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- リゲル=アークライトの関係者
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天義動乱の余波も収まり、少しずつながらも復興の兆しも見えてきた。だからこそと。
自らの故郷を見せたいと、リゲル=アークライト(p3p000442)は神宮司 巽を誘った。
道中話すは天義の崩壊、そして父親のこと、尊敬する白獅子のこと。
親友である巽に聞いてほしかったことをリゲルは遠い目で話す。巽はそれを黙って聞く。
「そして、今は復興も進んできて、もとの――正義としての天義に戻ってきている。もちろんまだ完全とはいえないけどね」
「そうか」
そう締めたリゲルに巽は少しだけ嬉しそうに短く答えた。
「君のいた世界はどんなものだったんだい?」
次にリゲルは巽を知りたいと、異世界の話を求めた。リゲルはこの混沌世界の純種である。他所の世界からくる様々な姿の旅人たちの世界の話というものは興味深いものなのだ。
「自分のいた世界は今世界大戦の真っ只中にある。自分は軍人だ。まだ見習いではあるけどな」
「世界、大戦……」
聞き覚えのない世界大戦という言葉。だけれどもそれが大禍であることくらいはリゲルにも想像はできる。事実巽の世界においても初めての世界を巻き込んだ大戦争だ。
「ああ、自分たちの世界では飛行機というものやダイナマイトなんていうものが開発されていて――」
「ひ、こうき?」
「ああ、こっちの世界ではそうか不在証明があったんだったな。練達あたりでは研究だけはされているらしいが――有り体に言えばそらとぶ鉄の塊だ」
「ははっ、巽でも冗談をいうんだ。鉄が浮かぶわけないだろう? あんなに重いんだし」
荒唐無稽な話にリゲルが笑う。鉄の塊が空を飛ぶ。ありえないことだがそういった世界も存在しているのだろうとは思うが想像もできない。まだそらとぶドラゴンの方が現実感がある。
「エンジンの推進力や翼による揚力と――っととにかく自分の世界ではそういった「科学」という技術が開発されていてな。とても便利なものではあるのだが、便利であるがゆえにそれは当たり前のように戦争の道具になっていったんだ。ドイツ軍のゴータGなんてその見本といっていいだろう……いや閑話休題。
とにかく、自分の祖国――大日本帝国という国は鎖国から解き放たれ世界に進出する事になった。封建的な時代から民本主義へ。日露戦争に勝利し、祖国の視点は大陸への植民地への進出にうつることになる。とき同じくしてヨーロッパや大陸すべての国々もまた自国のために植民地を増やすべく動き始め、小さな出来事を発端に世界を巻き込んだ戦争なったんだ。
それが世界大戦と呼ばれる戦争だ。
急成長した我が大日本帝国はは今時大戦での勝利でもって世界の五大国になることだろう。自分はその礎になるはずだった」
「――けれどこの混沌に、か。それは早く元の世界にかえりたいね」
「ああ」
リゲルには世界大戦も、科学も、飛行機もなにもわからない。けれど一つだけわかることがある。それは巽が今すぐにでも国のためにもとの世界に帰りたいと願っていること。
祖国の窮地に立ち会った自分にはよくわかる。
「あっ! 貴方はリゲル・アークライト卿ではありませんか?!」
天義の門をくぐった瞬間に騎士団の兵士がリゲルを呼び止めた。なんでも凶悪な魔物が生息する森で貴族の子が行方不明になり、目下捜索中との知らせだった。
「わかりました。その捜索私が手伝いましょう。――指揮も私が行います。構いませんね」
リゲルはイレギュラーズから、天義を守る騎士としての顔に瞬時に切り替える。
「お隣の御仁は? 見る限り異国の戦士とお見受けしますが……? よろしければ貴方も――」
同行する巽を見た兵士はその立ち振舞から戦士だと見抜き、助力を求めようと声をかけた。
「ああ、巽は――」
リゲルもまた手伝いを巽に要請しようとして、思いとどまる。彼は一刻も早くもとの世界に帰りたいのだ。こんな些末なことをさせて怪我をさせるわけにはいかない。
「いや、彼は私の客人です。ご容赦願いたい」
リゲルは兵士の要請を丁重に辞する。
「わかりました。では騎士団からは何人必要ですか? 希望の人数を手配いたします」
「おい、リゲルっ……!」
「巽はゆっくりしてくれ。俺の家の使いのものを呼んでおくから先に俺の家で待っていてくれ。すまないね。 それで、規模は――」
リゲルはまるで別人のように騎士団に指示を飛ばして、あっというまに捜索隊を編成すると其の場を後にした。
一体、なんなんだ――。最初こそは呆然としたものの、これでは体の良い厄介払いではないかと気づいた巽は立ち上がった。
巽とて戦士、軍人であり兵士なのだ。たとえ他国のものだとしても未来のある子どもを助けるのであれば喜んで向かう。なのにこの扱い――。
「神宮寺卿ですね、私はアークライトのものですが、当主の命により、お迎えにあがりました」
ややあってリゲルの家の使いが巽に声をかけてきた。
「あ、いや、自分は――、失礼」
巽はその家令に対して一礼すると踵をかえして走っていく。もちろんあの無駄に気遣いをしたバカを追いかけるためだ。
自分だってリゲルの役にたってみせる。
魔物の森は巽が思ったよりも広かった。
どのあたりで子供が行方不明になったなど情報もなく飛び込めるようなものではない。頭に血が上っていたとはいえ、無計画にもすぎると巽は自らを恥じる。
巽は軍刀で木々を払いながら進む。
目的がないままの探索はままならないものだというのに幸いか或いは不幸なのか――。
「っ……!」
劈くような奇声が巽の耳に届いた。この世界の動物は日本のものと同じではないとはいえ、あの鳴き声が獲物を見つけた動物のものであると気づく。
巽は鳴き声の方向に向かって駆ける。その先に件の子供がいるはずだ!
