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花冠は偽りの上に
登場人物一覧
それは、男と女の話であり、逃れられぬ運命の話だった。
登場人物を簡単に説明しよう。
勇者と、魔王だ。
彼らは物語の登場人物としては必須であり、必ずしも物語に組み込まれる存在であった。
曰く――勇者は魔王を殺す、のだ。
ならば、勇者とは何か。勇者とは人々の祈りの結晶、魔族を滅ぼしてほしいと願った一縷の望み。
ならば、魔王とは何か。魔王とは世界が生命のバランスをとるために産み出した調整機関。
勇者とは本人がなりたいと願ってなるものではない。
それは『人々の願い』が押しつけがましくも一人に責務として負わすものだ。
魔王たちは勇者に倒されるという運命から抗うべく行動するが、結末は皆同じ。
祈りの決勝は何処までも強く――そして、どこまでも『呪い』のような存在であった。
勇者と魔王の物語。
その結末は、必ず勇者が勝利するというものだ。運命にはそう定まっているのだ。
――
―――
冒険者然とした女は身の丈ほどの大剣を背負い、旅をしていた。
その名をルアナ。ルアナ・テルフォードという。
冒険者として戦い、冒険者として過ごす日々。そこには何ら貴賤もなく、そうすることが当たり前の様に彼女は振る舞った。
日々を謳歌する中、ルアナが立ち寄った村は何の変哲もない場所であった
(この村はまだ平和そう。……あそこにいるのはこの村のお爺さんかしら。何か話を……)
髪を靡かせ、首を傾げる。
ルアナ・テルフォードは冒険者として困った事があればすぐに解決するために村から村を転々としている。
その彼女の目の前に立った紳士は何処かを探す様に周囲を見回していたのだ。
(きっと困っているわよね……? 何か力になれるかしら……)
ゆっくりと歩き出す――その相手が『魔王』だという事も知らずに。
グレイシア=オルトバーンは魔王であった。
ルアナ・テルフォードという『どこにでもいる冒険者』の気配を感知して『勇者である』事を認識できる魔王。
(勇者――か)
グレイシアはその先にある未来を知っていた。否、未来を知りながら半ば諦めを感じていたのかもしれない。
勇者に魔王は殺される。その当たり前を考えれば考える程に、魔王はどうせならば自身の死に際を鮮やかに飾りたかった。
ルアナが勇者であると知らなくてもいい。彼女を立派な『勇者』として育て上げなくてはならない。
それがグレイシアという魔王の最期を華々しく飾るのだと彼は認識していた。
最高の舞台と最高の勇者。自身の引き際の為に世界を構成するその要素の為に。
だからそこ、勇者の存在を感知したグレイシアは村へと訪れた。
『未だ、自身を勇者だと知らぬルアナ・テルフォード』を見るために。
(確か今はこの辺りの村に居るという話だったか……
出来れば顔を合わせず、こっそりと確認したいところだが……)
きょろりと見回すグレイシアを最初に見つけたのはルアナであった。
誰をも助けたいと願う彼女が『何かを探す紳士』を見捨てるわけがない。
未だグレイシアは其方を向くことはない。
ふと、グレイシアの瞳が、揺れる。
――その眼が確かに勇者を捕らえた。
「おじ――」
何か、流転する感覚がする。
その身を『引き摺るような』感覚にルアナの唇から悲鳴が漏れた。
それはグレイシアも同じであった。
未だ、年若い――否、それでも『大人の女であったのは確かだ」――勇者をその目に移した刹那。
その身は確かに何かに飲み込まれた。有無も言わさず引き摺る感覚にグレイシアは魔族として『喚ばれた』のだと認識した。
魔王ほどの強大な力をどこへ呼ぶか。
そして、勇者も共に――冷静に考えるグレイシアがゆっくりと瞼を上げれば、鮮やかな空が其処には存在していた。
空の上にぽかりと浮かぶ庭園。花々が咲き誇り、平和を絵に描いたような場所にグレイシアは降り立って居た。
「ここは……?」
衣服を確認せれど何の変哲もない。
装備の類にも変化はないが、『体が重苦しく感じる』事がグレイシアには気がかりであった。
「どうぞ、いらっしゃいでごぜーます」
淡々と告げた『シスター』はこの場所の事簡単に説明した。
曰く、グレイシアとルアナが『居た』世界ではない別の場所。グレイシアが感じた様に確かに召喚された、という事だ。
手を茫然と見遣る。
ならば、共に召喚された勇者は――?
グレイシアが顔を上げた先、シスターが礼をし、他の対応に映る中、びええ、と大きな泣き声が響いた。
「こ、ここどこぉ!!?」
ぺしゃりとしゃがみ込み、『大きい装備』をだぼだぼと身に纏う一人の少女。
「ルアナ……あれ? ルアナどこで何してたっけ?
