PandoraPartyProject

SS詳細

『彼女』が『私』に残したもの

登場人物一覧

茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女

●深々と 降り逝く雪の 土の下
                緋き想いは 届かぬ儘で

 少女の華奢な身体が飛ぶ。
 男はそれでも攻撃の手を止めない。

 ――ねえ。
 特異運命座標イレギュラーズになった御幣島 奏あなたの瞳に、この世界はどう映っていたの?

 置いて逝くなんて、同じ『戦神』のよしみなのに、冷たいじゃない。
 返事くらいしなさいよ。

 木に背を打つ。痛い。
 視界に靄がかかる。

 ねえ。
 ねえったら。どうせ聞こえてるんでしょう――なんて、ね。

 男が怒鳴った。
 お前も同じ『戦神』なのだろう、と。

 ばか。
 返事の一つくらい、よこしなさいよ。



御幣島 奏あのこ終わりさいごの世界
「『戦神』に、依頼――?」
 黒髪黒セーラーの眩しい乙女、茶屋ヶ坂 戦神 秋奈は素っ頓狂な声をあげ、情報屋から告げられた一言に瞬きひとつ。
 にぃっと浮かんだ笑みはかつて彼女あきなも先に混沌を駆けた『とある少女』の如く。
「ふうん、どんなものなの?」
 慌てて依頼書類を提示する情報屋。ふむ、と受け取った秋奈に口をもごもごとさせながら付け足した。
 曰く。御幣島 奏かのじょが受けもっていた依頼なのだ。と。
 御幣島 奏かのじょもやるときはやる少女だ。きっと依頼主に笑顔と驚きを届けていたに違いない。
 戦うことこそが、使命であり存在理由。
 そんな世界からログアウトするように、『命』のある世界へと召喚された。
 驚きこそしたが、それはとても素晴らしい日々の始まりだった。
 ただ一つ。御幣島 奏かのじょが死んだことを除けば。
「恐らくは、御幣島 奏かのじょ茶屋ヶ坂 秋奈わたしに残したとびっきりのプレゼントなのよ。
 ――ふうん。へえ。……いいわ、その依頼受けてあげる」
 『ほ、ほんとうですか。いいんですか』と依頼を提示したにも関わらずこれまた素っ頓狂な声をあげる情報屋。不思議に思ったがあまり興味があるわけでもないので、別の事を考えればそんなことも忘れてしまう。

 その依頼は、戦闘が好きであること。
 その依頼は、『戦神』と戦うこと。
 その依頼は、『戦神』と一週間共に過ごすこと。

(案外簡単そうな気がするんだけど、そんなに難しいのかしら)
 かつて星間守護機構『戦神』の第17強襲部隊隊長であった秋奈にとっては、たかが一週間程度の同じ『戦神』依頼にどうしてそんなに渋い顔をされなければならないのか。
 そして、どうして態々『戦神』と名乗っているのか。
 些か苦虫を噛み潰したような心地にもなるが、致し方ない。
 こうして、秋奈はその『戦神』からの依頼を受けたのだった。