「あぶないっ!」
間一髪、魔物に襲われ声も出せずに腰を抜かしている子供を発見した巽は振り上げた魔物の腕から守るべく突っ込んでいく。
ガッ!!
子供を抱き寄せ転がりながら魔物の一撃を避け、大木にあたり止まる。腕の中の子供に怪我はない。
「おにいちゃん?」
「怖かったな、大丈夫だ。自分がきた。逃げるぞ」
「うん!」
巽は子供を抱き上げると、魔物からいったん退却する。
「おにいちゃん血が……痛くないの?」
ある程度魔物から離れたところで青い顔の子供が巽の腹部から多量の血液が流れていることを指摘する。避けたつもりだったが、かすったようだ。
助けるのに必死で痛みに気づいてすらいなかった。
「大事無い」
巽は袖を破くと、軍学校で習った通りに傷口を縛り止血する。内臓にまでは達してはいない傷だ。大丈夫だ。
ガサリ、と木々が揺れ生臭い呼気が巽の鼻腔を刺激する。
血の匂いを追ってきた魔物が彼らに追いついたのだろう。巽は瞬時に構えをとる。
「君は隠れろ!」
巽は子供を木の洞に隠し、自分は魔物と対峙する。
キィン、キィンと武器である刀と魔物の爪が何合も交わされる。
少し前であれば数合のうちに引き裂かれていたかもしれないが、まだ余裕はある。きっとリゲルとの試合の経験が今の成長につながっていたのだろう。
余裕は見えたとはいえ、背には子供。自分は絶対に倒れるわけにはいかない。
「こんなところで出すのは業腹だがっ――!」
本当ならリゲルに対して驚かせるつもりで磨いた必殺の剣を魔物に向かって放つ。
必殺の剣戟は鋭く魔物の腹に命中し、魔物はその勢いに吹き飛ばされ鮮血を撒き散らしながら転がった。
「ふう……」
魔物は吹き飛ばされたまま動かない。巽は油断なく距離をとり、木の洞に避難させた子供に向かう。
「大丈夫だ。君、怪我は――」
と、横合いから衝撃。
今度は巽が吹き飛ばされる。
「おにいちゃんっ!」
油断はしていなかった。止めはさしたはずだ。
「もう一匹、いたのか――」
背中を強かに大木に打ち付け咳き込む。そんな巽にむけてもう一匹現れた魔物は嗜虐的な舌なめずりをしながら爪を振り上げ巽に近づいてくる。
くそ――ッ!
毒突くが体勢を立て直すよりも前にあの鋭い爪は自分に届くだろう。
こんなところで! 祖国の勝利すら見ることもなく――。
ガッッ!!!
