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白黒の猫は絵画の中で入れ替わりの夢を見るか

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イルミナ・ガードルーンの関係者
→ イラスト
イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。

●ギャラリーは危険な香り
「はー……目が回るくらい華やかっスねぇ」
 所狭しと飾られる美術品に目を見張り、『機心模索』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)は呟いた。
 自分の目の前に置いてある謎のオブジェは、どうやら50,000Gの値打ちがあるらしい。宝石10個分か……なんて考えてしまうのは、闇市にお世話になり続けた者の性というべきか。
「OH! そちらのオブジェがお好みデスか?」
 背後から唐突に声をかけられ、ビクッと思わず肩を跳ね上げる。振り向くとそこにはスーツを纏う金髪の女性が立っていた。
「面白い形でついつい見つめちゃったっス、このゾウの置物ーー」
「そちらは馬のオブジェでース」
 ピシリ、と空気に亀裂が入る音がした……気がした。
(ひーっ! なんかマズ気な雰囲気っス!)
 イルミナの焦りを知ってか知らずか、ぬっと彼女の隣に大きな影が落ちる。
 ボーイッシュな装いに、すらりとした体躯。菫色の癖っ気と、一度目が合ったら離せなくなりそうな鋭い眼光。
「そいつは見学だ。商魂たくましいのは構わないが、あまり困らせてやるな」
「アンゲリカさん……痺れるっス!」
 名を呼ばれた女性ーーアンゲリカ・レンピッカはぎこちなく微笑んだ。他者から見れば苦い顔にしか見えないが、それが笑い下手の彼女なりの精一杯のスマイルだとイルミナは知っている。
 最初は状況が掴めずぽかんとしたスーツの女性も、2人のやり取りを見てようやく理解したようで、驚き混じりの声が漏れた。
「Sorry,アンゲリカのご友人でしたか。Youは一匹狼ロンリー・ウルフと思ってマシタ」
「アタシだって作品を沢山運び込む時くらい、ダチの手は借りるさ」

「美術商の所へ作った作品を運びたいんだ。アンタも手伝え……じゃなくて、手伝ってくれるか?」

 アンゲリカからの友達としてのお願いを、イルミナは二つ返事で快諾した。
 彼女と出会ってから暫く経つが、口にせずともイルミナの"性質"に気づいたようで、無意識のうちに口にしていた命令口調を時折言い直すようになった。
 それは人間とロボットの主従ではなく、友達としての対等な関係になる事を望む、彼女なりの気づかい。
 だからこそ胸を張って自己紹介ができる。
「初めましてっス! アンゲリカさんのお友達のイルミナっス!」
「自己紹介Thanks.僕はアリッサム・スイート。美術商デース!
 アンゲリカの作品をコレクターの皆様に紹介して、販売する役を担ってマス」

 そしてここは、アリッサムのギャラリーという訳だ。
 彼女はかなりやり手のようで、『売約済み』の札が貼られた作品もちらほら見える。
「気になる芸術品があれば、いつでも聞いてくだサーイ! Serviceするヨ?」
「あ、あはは……考えておくっス」
「だーかーら、売りつけようとするなって! 帰るぞ、イルミナ」
 アンゼリカに腕を引かれて、半ば強制的にアリッサムから引き離されるイルミナ。
 引きずられるくらいなら自分でちゃんと歩こうと、体勢を立て直した時だった。

ーーチリーン。

(いま、なんか鈴の音がしたっスか?)

 不思議な音がした方へ視線を向けると、そこには一枚の絵が飾られている。金色の豪奢な額縁の中に描かれているのは雨上がりの森の中。中央には、この絵の主役だろうかーーふわふわの黒猫が大きな水たまりを覗き込んでいる。
 水面に映っているのはその黒猫ではなく、不思議な事に全く別の白猫で、絵画全体が神秘的な空気を纏っていた。

「どうした。気になる作品でもあったか?」
 イルミナの視線を辿ってアンゲリカも同じ絵画を見上げてみる。すると再び、チリーン……と鈴の音が何処からか鳴り響き。
「いや、なんか鈴の音が聞こえた気がしたんスけど……」
 気のせいかなと言いかけて、イルミナは目を見開いた。隣へ視線を流すと、サラリとした青い髪が映る。
 いや、ではなく。内臓されたカメラではなく、生身ならではの馴れない視覚。
 そこに映るのはイルミナ・ガードルーンーーつまるところ、彼女自身だった。
「どういう事っスか?!」
「私が聞きたいくらいだ!」
「イルミナたちーー」
「私達ーー」

