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紅柘榴の咲く夜に

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ヴォルペの関係者
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ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐


 恋をしたの。運命的な恋を。

 家族も住んでた村も失った私があの人と出会ったのはきっと運命なのだと今では思うの。
 あの人は葡萄茶色なんて言ってた朱殷色の髪も、熱のない紅玉色の瞳も、繊細に触れてくる指先も、抱き付けばしっかりと鍛えられと気付く細身の体も、甘くて優しい蕩けるような声も全てが素敵なのよ。
 様々な世界を旅した旅人だと言うだけあって、話してくれることはみんな面白くて夢物語みたい。
 時々血の匂いを漂わせてはお仕事だからと誇らしげに笑うの。
 あの人、イレギュラーズなんですって。
 そう、あのイレギュラーズ。私達とはきっと別の世界に生きる人。
 そんな人が私を見つけてくれて、砂糖を煮詰めたような夜も、気恥ずかしい朝も一緒に過ごしてくれた。
 美味しい珈琲の淹れ方も教えてくれた。
 うっとおしいだけだと思っていたこの黒髪を褒めてくれたし、私の趣味だって否定しないでくれたわ。
 絵本に出てくる王子様ってもしかしてあんな感じなのかしら。
 ううん、あの人はどちらかというとお姫様を攫う悪の幹部みたいな雰囲気で。
 見目はね、とってもカッコいいの。
 男らしいのに綺麗で。きっと色んな子を泣かせてるんだろうなってくらい手慣れてるのよ。

 ふふ。でもね、それでも良かったの。
 心から愛しいと思えた人だから。
 仕事を理由に気まぐれに顔を見せるような人だけれど、それでも私を忘れないでいてくれた。
 寂しいな会いたいなって思うと必ず会いに来てくれた。
 「望みを叶えることがおにーさんの至福なんだ。」って言って。
 悪い男? そうね、きっとそう。
 あの人の特別になりたい人なんて沢山いる。
 どんなにあの人が私を美しいよ、綺麗だよって褒めてくれたってきっとみんなに言ってるのよ。
 でもね、触れる手は優しいし褒める言葉に嘘はないの。
 性欲を満たす為の薄っぺらい言葉なんかと全然違う響きがあの人の言葉にはあった。
 朝まで何もしないで、ただ一緒にベッドに寄り添うことだってしてくれた。
 そもそもあの人の瞳にそういう汚れた欲を感じないの。
 怖いと思わないっていうのかな。
 危険だと分かっているのに危険だと思わせない、そんな不思議な魅力を持った人。

 最近? そうね、全然姿を見ないわ。
 だから私、あんまり寂しくてこうして探しにきちゃったの。
 海洋で大きな戦いがあった話を知っているでしょう?
 あの人はイレギュラーズだから……沢山の死者も出たと聞いたし、生きてるとは信じているけれど心配で。
 そう、心配なの。
 あの人が私の知らない所で死んでしまうかもしれないなんて考えると悲しくて。
 ……悔しくて。

 あの人は様々な国で仕事をしてるって言うから、もしかしたら貴方も見かけたことがあるかしら。
 心当たりはない? 本当に?
 もしも隠してたりしたら貴方の事を許せないわ。
 あ、ごめんなさい。
 ふふ、会いたくて会いたくて気が焦ってるのかもしれない。
 あの人の微笑みをもう一度見たいだけなのに。
 将来を添い遂げたいとかそんな事を考えてる訳じゃないの。
 あの人と私は住む世界が違う存在で、それにきっとあの人はそんなこと了承してくれない。
 誇りを持ってしている仕事を投げ出してまで誰かを選んだりしない。
 選ばないって事は誰のものにもならないって事でしょう?
 だから私はあの人を愛し続けることが出来るんだと思うわ。
 だってあの人は私の運命だから。

