SS詳細
夏の夜のサジタリウス
登場人物一覧
●祭りの夜に
――バン!
小さな発砲音。けれどもそれは人混みの中。
なぜかって? それは簡単。そう、今宵は――、
「夏祭りや〜!!」
浴衣姿ではしゃぐ真那。狐のお面を身につけて、様々な屋台を巡り歩く。
混沌の夏祭り。何度目かなんて知らないが、夏の風物詩だ。
「おじちゃん達はお店出してるって言ってたけど、どこらへんやろ?」
『喜々一発』の店主――真那からは『おじちゃん』と呼ばれている彼も、今宵は屋台を出している様子。
誘われたから初めてきたものの、なるほど浴衣とは動きづらい。
(着てみたはいいけど、こう……戦いづらそう!)
複雑な気持ちになりながらも、『喜々一発』の屋台を探す。
しばらく歩いていると『ウルフ・ガッツ』と名付けられた、祭りには向かない丼を売り長蛇の列を構えた店を見つけた。
間違いない。
「おっ!?」
「おお、真那ちゃん! ちょっと手伝ってくれんかのお!」
「おじちゃん! いいけど、何を手伝ったらいいん?」
「冗談じゃ!! 流石に常連客を手伝わせるほどのことせんよ。
それよりどうじゃ、食べて行かんかのお」
「もちろん! そのためにお祭りに来たんやもん」
「ふふ、それは嬉しいなぁ。ほれ、食べておいき!」
『ウルフ・ガッツ』――トンカツ。狼肉ではなく豚肉である。しかしながら、濃い味付けやジューシーな肉は堪らなく美味しいだろう。
「ん〜!! これおいしいなぁ、お祭りだけなんてもったいないわあ」
「そうかのお、常設も考えておこうかのお」
「やったあ! 楽しみにしてるで〜!」
『また来るんじゃぞ〜』と声を上げた店主。忙しいようでそのまま手を振り続けることは無かったが、相変わらず元気そうで安心する真那だった。
「にしても、お祭りってなにするんやろう?」
道を歩く真那の目に映るは食べ物の屋台ばかり。きゃあきゃあはしゃぐ子供たちが可愛いし、仲睦まじく手を繋いだカップルには少し顔を赤らめてしまうが、微笑ましく見えるし、家族連れのひとは一家団欒といった感じで、それぞれに楽しみ方を見出していて、少し羨ましいような気さえした。
(こういうときは誰か誘うべきやったんやろうけどな……)
生憎、知り合いは皆仕事や依頼、などなど、それぞれの理由により断られてしまったのである。致し方ないとはわかっていても、寂しいものは寂しい。
(うーん……仕方ないけど、もう少しぶらぶらして、満喫したら帰ろうかなあ)
花火まで待てるほどおとなしくしていられるわけもないし、持ってきたおこづかいにも限りはある。
遠くで鳴り響く笛の音や太鼓の音に目を細めた真那。
けれど。
バァン。
和やかな空間に突如響いた銃声に、真那は血相を変えて駆け出した。
●こどものへいたい
(なんやなんや……こんな平和な空間ですら、魔種はぶち壊そうとするん?!)
幸いなことにもう一つの相棒たるハンドガン――マーナガルム・ファングは持ってきていたが、しかし。
敵の姿がわからないことには、対応のしようがない。
(ああ、もう!)
先程まで心地よく思えていたカラコロとなる下駄の音が、今は疎ましく思えて仕方なかった。
駆ける。駆ける。そして、たどり着いた先。
「え…………?」
銃を握るのは子供。
引き金を笑顔で引いていた。
その的は――、
「しゃ、射的かあ……」
お菓子の箱。
そう、誰もがご存知射的。お祭りの恒例で、誰もが一度は挑戦したことがあるだろう。
しかしながら、戦闘経験のある真那が発砲音とたかがコルク銃の音を聞き間違えるはずがない。
なにしろこの屋台、古い実践銃を使っている。
屋台の主人が、子供たちに実践銃に触れてもらい、戦闘の大変さを知ってもらう機会にしようと考えていたのだ。
「なんて人騒がせな……まあいいんやけどさ」
「この後は射的大会もやるんだ。嬢ちゃんもどうだい?」
「私これでもローレットの
「ほほう、それなら期待させてもらおうか」
何故かバチバチと舞う火花。
突如決まった射撃大会の飛び入り参加に、真那はぐっと決意を固めた。
●星月夜を射貫く
「さあ、よってらっしゃい。射撃大会の始まりだぜ?
