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零と武器商人の話~そこへ力を~

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
武器商人(p3p001107)
闇之雲

「じゃ、下着以外全部脱いでもらえるかな」
「えっ」
「全裸のほうがいいんだけどね、本当は」
「裸はちょっと……」
「だから下着は許してあげよう。ほら脱いだ脱いだ」
 零は面食らった。いやまあ、今から魔術回路を組み込んでもらうのだ。パンイチがなんだっていうんだ。でもちょっと気合い入れたのを履いてくればよかったかな、なんて思考が飛びそうになる。
「脱いだ服はその籠へ入れて。アクセサリも全部外して。それじゃァ、我(アタシ)はお先に奥の部屋へ行ってるよ。準備ができたら入っておいで」
 武器商人はさっさと話を進める。そして姿を消してしまった。
(ここまで来たら腹をくくらないといけないよな……)
 正直なところを言うとひどく緊張している。痛いかもしれない。拒絶反応が出る可能性もある。
(だが、それこそ俺だけの為じゃないんだ。未来の為にも是が非でも耐えよう)
 零は意を決して服を脱いだがチトリーノのブレスレッドが気になった。これはもう零の身に馴染んでしまっているから、外してしまうと物寂しい。
(アクセサリも全部外して)
 武器商人の声が脳内で木霊する。
(俺は、生まれ変わるんだ。必ず。それまで、ちょっとだけ、さよならだ)
 胸を去来する面影、零はチトリーノを外し、脱衣籠の一番上に置いた。
 肌寒い。外はもう真夏日が当たり前だというのに冬の匂いがする。零は奥の部屋へ入った。がらんとした部屋の真ん中には、ベッドのようなものがある。マッサージ屋にあるような施術台だ。武器商人が腕まくりをして立っている。細い腕の白い肌が妙にまぶしかった。
「では、うつぶせになってごらん」
 零は施術台へ横になった。武器商人は按摩のように零の全身を揉んでいく。本当にマッサージ屋へ来たみたいだ。
「こんなので魔術回路が作れるのか?」
「今は様子見だよ。キミの全身を走る気の流れをほぐしているのさ」
 ヒヒ、どこか含みのある笑い声が聞こえる。
「……そういえば魔術回路ってどんな感じのデザインになるんだろ……。というか入れ墨とかそーゆう感じに常時見える感じになるのかそれとも魔術使う時だけ見える類なのか……俺知らねぇなその辺」
「人によるね。ひとまず背中へ埋め込むけれど、今回は我(アタシ)にしちゃ浅い施術さ。その分肉体への負荷は低いはずだよ」
「そうなんだ」
「こことかどうだい?」
「ん、あー、そこそこ。痛気持ちいい。なんだけっこう凝ってるな、俺」
「使ってなかったものを動かすんだからね。錆びついてるに決まってるさ。さてご注文は、守備と攻撃の二本立てでよかったかな?」
「……魔術回路の種類の中に……寿命を増やす奴とか、ある? ハーモニアぐらいの……い、いや難しいとか無いならそれで良いんだけどな?」
「できるとも。ただオススメしないなァ。番の子といつまでも居たいのかい?」
「そ、そんなこと、あるけど。ちょっとなんだ、あれだ、ワケあるんだ」
「ほぉ?」
 武器商人が体を起こすよう零へ言う。施術台へ腰かけた零は両手をしげしげと見つめた。
「……体が軽い、気分いいし、今なら空も飛べそうな気がする」
「眠っていた魔力を起こしたからね。血の巡りが良くなっていると言えばわかりやすいかな?」
 武器商人は優しげな笑みを見せた。その笑みにほだされたか、体が好調になり気が大きくなったか、部屋から冬の匂いが消えているような気が、零にはしてしまった。
「えっと……うん」
 彼女の剣になりたい。そう。まずはそこから始まった。だけどもしもできるならと夢は大きく膨らんでいき……。
「戦闘用と、長命、がほしい」
「長命ねぇ……。我(アタシ)も小鳥かわいさのあまり連れていくと決めた手前、あまり大きくは出れないけれど、やっぱりオススメはしかねるね」
「俺は故郷とこの混沌を橋渡ししたい。そのためには今の寿命じゃとても足りない」
 なるほどねと武器商人はうなずいた。
「それには千年か万年か、気の狂うような年月が必要だろう。善意に満ちたキミがどうなるか我(アタシ)も興味が出てきたよ。承知した」
 零はほっとして大きく息を吐いた。
「覚悟は決めた。何も怖いものはない」
「ヒヒヒ、いい返事だ。もう一度うつぶせになって、手足を広げて力を抜いて」
「OK」
 ガシャン。
 何が起きるのかと内心ワクワクしていた零を襲ったのは重い音、金属の感触。ぎょっとして顔を向ければ、武器商人が鎖付きの枷で零を束縛していた。
「なにするんだよ!」
 反射的に体を起こそうとして、既に四肢が囚われていることに気づく。動けない。
「今みたいに暴れられると困るからね」
 どこ吹く風とばかりに武器商人は鎖の長さを調整して、零の頭を枕へ押し付けた。その背中と首の境目に中指を触れ、尾てい骨まで一気に引き下ろす。ぞり。肉が裂ける音。痛みはない、不自然なくらいに、麻酔でも打たれたかのようだ。武器商人が触れたところが痺れて、でも感覚はある。メスが通り過ぎたような。
「待って、商人。俺いま何をされ……」