 あ、珈琲のおかわりいるかしら。
 美味しいでしょう、あの人が教えてくれた淹れ方なの。
 香りも良くて苦味はあるけど癖になって。
 まるであの人みたい。
 でもね、こうして会わなくなると不思議と思い出せないの。
 特徴的な髪色も宝石みたいな瞳も甘い声も、どれも現実味が薄れていく気がする。
 幸せな日々を過ごした記憶はちゃんとあるのに、あの人の存在だけがまるで夢みたいに思えるの。
 あの人はどんな香りがしたかしら。
 時々感じた戦場の匂いは分かるのに、あの人自身の香りはあったのかしら。
 ……貴方からは砂と香辛料の香りがするわ。
 そんなに驚かなくてもいいじゃない?
 淹れ立ての珈琲で火傷するなんて当たり前なのに。
 ちゃんと飲み込んだ? そう。
 なら良かった。
 
 あの人の話ばかりもつまらないでしょう?
 恋してる顔は可愛らしいなんて口が上手ね。

 私は家族も住んでた村も失ったって言ったでしょう。
 あれはね、飢饉でも盗賊や魔物の襲撃が原因でもないの。
 私には趣味があるとも言ったでしょう。
 昔から山で捕れる薬草を煎じるのが好きなの。
 豊富な薬草をよく効く薬にして売る大人たちの真似をするのが好きだったの。
 初めて作った薬は両親にプレゼントしたわ。
 少しずつ、少しずつ元気を失くす姿に心臓が壊れるくらい跳ね上がったのを覚えてる。
 両親が動かなくなってからはみんなが使う井戸に薬を落としたの。
 一人、また一人と倒れていくのを家の窓から眺めてた。
 そう、とても興奮したわ。
 薬は間違えれば毒になると教えられていたけれど、私はその毒を正しく作りだすことの方が楽しかった。

 あら、そんなに怯えなくてもいいじゃない。
 私の作る毒なんて大したことないの。
 だってあの人を殺す事は出来なかったから。
 あの人は毒入りの珈琲を私の愛情だと分かってて飲み干してくれた。
 そうして最後に交わしたキスは、砂糖も蜂蜜も入ってないのに今までで一番甘くて美味しかったわ。
 私の毒で死なないあの人!
 私の運命のあの人!
 あの人を殺せる毒を手に入れたら、きっと私は幸せの絶頂に立つと思うの!

 あの人が欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて。
 愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくてたまらない!

 きっとそれを世界が望んでいるのよ。
 だって私は! 確かに声を聴いたのだから!

 意識がなくなるまで傍にいてくれたあの人に会いたい。
 目が覚めた時にはもういなかったあの人に会いたい。
 
 今度こそあの人を手に入れる為に、私は腕を磨く事にしたの。
 あの人を探しながら沢山の薬草を何通りも組み合わせて毒を産んで。
 最後のキスが忘れられなくて飲み干してもあの甘美な幸福を味わうことはまだ出来ないの。
 きっと足りないんだわ。
 飲み干す毒の数も、その毒を誰かに試す数も。
 いつか私の事がローレットに、イレギュラーズに届いたら、きっとあの人は自分から会いに来てくれるわ。
 仕事熱心なあの人だから、今の私を放ってはおかないでしょうね。

 ねえ、聞いてる?
 もう聞こえてないのかしら。
 やっぱり貴方もあの人とは違うのね。
 あの人だったらきっと、冷たい瞳で笑ったまま「おにーさんには効かないよ」って言ってくれるもの。
 私を狂ってると否定する人間なんて沢山いたけれど、あの人だけは可愛いねって肯定してくれた。
 いつか私のこの毒であの人を壊して手に入れるの!

 もうおしゃべりはおしまいね。
 聞いてくれてありがとう。
 貴方の残したものはあの人に会いに行くための路銀として大切に使ってあげるわ。
 そして貴方の亡骸も。
 気づいたらこんなに大きくなっていた旅の相棒は食欲旺盛だから。
 跡形もなく綺麗に食べてくれるから安心してね。
 これはあの人から最後に貰った言葉だけれど、貴方にもあげるわ。

 「バイバイ、おやすみ、良い夢を。」

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