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それは酷く甘美で酷く苦い毒

登場人物一覧

ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐



 『満月の緋狐』ヴォルペ (p3p007135)
 彼は咽るほどに甘く、癖になるほど苦い毒のような男だ。



 とある少女の始まりは無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスでも最も長い伝統を誇る大国、幻想レガド・イルシオンのとある出会い。
 そもそも幻想という国はギルド『ローレット』が本拠を構える大国であり、特異運命座標イレギュラーズにとっては『拠点』となる国家。肥沃な平原部を主要な領土とし、海洋王国ネオ・フロンティアとも隣接する幻想は物流の要衝でもあり、古くから経済的に繁栄。神と呼ぶべき大いなる意志への信仰心が強く超常的力への畏怖と憧憬の強い幻想は魔術技術的な素養が強く、そちらの方面でも発展を遂げている。
 そんな国の商売ごとが盛んなとある街の喫茶店で、ごく普通の少女ポルカはただいつものように静かに紅茶を啜り読書をしていたところだった。
「君、可愛いね。おにーさんとお茶しない?」
「へ?」
 突然聞こえてきた声に読書で下を向いていた顔を、声が聞こえた方への上げてみる。そこに立っていたのは葡萄茶色の髪とルビー色の瞳が印象的な、爽やかに微笑む青年。

 彼女は、その男に出会ってしまった。

 突然現れた彼の言葉に意味が理解出来ず彼女は首を傾げる。その様子を見た彼は微笑みを崩さずそのまま続けた。
「おにーさんはヴォルペ。特異運命座標の仕事で今この国に滞在しててさ」
「はぁ……ヴォルペさんですか……」
 ポルカは興味がなさそうにそう返し、また読んでいた本へ視線を向けた。顔の作りはきっと上級だと思う、きっと普通の少女ならば思わず奇声を上げてしまうのだろう。
 だがしかし彼女には靡かない理由があるのだ。
「……あそこで男と楽しげにお茶を飲む彼の事がそんなに気になるのかい?」
「なっ?!」
 何気なく発したであろうヴォルペの言葉に彼女は目を見開いて驚いた。そうだ、そうなのだ。彼女の視線の先にはもう一人、男がいた。
「ど、どうしてそう思うのですか?」
「さっきからずっと見ていたようだったから。でもさ、見てるだけじゃ思いは伝わらないよ? おにーさんみたいに話しかけてみなきゃ!」
「ヴォルペさんみたいに……? そんな! そんな事……私に出来るわけないじゃないですか!」
 人の性格なんて人それぞれ。積極的に話しかけられるであろう彼とは裏腹に、ポルカは控えめで人見知り、消極的……遠くから見てるだけで十分と思う等なかなか恋に難航するタイプである事がわかる。
「どうして? 彼と仲良くなりたいんでしょ?」
「それは……その、そうですけど……で、でも……私人見知りですから……っ!」
 自分でそう言葉にして彼女は自身の唇をきゅっと噛む。そうだ、話しかける勇気すらもないのにどうして彼と恋人になれるだろう。未だ動き出してもいない恋、彼女は自分の不甲斐なさが悔しくてたまらない。
「それならおにーさんと特訓でもしようか?」
「え?」
 それは彼女にとって意外な提案だった。





「もっと距離が近くないと親密になれないよ?」
「だ、だって……は、恥ずかしいですよ!!」
 二人は一つのテーブルに隣同士で相席しているわけだが、その距離がポルカにとってはやはりどうしても……近い。
 先日出会った喫茶店とはまた別の喫茶店にて、彼女がヴォルペと『特訓』と称された二人の時間を作るのはわりと数日で実現させた。
 と言うのもポルカの予想に反し、ヴォルペはその言動とは裏腹に親身になって相談を受けてくれたのだ。
 その辺に居るようなナンパ男達とはまた違う印象を受け、彼女は思い切って彼のその指導を受ける決意を固めたのである。
「そ、そもそも話した事もない相手なのに、こんなに近くで話せる自信なんてないですから!」
「そんな事言ってたら彼に思いが伝わるのはいつになるんだろうねぇ? 他の女の子に取られちゃうかもよ?」
「う……」
 そんな、そんな事は彼女は痛い程わかっていて、けれどどうしたらいいのかもわからなくて。弱々しい自分の情けなさ故にそのまま俯いてしまう。
「ほら、そんな顔しないで? おにーさんに向けてくれる可愛い顔を彼に見せてあげればいいじゃん」
「こ、これのどこが可愛いんですか!?」
「どうして? 感情がコロコロ変わって可愛いじゃないか。表情を強ばらせてばかりよりこっちの方が断然自然さ」
「も、もう! 真面目に特訓して下さいよ!!」
 俯いていたポルカはヴォルペの言葉に励まされ表情に明るさを取り戻す。ああ、この人はこんなにも簡単に人を笑わせる事が出来る人なんだな……と好きな人の事で頭がいっぱいな彼女は感心するように微笑んだ。きっとこんな風に簡単に人を笑わせられたなら告白だって簡単に出来るはずなのに……。
 ポルカは考えながらドリンクに沈ませていたストローをクルクルと回してみる。カランコロンと響く氷の音が心地いい。
「何にしても君に足りないのは何度も言うけど積極性だと思うね。もっとガンガン攻めなくちゃ! 積極的に来てくれたら皆だいたい好意的に思ってくれるよ」
「そ、それが出来たら苦労しませんって……!」
 ケラケラと意地悪げに笑うヴォルペにぐぬぬー! と納得したくなさそうなポルカ。二人の仲は傍から見ればどのように写っているのか、この時のポルカは好きな人に振り向いて欲しい一心で何も考えてはいなかった。





