PandoraPartyProject

SS詳細

ノーブル・ファンタズム

登場人物一覧

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディの関係者
→ イラスト
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者

●ファーレル家会談
「此の度はご苦労だった、と言うべきか――」
 四十を前にした年齢よりは若々しく、実に精力的な甘いマスクに幽かな微笑みを浮かべて。リシャール・エウリオン・ファーレルは久方振りに会った愛娘を労いと共に出迎えていた。
「『天義動乱』は我が国に直接的に関係は無いが、魔種が天に背く存在である事は知れている。
 我が国においても例の嘘吐きサーカスシルク・ドゥ・マントゥールは大変な災禍だったからな。
 あのような悲劇――例え仮想敵国であろうとも見過ごす事は出来まい。
 それが神の意志にあらず、此の世を乱す存在であるならば尚更だ」
『現役』を退いてもう長いが、そう語るリシャールは実に理想的に騎士然としたものだった。
 幻想――レガド・イルシオンは多数の内憂外患を抱えている。
 北部に国土を接するゼシュテル鉄帝国は長年の宿敵であり、東部域に目を向ければこれまた融通の利かない聖教国ネメシスが陣取っている。様々な事情と上手く折り合いをつけながらこの国がこの国としてこれまで存続を続けてきたのは、偏にその支配的階級である貴族達が時に己が武力を発揮し、時に政治に辣腕を振るい。己が領土と民との両方を守り抜いてきたからと言えよう。
 先代国王フォルデルマン二世の御代において近衛騎士を勤め上げ、父兄の戦死に伴い家督を継ぐ事になった彼だが骨身に染み付いたノブレス・オブリージュは、歪みに歪み、当代紡いできた素晴らしき伝統を忘れて久しいこの国の現状においても些かたりとも曇っていない。
 さて、国境近くに領土を持ち、その守備を担う貴族の一つであるファーレル伯爵家は先述の通り王国の名門であり、リースリット・エウリア・ファーレルは言わずと知れたファーレル家の令嬢であった。
「これでかの国が良い方向に向かうのであれば、そんなに素晴らしい事はありません」
『一つ二つの欠点を除けば』尊敬すべき父より褒められたリースリットは「我が国と同じように」と言葉を結んだ。
「全くだ。『我が国と同じように』な」
「……はい。最近は陛下も政治に熱心になられているようなので……」
 リースリットの言葉にリシャールは小さく頷いた。
 表情には苦笑らしきものも張り付いているが、それは一概に悪い意味ではない。
 偉大なる王――そう呼んでいいだろうし、少なくとも直接仕えたリシャールはそう確信している――フォルデルマン二世の早逝が幻想に深い影を落としたのは確実だった。世継ぎの現王三世陛下は放蕩の限りを尽くし、政治に何の興味も示さなかった。フィッツバルディ公爵家、アーベントロート侯爵家、そしてバルツァーレク伯爵家――幻想の三大貴族と称される彼等の手綱を見事に握り、『強い王権』を辛うじて維持してきた彼の崩御が近年の貴族派の専横に繋がったのは言うまでもない事実である。
「あちらもこちらも特異運命座標おまえたちのお陰か。
 感謝するべきなのだろうな。主君を変え得なかった私の不徳は恥じ入るべきかも知れないが――」
「――いえ。お父様の尽力は国民も、きっと陛下も議長様もよく御存知の筈です」
 娘の言葉にリシャールは「で、あれば良いのだが」と僅かに微笑んだ。
 平素自領の統治――この国の貴族が余り注意を払わない盗賊退治やら領民生活の保護やらにリシャールは熱心だ――に忙しく、彼が王都に出る事は貴重な機会だった。今回は偶然王都に用事があったリシャールがリースリットの送った報告の文を読んだ事で何とか時間を作って会う事が出来たという訳だ。
 リシャールは民政家であり、貴族派同士の抗争には心理的中立を保っている。しかしながらこの幻想でひとかどの家格を持つ以上、風見鶏を気取る訳にもゆかず結果として周囲からはフィッツバルディ派と目される動きを余儀なくされている。実際の所、リシャールとてレイガルテ・フォン・フィッツバルディという怪物を評価しない訳ではないのだが、彼は少し傲慢過ぎる。かといってバルツァーレクに家を賭けてついてやる程の覇気も感じず、アーベントロートは問題外なのだから消去法的選択に過ぎない。
 そう、ファーレル家は本当の所――
「この調子で陛下が目を覚ましてくれればこれ以上素晴らしい事は無いのだが」
 ――何処までも『王党派』と呼ぶ他は無い家なのだ。
 先代の頃にはファーレル家を含む有力貴族達にもそういった者は多かった。今は三世の余りの放蕩と長いものに巻かれる他は無いという事情が災いし、各派に散ってはいるが、リシャールは今でも幻想には『潜在的王党派』の数は多いと見る。それが故に三貴族は国王を軽視しながらも決して無視はしていない。一つ間違えれば国を割り、自派に破滅をもたらす極大の罠となる――それがかの勇者王の『血統』なのだ。
「お父様、それで報告は議長様に?」
「ああ。最近は陛下も政治に興味をお持ちのようだが、実務には及ばない。
 私も私の立場を考えれば、元老院議長殿を最優先するのは当然になろう。
 ……尤も、折角の機会だ。王宮に上った時には久し振りに陛下に謁見も叶ったよ。
 かの方は裏表のない方だから――私の来訪を心より喜んで下さったようだった」
「それは何よりです。あの方は――そう。『太陽のような方』ですから」
「言うようになったな」とリースリットの『冗談』に笑う。リシャールは外に出る事で随分逞しく成長した娘の姿に目を細めた。大恩ある二世の実子である三世と愛娘、その両方に会う事が出来た今回の王都行は、全く彼にとって大変に素晴らしいものだったに違いない。
 ファーレル家の『願い』を叶えようとするならこの先も遥かいばらの道が続いているに違いない。
 されど、彼等の『願い』は幸福にして貴ぶべきものである。今のこの国が忘れて久しい高貴なる幻想ノーブル・ファンタズムは元々連綿と受け継がれてきた最伝統国幻想の根幹を成すものなのだから。
「この先も、陛下の力になって差し上げてくれ」
「はい」
「王家だけではなく――この国の民の為にも」
「……はい」
『多少の欠陥を除けば』尊敬すべき父がリースリットは身が引き締まる想いだった。
 特異運命座標に選ばれたのは成り行きのような運命かも知れない。しかしその後刻んだ道のりは違う。リースリットはリースリットの選択の中でファーレル家の令嬢として恥ずかしくない道を歩んでいる。
 さて、そんな内にも空気は緩む。
「堅苦しい話はこれまでだ。悪いな、疲れている所に」
「いえ、お父様こそ……」
「ここからは家族の話をしよう。実はリシュオンとリシェルも王都に来ているのだ。
 折角の機会なのだ。家族揃っての時間を過ごそうじゃないか――」
 リースリットは父の言葉に何とも言えない顔をした。
 兄や姉が嫌いなのではない。向こうも殊更に自身を憎んでいない、とは思う。
(お父様は、懲りない方だから……)
 父の手前口にはしなかったが、リシャール・エウリオン・ファーレルの浮名は今も流れ続けている。
 近衛騎士時代からモテにモテた――しかも本人は相当惚れっぽいときている――『そういう話』に知らない顔をするのも大変で、リースリットはこの時ばかりはやれやれと溜息を吐くしか無いのだった。

PAGETOPPAGEBOTTOM