SS詳細
うやまえなのです
登場人物一覧
7月14日。それはローレット誇る敏腕情報屋――そう自称しているが、その肩書は本来父親のものだ――のユリーカ・ユリカがこの世に生を受けた日である。トラブルメイカーでもある彼女は日々、父エウレカの遺志を継いでギルドローレットを大きくするために奔走していた――のだが。
ランドウェラ=ロード=ロウスはその日、ローレットの中に存在する食堂でのんびりと珈琲を飲んでいた。
何時もの如く、看板娘のユリーカは大騒ぎ、楽し気である。空色の髪よりぴょこりと跳ねたトレードマークを揺らして何かギルドオーナーな冒険者たちと話し込んでいる様子である。
「――なのです!」
ユリーカの声は室内で良く響く。聞きなれているのもあるかもしえないが、楽し気でそして少女らしい声音が印象的だ。談笑を行うその一帯で、苦笑交じりのレオンが「分かった」と辟易したように返事をしている。
「ボクだって、18歳になるのですよ! 7月14日、憶えてろなのです!」
「……えっ」
ランドウェラの唇からぽろっと毀れたその声はしっかりとユリーカにキャッチされていたのだろう。
今、何と言っただろうか。7月14日で18歳……? あの、幼さを残す愛らしい敏腕情報屋が……?
ユリーカがこちらを振り向いた気配がする。ランドウェラは「あー」と頭を抱える仕草をわざとらしく取った後、彼女が小さな犬のように『キャンキャン』と吠える声を聞いた。
「えっ、じゃないのです! ボクは『おねいさん』なのです――!」
――と言うわけで『おねいさん』なユリーカはランドウェラにびしりと指さして言った。
おねいさんなボクを『うやまえ』なのです! と。ランドウェラはその外見を見れば美青年ではあるが『ある人物』をコピーして作成された存在だ。実年齢(稼働年齢)だけ見ればユリーカの方が年上であるのは覆らない現実だ。
「じゃあ、おねいさんを敬うよ。こんぺいとうたべる?」
「はいです」
「他には?」
「アイスもドーナツも食べたいのです。ぱふぇもほしい」
「じゃあ、『おねいさん』に誕生日プレゼントとしてね」
約束だけして逃がしてくれるほどにユリーカは優しくはない。柔らかに笑みを浮かべたランドウェラにユリーカはこくこくと頷いて瞳をきらりと輝かせた。
それほど期待するのならば『誕生日プレゼント』として準備してやるのも吝かではない。
さて、ルンルン気分のユリーカと共に幻想の城下町を歩むユリーカとランドウェラ。
行く先は幻想王国で刊行されるガイドブックに掲載されるカフェだそうだ。先ずは、そこでお勧めスイーツであるパフェを食べて敬われたいそうだ。
パフェの専門店だというそのカフェのメニューは様々なパフェと、ドリンク類のみしか存在していない。
「ランドウェラさんは何を食べるです?」
「ドリンクを貰おうかな」
「成程なのです。今日はまだまだ時間はあるですから、食べたいものを食べるです!
それじゃあ、ボクは――……んー……チョコパフェか、イチゴか……悩むのです」
むむ、と唇を尖らせて悩まし気にする様子は『年下の可愛い女の子』に見えてくる。だが、ユリーカは『おねいさん』だ。揶揄うように「おねいさんって珈琲とか飲むんじゃない?」とランドウェラが告げればユリーカはがばりと頭を上げた。
「珈琲も飲むのです!」
――結果的には、飲めなかった訳なのだが……。
ミルクとお砂糖二つでちびちびと珈琲を飲みながらチョコパフェとイチゴパフェを食べ続けるユリーカにランドウェラは小さく笑みを零す。
クリームを頬に付けて満面の笑みの『おねいさん』というのも中々無理がある……が、それは言わない約束だ。
パフェを食べ終わった後、次はどうしようかとユリーカに問いかければ彼女は最近、人気のアイスクリームの専門店に行きたいとそう言った。
「色々食べたいのですけれど、ランドウェラさんも注文はしてくれるですか?」
「構わないよ?」
「それじゃあ、ボクはアーモンドナッツと――」
指先を動かして4種類。2個のアイスクリームを注文し、ユリーカは「分け合いましょう!」と嬉しそうに胸を張る。……正直な事を言えば、あまり分け合ってはいないのだが。ぺろっとアイスクリームを食べるユリーカにランドウェラは「どうぞ」とほぼ口を付けていない自身のアイスクリームを与えていた。
美味しい美味しいと勢いよくアイスクリームを食べるユリーカを眺めていたランドウェラは彼女のアイス咀嚼スピードが遅くなっていることに気付く。
「どうかした?」
「……ぽんぽんが、つべたいのです……」
「ああ……まあ……」
お腹出してるもんね、とはランドウェラは言わなかった。白い顔をしてお腹を押さえた『おねいさん』。彼女が欲しいのはアイスやドーナッツ、パフェよりも腹巻ではないのかと年頃の乙女に言えない事を思いながらランドウェラは一先ずベンチに彼女を誘った。
「お腹冷えちゃった?」
「はいなのです。ドーナッツもまだ……うぐぐぐ……」
それでもまだ食べるつもりなのか、この敏腕情報屋。ランドウェラはそんな彼女が落ち着く様子を――敬いながら――見つめていた。
「落ち着いたら、とりあえず、ドーナツとそれから?」
「ポップコーン屋さんも行きたいのです」
「仰せの儘に。こんぺいとうたべる?」
「食べます!」
存分に食べて太って、デブーカになるといいぞ、なんて――そんなことを思いながらランドウェラはにこやかに彼女を見つめる。
往く場所はもうチェック済みなのだろう。腹の調子が落ち着くようにと暖かなカフェオレを飲みながらそわそわとしているユリーカは「ランドウェラさん! 買いに行きましょう!」とすくっと立ち上がった。向かうはドーナツ屋だ。
甘いチョコレートにカラフルなトッピング。可愛らしい天使の羽を思わせるチョコレートを添えたドーナツなど、様々な種類が並ぶそれらをキラキラと輝く瞳で見つめたユリーカはくるっとランドウェラを振り返った。
「帰ってから一緒に食べませんか?」
「いいよ?」
「やったー! じゃあ、これと、これと、これと、これ……」
勢いよくドーナツを指定して購入するユリーカ。その様子を見ているだけでは年上には見えない……。
購入が終わった後はポップコーン屋へと向かうというユリーカは楽し気にランドウェラを振り返った。
「ドーナツはローレットに戻ったらみんなと珈琲を飲んで食べましょう!」
「珈琲を飲めないんじゃ?」
「お、大人なので大丈夫なのです」
ぷうと頬を膨らませるユリーカ。それならばポップコーンも必要ないのではと思うが――
「レオン達に買って帰るのですよ」
「レオンに?」
「……あんなのでも、ボクにとっては父代わりで兄代わりなのです。
どうせ、ボクのお誕生日プレゼントを選んで困っているのですよ。ボクがポップコーンを分ければビックリするはずなのです!」
悪戯っ子の様に笑った彼女に、ランドウェラは彼女が天真爛漫なのも育ての親の影響なんだろうか――なんて、ぼんやりと考えた。