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菫の色に咲く石は
登場人物一覧
茹だる様な暑さを感じさせるようになった海洋王国。その地で行われた長い航海は漸く終結を迎えた。新天地や妖精郷での戦いはまだまだ始まったばかりではあるが、一時的に日常に戻れる時間が出来たのは確かである。Erstineは船より降り立った時にグラ着く足場から落ち着いた陸を感じた事に安堵した――それもこれも、彼女が『帰りたい場所』は海のない場所だ。海は海でも砂海と呼ぶべき広大な
祝勝会を終え、特異運命座標として
悩みに悩んだその末に――
「レイヴンさん、今日はご一緒してくれてありがとう……とっても助かったわっ!」
にこやかに礼を告げたErstineにレイヴンは緩やかに首を振る。まだふわふわとした心地の足元の気配を感じながら歩むErstineと比べれば流石は海洋の貴族であろうか。慣れた雰囲気であるレイヴンは
「なに、どうということは無い。レディをエスコートするのは海洋紳士の嗜みであるからな。ワタシも...…久々に見て回りたい」
海洋王国事態に馴染みはあるが、歩き回るとなれば暫くの戦いで随分久しくなったものだとレイヴンは息を吐く。それもそのはずだろう、長らくの戦いは鉄帝国の『横槍』や強大なる竜種との攻防によって長期の間、潮のかおりに包まれることとなったのだ。
一先ずはマーケットへ向かおうと、向かうのは土産物を得意とする店ではない。一本道を外れた場所にある商店街だ。どちらかと言えば観光客を相手にする店でない方がよりニーズに合わせられるのではないかと言うレイヴンの気遣いだろう。ショーウィンドウを見つめながら、首を捻ったErstineは「うーん」と小さく唸る。
「……どれも、悩ましいわね……」
例えば、ハウザーは肉や酒類を好むであろうし、イルナスならばシンプルなアクセサリーを好ましく思うだろう。けれど――と頭の中に浮かんだ赤毛の彼。
(――……って、違う! 違う!! これは! 別に! あの方へのお土産とかそんなんじゃ!!)
自問自答、といっても自身の中でぐるぐると巡る『言い訳』は、傍から見ているレイヴンにも伝わっている。そんな恋する乙女が眩しく感じられるのは、自身はひとつ、諦めた想いがあったからだろうか。互いに『誰か』を恋しく思う気持ちは同じなのだ。その様子に小さく笑ってレイヴンはふと、顔を上げた。
「ふぅむ…...見ぬうちにこの辺りも多様性をさらに増したな...…お、これは良さげなラム酒」
「ラム酒!」
――あの人が喜びそうとぱぁ、と華やぐその表情にレイヴンは小さく笑みを零した。実に眩しい。「誰に贈るんだい?」と揶揄えば、Erstineは「う」と詰まって見せる。しどろもどろに言い訳を繰り返すそれが何とも可愛らしくてレイヴンは「さて、本命があるのだが」と彼女へと向き直る。
「海洋魔術工房の工芸品は美術品としても各国で有名だぞ、ワタシが口をきいてあげよう。
アイオライトのブレスレットとかどうかな? ラピスラズリも良いと思うぞ」
「海洋魔術工房? へぇ……私、ラサにばかり居たから他国に疎くて……是非見てみたいわ!」
彼が本命と言う位なのだ期待値は上昇である。瞳をきらりと輝かせたErstineにレイヴンは大きく頷いた。海洋貴族である彼にとっても馴染みの深い『海洋魔術工房』はイレギュラーズ達の武器も扱うが、アクセサリーやお守りも各種揃えておりその技術を生かしたアクセサリーは美術品として幻想王国でも人気を誇っているらしい。『贈り物』にはぴったりだという口添えを聞きながら攻防へと踏み入れれば、様々なアクセサリーの並んだショーウィンドウへと誘われる。
「ブレスレット……って言ってたわよね? これ、かしら。
蒼が素敵なブレスレットね! なんだか、海の様な……それでいて、深い色をしていてとっても綺麗」
きら、とその瞳を輝かせたアイオライトの色をした彼女にレイヴンは「それがアイオライトだ。それから、こっちがラピスラズリ」と指をさす。
レイヴンがそれ等を進めた理由は『宝石言葉』と言われるものに関連するのだが、Erstineはそれを着にする素振りも無い。
例えば、コーディエライトと言うその石には誠実さと、そして迷うことなく突き進むという力を与えるかのようなみずみずしさが。ラピスラズリは夜空を思わせるその色彩より天を象徴するとして幸福の宝石として親しまれている。
さらに言えば、ブレスレットを誰かに贈るという事にも『深読み』したならば意味があるにはあるのだが、レイヴンはそのような野暮を口にすることはない。寧ろ、Erstineが
美しい宝玉を眺めて、悩まし気にしていた彼女は「決めたわ」と大きく頷く。
「レイヴンさん? ……なんだかとっても楽しそうね?」
「いや? うん、決まったのならよかった。海洋紳士としても、自国の技術を贈り物に選んで貰えるという事はどれ程の幸福だろうかと、噛み締めていただけだよ」
穏やかな口調でそう告げた彼は、自身の恋は遠く冬の海で実らなかったのだけれど、とは言わない儘に「成果報告をお待ちしているよ」とレイヴンは揶揄った。
もう、と頬を赤らめてそっぽを向いたErstineは手にしたブレスレットを見下ろして、どこか擽ったそうに笑うのだ。きっと、その心の中には