う、うええっ、う――! わかんないよぉ! うえええええ!」
号泣し、大きな大剣を下げたルアナは『幼い少女の姿』で泣き叫んでいた。
それを一目見て、グレイシアは『勇者』なのだと認識する。自身に変化はないが、勇者は幼い姿に変化し、ぐずぐずと泣き続ける。
(召喚された……との事だが……、これはどうした状況だ……?
吾輩の力もあまり感じられないし、勇者の『力』さえも弱弱しい……)
座り込んだルアナの様子からするに彼女は自身が『大人』であることや『冒険者』であることを覚えていない。
只の幼い少女の様にぐずぐずと泣く様子では彼女が『自身を殺す宿命の勇者』には見えなかった。
(……仕方ない、状況がわかるまで勇者を保護せねば)
彼女がどうして記憶を失っているのか。彼女がどうして子供であるのか。
その理由は分からない。
ただ、漠然と『この世界』――先程のシスターの少女はこの場所を混沌世界と呼んだ――に召喚された事だけがグレイシアの中では分かっていた。
「ふええ……ッ! お父さん、お母さんは、どこぉ!」
何かを護るという使命すら彼女の中では消え去ったかのように、只の子供の様に泣いた。
幼い少女の中では得体の知れない空の上、突如として『一人ぼっち』になった心境だったのだろう。
自分が何者かわからず、自分がどうしてこの場所にいるかもわからない。
現状全てを把握しているグレイシアと比べれば彼女は余りにも『心細い状況』だっただろう。
その様子を眺め、そっとその傍らに膝をつく。
勇者を保護する――
それがグレイシアの中での第一目標だ。
寧ろ、これは後期なのかもしれないとまでグレイシアは考えた。
もとより勇者をしっかりと導くのが目的であった。
ならば、ならばだ。
その為には彼女を護れるように傍らにあり、彼女が『自身を殺すに相応しい勇者』として成長させればいいのではないだろうか?
「そう泣くでない……これも何かの縁だ、暫くは吾輩と行動するのが良いだろう」
「お、おじさま……だれ……?」
丸い瞳でグレイシアを見上げるルアナ。
幼い少女は震える声音で「ここはどこぉ」と小さく呟いた。
彼女のその言葉を聞きながら、グレイシアはふと、手にしていた花冠を差し出す。
じい、と花冠を見詰めたルアナが「きれい」と小さく呟いた。
「これ、おじさまが作ったの……?」
そっと、シロツメクサで編まれた花冠を手に取るルアナ。幼い子供の気持ちを掴むにはそうした手練れも必要か。
魔王として勇者を教育し来る日を迎えるべく彼は柔らかに告げる。
「……ああ、これで安心してくれるだろうか?」
「ふえ――で、でも……」
心細いのなら、とグレイシアは手を差し出した。シロツメクサの花冠をルアナの頭に乗せるようにその手を導き彼は小さく息を吐く。
「吾輩も不安なのだ。この世界は吾輩の居た世界ではない。勿論、『勇者』の居た世界でもない」
「『勇者』――?」
ルアナが? と小さな少女はそう呟いた。
は、としたグレイシアに『少女はその意味を分からぬままに』素敵、と立ち上がる。
勇者像は人々の祈りで出来ている。それは彼女の中でも同じだ。
世界の一般的な勇者像は『人々を悪しきものから助ける』存在だ。
「……ルアナ、沢山の人を助けることができるのね?」
「ああ」
「だって、だって、勇者って沢山の人を救うんでしょう? お父さんとお母さんが言ってた!
おじさま、ルアナは勇者なの? ルアナが頑張れば沢山の人が笑顔になってくれるの?」
「ああ、そうだ」
花冠なんてガラではないのだが、と小さく呟いたグレイシアに優しいのね、とルアナが瞬く。
こんなにも心細かったのに、彼が居れば安心してくる気もする。
それに自分は勇者なのだ! そう思えば心はすうと軽くなるのだから。
「勇者になるべき修行の地なのだ」
「じゃあ、ここから頑張ればいいの?」
「ああ」
頷くグレイシアを見上げたルアナの涙はいつの間にか止まっている。
「……おじさま」
「大丈夫だ。さあ、行こう」
少女の小さな手を取って魔王は只、彼女の傍にあり続ける。
少女は魔王の気づかいに心を安らがせた。傍に或る存在がどれ程までに心強いかと安堵するかのように。
「おじさま、ルアナ……がんばるね」
「ああ、見守ろう」
――そう、それは、何時の日か『自身を殺す日まで』