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久遠に囀る山時鳥は
登場人物一覧
絶望と、その名を冠した海原に顕現するは強大なる竜の姿。滅海竜リヴァイアサン――侮る勿れ、その竜はイレギュラーズが死力を尽くし『封印』に至った。冠位魔種を退ける力を有せども、竜種を滅する事には程遠い、それ程の脅威であるその存在に馳せるは今も鮮麗なるシチュエーションだ。
「…...よもや、竜と相対することになるとはな...…」
竜への信仰心からではない、それは、自身の双眸が目にしたその現状を書物に認めて置かねばならないと、筆を執った。
リヴァイアサンと相対したという事を、そして、その戦場に響いた『歌声』を。伝説と呼ぶにふさわしい竜へ奉納歌を。
彼女の事を、遺さねばならない。彼女の事を、伝えなければならない。コン=モスカ。
――それが、生きた軌跡となるならば。
ペンを羊皮紙に走らせた。
書物の上では多く語られ、そして、強さの象徴としても噂されることの多い存在。現実のものであるか、はたまた架空の存在のように、神話めいて語られた混沌の種。
――竜種。
それらと真正面から相対したという記録は決して、消えやしないだろう。海洋王国でも大々的に英雄譚として語られる他、ローレットの報告書や、海洋軍部、鉄帝国軍部の書庫に記録として残るはずだ。
「当世の記憶には残るだろうし、海洋王国としても記録はするだろう。この文書は外史と言ったところか」
だが、前線で戦った者が事細かに残すのも悪くはないだろう。例えば、アクエリアで感じた事を。例えば、フェデリアでの決戦を。冠位魔種――アルバニアとの戦いを。そして、竜の顕現を。その、神とも呼ばれることのある圧倒的なる存在を。神威を。立ち向かう人々の事を。命を賭してまで、その竜を追い詰めんとする者達を。
そして――
「…...どこまでの響き渡った、伝説となったカタラァナの事を」
カタラァナ=コン=モスカ。
レイヴンは、その名を良く知っている。
海洋王国。その絶望の青に隣接する地に領地を構える辺境伯コン=モスカ。
代々、特異な宗教観を持ったその地は青き大海に眠る神々を奉じていた。
それ故に、
それ故に、
その辺境伯の跡取り、次代を継ぐべく存在した双子の娘。一人は儀の為に、一人は器の為に。
別つ運命が加速したのは
――そうして、レイヴンは彼女と出会う。
伝説となった、歌姫と。
奇跡となった、歌姫と。
海の濤に消えた、歌姫と。
――――♪
その歌声を思い出す。あの時に、フェデリアに響き渡った声は確かにカタラァナ=コン=モスカのものだった。
清浄なる蒼の歌。コン=モスカの
近海の守護者である水神様が人に乞われたのと同じように、絶望の青を祀るコン=モスカは記録にも記憶にさえ残らないリヴァイアサンを讃えていた。
だからこそ、賛歌であった。人のみで竜の心を得ることが出来ないならば『空の器』は竜の器と化して歌う。
深すぎる竜のそれを飲み干して、竜の器となった彼女は――
コン=モスカの『忘れていた信仰』を今世に顕現させたのだろう。
彼女自身も意味さえ知ることなく――しかし『思い出した』とその歌を紡いだのだ。
故に、今。失われた血筋の、とうに絶えて久しい波濤の奇跡は。
まさに――大いなる代価を糧に奇跡の道を踏み、この現代に遠き全てを再現した。
それを、鮮明に書き綴る。
竜は、滅されたわけではない。深き眠りについただけだ。それも、近海で親しまれる水神と共にだ。
千年も経てば、その眠りは自然と醒めて再度の猛攻を振るう可能性だってある。
その時に、彼女の使命を、彼女の唄を、人々が『憶えて』いる事を。人々が知っていることを。
忘るるな――
忘るるな――
いつの世も変わらぬ鳥の泣き声が如く。
長きの忘却など、もう二度とは必要ないのだ。
竜の巫女の歌声よ。
どうか、久遠に伝わらんことを――