堅いもの同士が打ち合う音に続いて、何かを切り裂く音。そして魔物の断末魔の悲鳴。
「なんで、君がこんなところにいるんだっ!」
魔物が左右に別れて倒れていく。
その隙間から現れたのは蒼銀の騎士。輝ける一等星、リゲル・アークライト。
「りげ…る」
「君は国に帰らなきゃいけないんだろう!! こんな些末なことで死んだらどうするんだ」
叱責するような声に巽は言い返す。
「子供を、未来の宝を守ることが些末なはずがない」
巽は気づいていた。リゲルは自分の生い立ちを気にして戦場から自分を遠ざけたのだ。なめるな、自分は兵士だ。戦うために生きている。リゲルの無用な気遣いが腹立たしかった。体中が痛くて声をだすのも億劫だ。だが言い返さずにはいれなかったのだ。
「いや、そういう意味じゃない! ああ、もうっ!」
咳き込みながら腹部からも先程の傷口が開いたのだろう、血をにじませながら睨む親友の朴念仁さにリゲルは舌打ちする。
「子供は――、ああ君だね。うん、魔物はやっつけた。彼は大丈夫だよ」
泣きそうな顔で巽の安否を気遣う貴族の子供を安心させるように優しい声でリゲルはいうと、巽を肩に担ぐ。
「おにいちゃんが守ってくれたから」
「ああ、そうだね。巽のお陰で怪我はないようだね」
「うん、すごかったんだ! リゲル様。このお兄ちゃんね――」
「ああ、話はあとできくよ」
そんな子供とリゲルの声を聞きながら巽の意識がゆっくりとゆっくりと薄れていく。
まだ言いたいことはあるが、もう、口が動かない。
「まったく、君はっ!!」
巽が目覚めればそこは大きなま白いベッド。しらない天井。
肌に感じるシーツの滑らかさを感じる限り相当な高級品であることはわかる。
ぼんやりとする視界には頬を膨らませたリゲル。
起きたばかりだというのにのっけからの文句とは煩いにも程がある。
「子供は――ッッ……!」
ふとあの子供を思いだし、起き上がろうとして巽は腹部の痛みに悶絶する。
「無事だよ。君にお礼をいっていたよ。あとで彼の家にいってあげるといい。とても心配していたからね」
「ここは?」
「俺の家。というか聞く順番がめちゃくちゃだ。まずは子供の安否というのは君らしいけどね」
「お前だったとしても同じだろう」
「ああ、其のとおりだ」
ベッドの傍ら、呆れた顔でリゲルが巽にまずはと水を差し出してくる。
巽は受け取った水を一気に飲み干し、噎せ返る。
「おいおい、君は2日ほど目を覚まさなかったんだぞ! 無理をするな!」
まくしたてるリゲルを巽は手で制する。リゲルは呆れた顔になって黙った。
ややあって、巽が落ち着いた頃にリゲルが状況を説明する。
最初に食らった一撃は思いの外深く毒もあったらしい。2日ほど寝込んでいたらしい。鍛え方がたりなかったと巽はこころの中で反省する。
子供は無事保護。倒れた巽はアークライト家で手当をされていたのだ。
「それは――すまなかった。迷惑をかけてしまった」
殊勝な顔で巽が詫びる。
「ほんとにね。無茶をしすぎだ。
君はあくまでもダイニッポンテイコクの民だ。こちらの世界に干渉しすぎることは必要ないんだぞ」
「お前が逆の立場だったら同じことをしていたはずだ」
リゲルと巽、二人が共通してもつ素質のひとつが目の前の命が失われるのを放っておくことができないというものだ。
「まあそうだけどね」
「ところで、この包帯、大げさだろう」
必要以上に巻かれてまるでゆきだるまのようになっている巽が呆れたように言う。
「ふふ、リゲルお坊ちゃま……が心配して包帯をぐるぐるに巻いたのですよ。大げさだっていったのに、これではたりない、たりないって仰って」
リゲルの家のメイドがおかしそうにクスクスわらいながら口出しする。
「お坊ちゃま? リゲル、お前はそんな風によばれて――ッっ!」
お坊ちゃまなんて呼ばれ方がおかしくて笑えば腹に響いて巽の躰に激痛が走る。
「ナタリア、人前でそう呼ぶなっていってるだろう! 巽も! 笑うからそんなふうになるんだ」
「おっと失礼しました旦那様。わたくしはお薬をもってまいりますね。神宮寺様もお大事にしてくださいね。体力をつけるために粥もご用意いたしますね」
くすくす笑いながらメイドが退室し部屋は二人だけになる。
「その、ありがとう。リゲル」
巽が赤い顔で唇を尖らせるリゲルに礼を言う。
「いや、当然のことだよ。こちらこそ、助けてくれてありがとう」
「それこそ当然のことだ」
「そうだよな」
「ああ」
しばしの沈黙。
「巽」
リゲルが口を開く。
「君は、この世界の些事なんて関係ないのに助けてくれた。
だから――」
巽は黙って続きを促す。
「もし、もし俺が巽の世界。ダイニッポンテイコクに行くことができるのなら、戦争終結の助力をするからな」
それはあり得るはずのないIF。
この世界に巽が飛ばされたこと自体が、リゲルと出会えたこと自体がキセキなのだ。
その逆はきっとありえないだろう。
混沌は数ある多重世界の頂点にある世界だ。縦しんば下層の世界であろう巽の祖国の世界にリゲルがいくことがあれば、リゲルの存在自体が下層世界の毒となる。
不可逆の混沌。それは世界の約束。
リゲルも巽もそれがかなうなどとは思っては居ない。それでも――。
その
ああ、と巽は短く答えた。
それがかなうことがない約束でもかまわない。
親友の心遣いが嬉しかったのだ。それだけで、青年――神宮寺巽は救われたのだから。
- 約束完了
- GM名鉄瓶ぬめぬめ
- 種別SS
- 納品日2020年06月08日
- ・リゲル=アークライト(p3p000442)
・リゲル=アークライトの関係者