「暴れるなと言ったろう?」
 何かが零の背中の内側へ潜り込んでくる。それが武器商人の両手だと気づいた瞬間、零はひきつった。寒い。寒い寒い寒い。冷たい。凍りついた指先が入ってくる。筋を割り、薄い脂肪層をどけ、粘膜を裂いて、押し広げられる感覚。うつぶせになっているから、何をされているかは正確にはわからない。そのはずなのに、あらわになったはらわたが湯気を立てるところまで零にはくっきりと想像がついた。もしこれが仰向けだったなら、自分は絶叫していたかもしれない。
「きれいだねぇ。若くて何も知らない体だ。五臓六腑すべて健康体、色つやもいい。ここへ好きに書きこんでいいのだと思うと胸が躍るよ」
「な、なんでもいいから早くしてくれ! 寒い!」
 ずぶり。
「ぎっ!」
 強烈な違和感、悪寒。零の腰のあたりで、武器商人の手がはらわたと背骨の境い目へ差しこまれた。そのままゆっくりと骨を握り締めながら昇ってくる。背骨が、はがされていく。冷や汗を垂らしながら、零は耐えた。鎖を握り締め、食いしばった歯の間から細く息をする。
「痛いわけじゃないだろう?」
 からかうような声、熱のない囁き。
「痛く、ない、けど、気持ち悪、い!」
「さっきまでの威勢はどこへ行ったんだい? 長命が欲しいんだろう? 夢を叶えるんだろう?」
「わかって、る、けど!」
 寒い。寒くてたまらない。命に炎があるとして、冷や水をかけられたらこんな感じだろうか。水を受けたその部分はじゅうと悲鳴を上げるのに、炎だけは煌々と燃え盛ったまま。武器商人の手が首下までたどり着く。七つ目の頸椎、そこにあるひとまわり大きなパズルのピースをつまみあげられ、零は短く悲鳴を上げた。
「ふむ、ここの骨は、なかなかいいじゃないか……」
「ぐがっ」
 何かが取り外される、ありえない感触。粘液にまみれたそれは真珠のような輝きで、電気コードみたいな神経をたっぷり咥えているのだろう。
「うん、ここを起点にしよう」
 武器商人が骨をひっかいている。何かを書きこんでいるのか。感じるしかない、でも面と向きあうのは恐ろしい。既に冷や汗は脂汗に変わり零は肩で息をしていた。終われ、早く終われ、いや、耐えなきゃ。さっき決めたばかりだろう。気張れよ俺! かりりと、頚椎が埋め込まれる。終わったのだろうか、零は儚い期待を抱き、それは次の瞬間踏みにじられた。
「回路を広げていくよ。心肺へ触れるから息苦しくなるけれど、我慢するように」
 武器商人が手を下げていくたびに、肋骨が抜き取られていく。おぞましい感触が全身を駆け抜け、零は鎖を鳴らした。
「何度も言わせないでほしいね。暴れない。キミの体を玩具を修理するみたいにばらして、回路を書きこんで再構成していくんだ。これでも優しくしてるんだよぅ?」
 あくまで事務的な声音に悪気はない。そんなものがあったならそもそもこの注文を受けたりしなかっただろうと、零はぼんやりしてきた頭で考えた。守るものがなくなった肺へ武器商人は両手を差し入れ、やわやわと揉みしだく。呼吸ができない。世界から空気がなくなったみたいだ。零は耐えた。ひたすら耐えた。これが心臓なら、どうなってしまうんだろう。そう恐怖しながら。
「小さく分けてしまえば、生物と無機物の区別はなくなるんだよ。我(アタシ)が本気で魔力回路を構築するならキミの体を細胞レベルでばらして組み立てなおすのだけれど、キミがまったく別人になって、彼女はきっと泣いてしまうだろうね。最善を尽くして恨み言を言われるのは勘弁だから、そこまではやらないよ」
 世間話でもするように言われるが零はもう息も絶え絶えだった。かすかにをうめきを漏らすばかりで、武器商人の話は聞こえていない。酸欠と不快感でおかしくなりそうだ。頭が動かない。ただ息をするだけで精いっぱいだ。
「粘るね」
 武器商人の手が、零の心臓を鷲掴んだ。どくりと臓腑から冷えきった血が吐き出される。それは全身を駆け巡り、零の意識を刈り取った。
 がくりとうなだれると、それはもう死体にしか見えなかった。武器商人はやれやれと施術台へ腰を下ろす。
「やっと落ちたか。意外ともったね。見上げた根性だったよ。これで全身の魔力を絞り出せた。起点も決まったし、あとは注文通りにいじくりまわすだけだ」
 そういえばと武器商人は考える。対価は何にしよう。
 有名人の書かれた金のメダルにも、紙の束にもさほど興味が無いし、仮にそうしたとしてこのコに払い切れる額にはならない。美しい声とか、誰にも負けない才能とか、秀でているものを持っているわけでもないし……思い出? 感情? それとも、無難に所有権だろうか? けど所有権ならもうとっくに……。さてさて?
「まァ、暫くはこのコをおもちゃにしながら、ゆっくり決めようかなァ。ヒヒヒヒヒ……」
 こんこんと眠る零の奥へ、武器商人はぐちゃりと手を入れた。

  • 零と武器商人の話~そこへ力を~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月15日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・武器商人(p3p001107

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