みもまた、素晴らしき世界の煌めきか。
 丁寧に両手を合わし食後の欠かせぬ儀礼を経た少女は、ただ普通に可愛らしかった。

●締めに熱いグリーンティーは欠かせませんわ!
「……」
 喉を通っていく熱い緑茶は口の中に残った油分を適切に洗い流し、胃の腑に落ちた熱とカフェインの刺激は消化を促す。
 時を見れば十二の半分を過ぎたといえど、昼真っ盛り。
 程よい凹凸が握りやすさを与える円筒形の陶器と、それに注がれた熱い濃緑が仄かに甘く香り、酒の飲めぬ未成年にとって心地よい食後酒のような余韻を与える。
 熱い緑茶と食事の齎す熱は、服を煽るタントに汗を浮かばせていくが、湿気を帯びた纏わりつくような不快な暑さをも落していくような不思議な心地よさを感じる。
 暫くの間、時折服を煽りながら滲む汗に風を通し、籠り熱を散らしていく食後の余韻に浸りつつ。
 米の一粒も残らず、ただ磁器の白い内側に残る黄色と褐色の入り混じったタレの軌跡と、傍らの小皿から綺麗に消えた香の物がこれまでの彼女の行為を物語る。
 どうということはない。ただ、カツ丼(漬物付き)を食べ、食後の緑茶を楽しんだだけ。
 特に誰かに語り掛けるべき内容があったとか、そういったものではない。純粋に昼食をしただけ。
 その締めに湯呑に残った最後の一口を飲み干すと、溜まった息を吐き出し、彼女は常々に浮かべていた疑問を漸く口に出した。
「これどなたに需要ございますの?」

 ちなみに余談ではあるが、次はソースカツ丼の方でという文が届いたのだが……それはまた、別のお話。

  • 次は白雲の上に緑敷き混沌の染みを乗せて完了
  • NM名表川プワゾン
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月10日
  • ・御天道・タント(p3p006204

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