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シニフィアンの幻森詩

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト

●Wheel of the Year
 ねぇ、エルマー。
 鹿は不思議な話を聞いたのよ。
 とってもとっても、おかしな話。
 お葬式を連れてくる、魔女と死蝶のお話。
 不幸な一つの黒棺桶と
 不吉な十二の白花束と
 不安な二十四の銀悪霊の行列が
 みんなを連れて、逝ってしまうのですって。
 旅のお人がワタシに言うの。魔女は怖いものだって。

 ああ、そうだとも。
 よく覚えておいで、かわいこさん。
 魔女はとっても怖いんだ。
 精霊、妖精に魔女。
 みんなが優しいわけじゃない。
 誰かさんの大好きな魔女だって、
 別の誰かさんから見たら悪霊のように邪悪で恐ろしい魔女なのかもしれないよ?
 ある一面だけがその人の全てではないのだからね。

 そうね。
 森もお空もいつもは優しいけれど、時々とっても怖いもの。
 でもね。鹿はぞわぞわも、ぶるぶるも、びっくりするけど嫌いじゃないの。
 だからね、エルマー。
 鹿はきっと怖い魔女も好きよ。

 おやおや、勇敢な子。悪い魔女に食べられてしまっても知らないよ?
 さぁ、今夜のお話はここまで。
 おやすみなさいの時間が来たよ。
 こっちへおいで、優しい子。

 月が満ち欠けするように。
 空が色が変えるように。
 季節に生死があるように。
 夜がきみを迎えに来たよ。
 幸せな淡いあわいに微睡んでおいで。

 鹿はすやすや夢の中。魔女は夜中に目を覚ます。


●Once upon a Time
 物事は多面的である。
 別の側面から見れば善は悪で、舞台と客席がいつも同じ場所にあるとは限らない。
 この噺の始まりは白銀のブルーブラッド、ポシェティケト・フルートゥフルの過去まで遡る。

「見つからない?」
 灯り一つも無い部屋で月光蝶の群れが振り子のように揺れ迷う。
「まったくおかしな話だねえ。あの子は何も知らない深雪の宝石。森の中、一人で生きていられたはずが無いのに、これだけ探しても両親どころか面倒をみていた誰かの形跡すら無いなんて!」

 《月光蝶々の魔女》エルマー・ギュラハネイヴルが美しい白鹿を密猟者から救ったのは一週間も前のこと。
 すぐに彼女の群れや親を探したが、手掛かり一つも見つけられないでいる。
「可愛いあの子を手元に置きたい気持ちはあるけれど、あんなに無垢な子を親から引き離すほど道理から外れちゃいないよ。僕はちゃんと探してる」
 鹿の子に保護者について聞いてみたものの謎は深まるばかり。
 住んでいた森については覚えているが家族や親類の話を尋ねると首を傾げるのだ。
「こんなことなら、密猟者の脳を少し残しておけばよかったかな」
 物騒なエルマーの言葉を嗜めるように、月の光は窓辺にきざはしをかけてやった。
「分かっているよ、親しいきみ。あの胡散臭い集落を訪れろと言いたいのだろう。祭日リサが近くて気が進まないけれど、きみが言うなら仕方がない」

 胡散臭い集落とエルマーが呼ぶ村は森の中に存在していた。
 森を信仰し、森の恵みで生きる、森の民。
 祝いの日に森の民が着る服は不気味なほど白く、穢れ無きその色は彷徨い歩く亡霊の一群にも見えた。
 祭りの日だというのに村はやけに静まり返っていた。
 仄かな月を宿した薔薇の蕾杖と蝶の群れを、絶望に濡れた顔が出迎える。