「「入れ替わってるーー!?」」

ーーチリーン。

 騒ぐ2人を惑わすように鈴が鳴る。
 見上げるとそこには猫の絵が一枚。ふわふわな白猫が、大きな水たまりに映る黒猫を見つめている一枚。
 

●とりかえっこ命令権
 ローレット近くの商店街は、勝手知ったるイルミナの庭だ。プログラムされた生き方はどうかはさておき、人懐っこい彼女にはファンは多く、今の"彼女"を困らせる。
「イルミナちゃん、可愛い雑貨を入荷したよ!」
「ーーあ゛ァ?」
「ヒィッ!?」
 普段は絶対あり得ないようなドスの効いたイルミナの声に、雑貨屋の店主が腰を抜かした。
「おやまぁ、随分と雰囲気が変わったねぇ」
 文句あるのかよ、と食ってかかりそうになったところでイルミナーーの姿をしたアンゲリカは、歯を噛み締めて踏みとどまる。
「今日の事は忘れろ。いいな?」
 普段なら周囲の目など気にも留めないが、友の立場を危うくするなら話は別だ。しかし普段からの物言いが簡単には直るはずもなく。
(やっぱり凄いんだな、イルミナは。店の人達、孫の顔見るみたいに喜んでた)
 自分もイルミナと会った時は、幸せな顔をしているだろう。お日さまのような元気な笑顔で、不器用な己に歩調を合わせて一緒に歩んでくれる。そういう"柔らかな愛情"とは無縁だと思っていただけに、彼女と過ごせる時間は何もかもが新鮮で、ほんの少しくすぐったい。
(新鮮といえば……こうやってのも初めてかもな)

 突然2人が入れ替わってから数分後、原因は思っていた以上にあっさり発覚した。
「あの絵画は"入れ替わりの呪い"がかかる絵画なのでース」
「何でそんな怪しい絵画を誰でも見られるような所に飾ってるんスかーーッ!!」
「怪しくはありまセーン。入れ替わる体験も作品のうちですカラ!」

……芸術って、難しい。

「日付が変わる頃には元に戻りマース。他の治し方知らないんで、周囲にバレたくなかったら相手になりきって上手く誤魔化してくだサイ。お2人はFriendsなのでショウ? 互いの特徴もバッチリ掴めている筈デース」
 何だか上手く言いくるめられているような。互いに眉をハの字にしながら顔を見合わせる。
「えぇと、『イルミナっス。本当に戻るんスかね、これ。念のために今晩うちに泊まっていかないか?
 ……い、いかないっスか?』」
 早速「っス」を忘れるアンゲリカ。というより恥ずかしがっているようで、うっすら頬が赤らんでいる。
「本人の目の前でやるのって緊張するっスね『私だ。泊まらせて貰えるならそうするが、お泊りセットを買って来ないとな』……じゃなくて、アンゲリカさんの場合は『お泊りセットを買って来い』っスね!」
「"お泊りセットを買って来い"、承知した」
「あぁーっ! 機心縛導がアンゲリカさんに効いちゃったっスー!?」

(やっぱり、モデルのお願いをした時に断れない理由があったんだな……)
 じゃあ、今付き合ってくれているのも断れないからなのか?
ーーアンゲリカさんのお友達のイルミナっス!
「……っ」
 ぎゅ、と手にした買い物袋を強く握る。一度沸き上がった疑念は独りでいると、染みのように心の中へ広がってーー染まりきってしまう前にと、足早に帰路についた。

●描かれた想い
「おかえりなさいっス!」
 灯りがついている家に帰るのは何年ぶりだろう。
 アンゲリカが家に戻ると、イルミナがカンバスの前に立っていた。
「ただいま。アンタが絵を描くなんて珍しいな」
「いや~、面白いくらい絵が描けるんスよ! きっとアンゲリカさんの身体だからっスね!」
 小難しいテクニックを調べる必要もなく、なんとなく感覚で描いていくだけでいい塩梅に仕上がるのだ。
 芸術家としてアンゲリカが積み上げてきたノウハウが、この身体には染みついている。
「やっぱり凄いっスねぇ、アンゲリカさん。ここまで描けるようになるのって並の努力じゃ出来ないっスよ」
「努力とか、そんな格好いいものじゃない。女のくせに背が高くて目つきが悪いもんで、話す前から誰も彼も怖がるから……言いたい事を絵で伝えるようになって、気づいたら身についてたってだけだ」
 伝えるために描いて、描いて、また描いて。アトリエにこもる時間が増えてーー気づけば独りになっていた。
「あっ。だからなんスね!」
「?」
「イルミナもアンゲリカさんに伝えたいって思ったから、サラサラ描けたのかもしれないっス。これーー」
 イーゼルをずらし、完成した絵をアンゲリカに向ける。

 2人が出会った頃、イルミナをモデルにしてアンゲリカが書いた作品。
 青空の下のカンパニュラが咲き誇る花畑のあの絵と対になるように、同じ場所でアンゲリカが笑っている。
「お友達になってくれてありがとう、これからも一緒にいよう、って」

ーー嗚呼。私は馬鹿だ。
 命令されたからじゃない。イルミナは自分の意思でここに居て、私を友達と呼んでくれる。

 こんなの、もう……もっと好きになるしかないじゃないか。

「自分の顔で面と向かって言われると、なんだか不思議な気分だ」
「言われてみれば確かにっス! じゃあ元の身体に戻ったら言い直すっスよ!」
「やめとけ、茹で蛸になるぞ。……私が」

 その日の夜はいっぱい話して、沢山笑って。
「たまにはこうやって、入れ替わるのも面白いものっスねぇ」
「いっそ買っておくか? あの猫の絵画、無理するほどの額じゃなかったから」
 2人の大切な思い出の1ページに、深く深く刻まれてーー。



 そして翌日。
「また入れ替わりたいからあの絵画が欲シイ? さっきSold Outうりきれたばかりデース」
「アリッサム、アンタって人は……!」
「落ち着くっス、アンゲリカさん! グーで殴るのはマズいっスよー!」

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