「ごめん」
「え?」

 ──心に罅が入る音がした。
 『特訓』から数日後、ヴォルペからのアドバイスを元に好きな人へ少しずつアピールをし始めてみた。まずは話しかけて、好きな事を聞いて、控えめながらも笑いかけてみて……あらゆる事を積極的に頑張ってみたつもりだった。
 その答えがNOだったのだ。
「それじゃあね」
「あ、ぅ……は、い……」
 正直何が悪かったのかわからない。検討が全くつかない。
 どうして? どうして? ポルカは酷くショックを受けその場に立ち尽くす。幼い恋心は呆気なく幕引きを迎えてしまった。

 そのうち彼女に追い打ちをかけるように雨が降り始めてきた。次第に雨足が強さを増し、まるで浴室でシャワーでも浴びているのではと錯覚する程に強くなってきた。
 ああ、どうして? 私は、私は……ただに彼に思いが伝わるように頑張っただけだったのに……! 雨に混じって生暖かいようなそんな感触が頬に感じるが、それが果たして本当に涙なのかは今はわからない。
「あれ、君……」
 声をかけられて雨が止んでる事に気づく。いや違う、止んでるのではない、自分に傘がかかったのだと理解するのに少し時間がかかってしまった。
「ヴォルペ……さん……」
 ポルカは思わず安堵するように彼の名前を呼んでしまった。だってもうは私に振り向く事もないから。だから、
「随分濡れてるね、傘ささなかったのかい?」
「ヴォルペ、さん……」
「うん?」
「振られちゃい、ました……」
 タイミングがおかしい事は理解していたから、彼の顔を見ずに俯いたままそう掠れた声でぽつりと口にした。
「よく頑張ったね」
「へ?」
 気の抜けた声が出てしまった事に気づいた時には、ポルカはヴォルペに優しく抱きしめられていた。
「君はとても頑張ったんだよ」
「ヴォルペ、さん……っ」
 『頑張ったね』その言葉を聞いた途端、彼女の涙腺はまるでダムが決壊でもしたかのように緩んだ。
 そうだ、私は頑張って……頑張って……彼に近づけるように苦手な事も積極的に頑張ったのに。
 頑張っても……私じゃダメだった。

「君には、おにーさんがいるよ」
 彼はあのナンパした時のような声色でそう言うものだから、ポルカは泣きながら笑ってしまった。
「……ふふ、慰めて下さるなんて……ヴォルペさんは優しいですね。……いっそ好きな人がヴォルペさんだったら良かったのに……なんて、冗談ですけど」
「今から好きになればいいじゃない、好意に早いも遅いもないよ?」
「え?」
「おにーさんは君を愛してあげるよ?」
「あい、し……?」
 ヴォルペの言葉が、ポルカの心に酷く響いた。
 ああ、そうだ。最初に話しかけてくれたのも彼。アドバイスをくれたのも彼。こうして慰めてくれたのも彼だ。

 
 

 ポルカは泣き腫らした眼をそのままに、彼の優しい手を縋るように取った。





「……あなたもヴォルペさんの恋人だと?」
「そう、そうなのよ。だからあなたのような凡人はお遊びなの」
 となってから数日経つある日、と名乗る女性が彼の留守中ポルカに数人接触してきていた。
「根拠は……?」
「私、ヴォルペと数え切れないほど寝てるの」
「……そうですか」
 最初の一人が来た時には怒りを感じた。彼もまた自分を裏切っていたのだから。けれど蓋を開けてみれば数人の女性がいるではないか。
 それならばポルカはこう解釈する。
「ヴォルペさんは……やはり優しい方なのですね」
「はぁ?」
 相手の女性は予想外の言葉に思わず声を上げた。
「きっと、たくさんの女性に言い寄られて断る事が出来ないのでしょう。それが夜の事でも。……彼は優しすぎる方、仕方ない人です」
 狂気的な程にこやかなポルカ。今この場に彼は居ないから本当の答えに辿り着けない。ならば自分で答えを見つけるしかない。
「これから、彼の心を掴む為に……お互い頑張りましょうね」
「っ、あなた……どうかしてる!」
 ポルカの言葉に身震いを見せた女性は、顔を青くさせてその場から立ち去った。
 消極的で引っ込み思案だった彼女は、ヴォルペの言葉で酷く変わってしまった。積極的にならなければ、そして彼への思いを強く伝えなければ、それを頑張れば。
 応えてくれたのはヴォルペだけだったのだから。

「ヴォルペさん……会いたいです……」
 彼女の元からあった純粋さはその猛毒ヴォルペで、酷く黒々と揺らめいた。

  • それは酷く甘美で酷く苦い毒完了
  • NM名月熾
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月04日
  • ・ヴォルペ(p3p007135

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