 彼女の心は、まだ。
 彼女自身も、まだ。
 ――化膿した、燻る傷口には、気付いていなかったのだけれど。

茶屋ヶ坂 秋奈わたしじゃ御幣島 奏あのこにはなれない
 鉄帝。寒さばかりが目立つが戦いを好む戦士の国。
 肉体言語なんて御免だ、とは言い切れまい。
 拳でしか語れないことだって、あるのだから。
「そー、あーいむすかーりー……」
(混沌肯定の影響は受けているけれど、『戦神』を名乗ってるし、それに『戦神』わたしやあの子に依頼を出してる。
 もしかしたら、他の『戦神』も混沌に来たのかもしれない。それなら、納得だっていくわ)
 白く濁る吐息。
 肌を刺す冷気。
 銀色に染まるヴィーザルの森の奥にて、依頼主は塒を構え、生きているのだと聞いた。
「おーあーいむ、すかーりー……」
 肺を凍らせるほどの冷気が、ヴィーサルの森には満ちていた。
 雪を切り分け突き進むのも、装備が邪魔で一苦労だった。
 しかし『依頼主』は戦闘を所望しているのである。ならば緋き姉妹刀だって、持っていかなければならないだろう。
 もとより持っていくつもりではあったのだが、戦いならばなおさらを選ぶだろう。
 同じ世界を駆け抜けた相棒なのだから。
「ハァ、っ、はぁ……ごめん、ください」
 肺を痛める冷気に息を途切れさせながら、ようやく依頼人の家に辿り着いた秋奈。
 鉄製のノッカーは手袋の上からでもわかるほどに冷たく、木製のドアからも渇いた音がやけに鮮明に聞こえた。
「――どうぞ。扉は開いている」
 奥から聞こえた男の声。キィ、と錆び付いた蝶番が鳴った。
 秋奈が扉を開けた其処には、炎の揺れる暖炉と、暖かな毛布とソファ、それから鉄騎種の男がロッキングチェアにて佇んでいた。
「あなたが依頼人?」
「そうだ。俺はアルジェン・ドゥーモモ・アルブス――――戦いを愛し、戦いの神に愛された鉄騎だ」
「なるほど、だから『戦神』ってわけね……。案外わかりやすくって安心したわ。
 ええと。ともかく依頼ってことで、参上しました。旅人の秋奈――、」
「嗚呼。それは、から聞いているよ。
 君達の世界で、彼女がこちらに召喚される最後まで仲良くしていたと聞いているが。
 もう一人、青い瞳の娘もいると聞いたが――?」
「ああ、あの子は多分まだ向こうよ。残してきちゃったのは、悪いと思ってるけど」
「召喚には前触れもなかったと聞いている。致し方ないことだ。
 ――さて。依頼の方だが」
「――ああ、そうね。御幣島 戦神 奏あのこの依頼の続きを、だったかしら」
「そうだ。君には俺と戦って貰いたいのだ」
「理由は?」
「はは、なあに、簡単な事さ。それは君にとっても、彼女にとってもだ。
 この混沌において。同じ呼び名、というのは、ふたつとて要らぬだろう――――ッ!?」
「ッ、なあに、ヤキモチかしらッ!!」
 空を切るのは斬撃か、はたまた煽情か。心の中で燻る炎。彼女はもう、居ないのだ。
 頬を掠めるフォーク。滴る血。反射で投げた緋色の刀はロッキングチェアに刺さっていた。
「ふふ……いいな。久しく奏を思い出す。
 こちらだ、秋奈。戦いに相応しい場所は、用意くらいしてあるのだ。
 今から夜が満ちるまで、楽しませてもらおう。ああ、うっかり殺してしまわないようにしなければな」
「あら、特異運命座標イレギュラーズやローレット、それに私自身も相当舐めきってくれてるみたいじゃない?
 そうね、いいわ。私も手加減してあげるから!」

 冒頭に、戻る。
 戦場は雪の続く森奥。ヴィーサルの森。御幣島 戦神 奏かのじょが戦ったのも同じ場所だと、アルジェンは語っていた。
 しかし。不夜の如き明るさと負けん気、負けず嫌いなかのじょとは違い、秋奈おまえは達観も、諦観も、少しは知っていた。
 16の少女でありながら、戦いを強いられる惨さも。
 少女に頼らざるを得なかった世界の悲痛な思いも。
 相性の悪い相手の間合いに入り、刃を振るうような無謀さが秋奈にはことも。
 アルジェンは、秋奈の胸倉を掴んだ。
「お前が奏の言う、奏と同じ『戦神』ならば!!
 お前は、お前は彼女と同じように、立ち上がると思っていたッ……負けないと、血を吐いてでも、立ち上がるのだと!!」

 ああ、

「でも貴様は彼女とは違う!! 尻尾を巻いて逃げ出す負け犬と同義だ!!
 お前も世界を救ったのなら、意地のひとつくらい、」

 嫌だ、

「『奏』のように戦ってくれ!!」

 わかりたく、ない。


 秋奈は、泣いた。
 静かに、泣いた。

 失った友と友情を築いていた友からの激情に。
 彼女の死を受け入れていた自分に。

 彼女を死なせた世界に。
 たとえそれが、彼女の選んだ運命だったとしても。

 心がじくじくと痛み、暗い影が支配する。
(……同じ、『戦神』だった、はずなのに)

 まだ、雪は降りやまない。

  • 『彼女』が『私』に残したもの完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月03日
  • ・茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862

PAGETOPPAGEBOTTOM