ルールは簡単。ラウンドごとに設けたルールを守れなかったら、そこで脱落だ!」
事前にエントリーがあったらしいが、真那の飛び入り参加により選手は四人となっていた。
浴衣に身を包んだ射撃大会。和やかながらも気の引き締まる戦いになりそうだ。
「それじゃあ、飛び入り参加の嬢ちゃんにでも意気込みを聞いてみようかね」
「えっ私? うーん……勝ったらなんかもらえるん?」
「このお祭りの出店の食べ物が無料で食べ放題だ」
「優勝目指して頑張るで!!」
わぁ、と湧き上がる歓声。祭りの食べ物が無料で、しかも食べ放題なんて。これはやる気を出さないわけがない。
真那はぐっと、射撃銃を握った。
「三回戦で絞れると思ってるから、とりあえず三回戦で。
第一回戦は、あのお菓子の箱を5個のコルク弾で倒してほしい」
(まあ流石に、ここは実弾やと危ないもんなあ)
コルク弾を掌で転がしながら、真那はコルク弾を詰め込んだ。
流石にこれは簡単だろう。
(んー……ここかな)
パン!
軽快な音が響く。心地いい音はお菓子の箱を倒した。
ギャラリーが沸く。
第一回戦は誰一人として脱落者を出すことはなかった。
続いて、第二回戦。
「次は、この空のソーダ瓶を3発のコルク弾で倒してもらうぜ」
パン。パン。発砲音が響く。しかし、ここでは二人の脱落者を出してしまう。
かくいう真那は――、
(こういうときは連射性能が欲しくなるなあ。まあ流石にそういうのは、お祭りやとなしやけど。
でも3弾ももらえたから、ガガっと押してしまおっと)
パ、パ、パン。
踊るように。弾むように。
軽快なリズムを。心地いステップを刻みながら、響かせながら、真那の弾丸はソーダ瓶を倒す。
「まあ、こんなもんやなあ」
「ヒュウ、嬢ちゃん、舐めてたぜ。
それじゃあ第三回戦。純粋な射的や射撃の腕前――3発撃ったあとの、的を撃ち抜いた合計点で勝負だ。
これは好きな銃を使って貰って構わない。勿論、持参のでもな。ただしレーザー銃はご遠慮願うぜ?」
どんな銃を使ってもいい。
対戦相手は拳銃を選び、10~100の的を3発撃ち抜く。合計点は、280点。一般人ながらなかなかに高い点数だ。
「よし、じゃあ私の番やな!」
選んだのは今日の相棒たるマーナガルム・ファング。何でもいいと店主だ、どうせなら相棒で有終の美を飾りたい。
パアン。
「90!」
パアン。
「90!」
真ん中――100を撃ち抜くことができない。
「嬢ちゃん、次100を撃ち抜かなかったら負けだぜ」
「うわぁ、プレッシャーやなあ……」
不安になって、ハンドガンを見る。
己の手の中にあるマーナガルム・ファングは『信じて』と囁くように、光を受けて反射した。
ならば、信じよう。
「よし」
意を決した真那。眼光鋭く、的を視線で射貫く。
パアン。
歓声。
中央に確かに開いた穴。
「優勝は、飛び入り参加の嬢ちゃんだァッ――!!」
本日のメインイベントが終わるタイミングで、花火が咲く。
夜空に花開く花火よりも眩しい真那の笑顔が、眩く輝いた。
「やったぁ~~~~~~!!」