「これは森の魔女さま」
 村の長が進み出ると、少女の形をとる精霊に敬意を示した。
「どうしたんだい。今日は祭りなのに、みんな酷く浮かない顔じゃないか」
 森の民は一斉に啜り泣きをはじめた。
「私どもの大切な子が消えてしまったのです」
「どうして祭りを楽しめましょう」
「へぇ?」
 エルマーは眉を上げ、何でもない風を装った。
「消えたと言うのはどんな子だい?」
「有角神のように美しい純白の毛並み」
「新雪のように穢れを知らない処女おとめ
「搾りたての乳のように無垢で美しい魂の持ち主」
 いつでも幸せそうな森の民がこれほど落ち込んだ姿を見せたのは初めてのことである。
 並べられた特徴はどうしようもなく一つの解を示しており魔女は躊躇わず形にした。
「それはこんな子かしら?」
 蕾の杖を一振りすれば、虚空に白鹿の幻影が映し出される。
「ああ、神様!」
「密猟者に狙われていたところを助けたんだ」

 喜びの涙を流す森の民を、エルマーは何とも言えない表情で見守った。
 家族が見つかった。相手もあの子の心配をしていた。
 なんだ、良かったじゃないか。少し大げさ過ぎるけど。
 安堵する一方で、胸にちくりと寂寥感と不信感が刺さる。
 感動の再会。ハッピーエンド。
 これにて魔女の子守りはお役御免――
 
「みんな! 生贄が見つかったぞ!」

 ――になる筈であった。

 磔刑台に絞首台。
 のこぎりとさんざしの花。

『帰って来る、還って来る』
『なるべく世俗から遠ざけて』
『なるべく無垢で清いまま』
『森にお還しするために育てた子が』

 血の染みこんだ木板が数枚。
 太縄となめし革。
 笑顔、狂喜、笑顔、呪い。
 囁き声は波紋のように喜色をのせ、不快な虫の羽音のように魔女の鼓膜を震わせる。

「ありがとう、魔女さま。これであの子を森にお還しできます」

 森の民は森の為に何でもする。
 その為に異様な努力を重ね、異常なほどの執着を見せる。

 白い鹿は森の神さまへの大事な大事なプレゼント。
 箱庭に閉じ込めて、内臓のリボンでラッピング。
 純真無垢な魂を白い包装皮で包んで鮮やかな中身をご開帳。
 太陽が三度顔をみせるまでが祭りの日。
 念入りに丁重に慎重に、命を絞り尽くすまで安楽の眠りは訪れない。
 森の神さま、いつも恵みをありがとう!
 わたしたちのご用意した最高の生贄を、どうぞ受け取ってくださいな。

 エルマーは白銀の鹿が無垢であった理由を理解した。
 年の頃の割に、ほとんど言葉を知らなかった理由も。
 森に住んでいる割に、悪意に疎かった理由も。

「それじゃあお前たちはあの子に何も与えず奪うだけの存在ということか」

 なにも持たせてもらえずにその時を待つばかりだった生贄の獣は、何の因果か魔女の元へとやってきた。
 綺麗な屠殺場で大切に育てられた生命は何も知らない。
 ならば、
  ならば?

「とてもじゃないけど、可愛いあの子は渡せないな」

 魔女は行動する。魔を抱いた女の名を今こそ正しく表明する。
 大輪の薔薇が綻ぶように緋瞳が開いた。

「なにが、かみさまのこどもだ」

 空を覆うは月光蝶。宙を覆うは数多の悲鳴。
 深きへようこそ、森の民。
 豊かな恵みをありがとう。
 大好きな森になれるなんて、最高に幸せだろう?

「残念ながら。可愛い魔女が必ずしも善良とは限らないのさ」

 ハッピーエンドはメリーバッドへ。
 魔女のお噺はとても気まぐれ。ふわり、綿毛と首が飛ぶ。



「ポシェティケト、自分の親戚のことは覚えているかい」
「ぼんやりしてるわねえ」
 スープの音。湯気の色。朝ごはんの音楽に鹿は鼻をひくひく。

 ――きみ、僕の弟子にならないかい。
 ――でしって、なあに。おめざめのごはん?
 ――よし、まずは朝ごはんにしよう!
 
「エルマーのことは思い出せるのに、不思議よね」
「不思議だねぇ」

 魔女は自由だ。
 悔いることもなければ、誰かの許しも必要としない。
 森の民への仕打ちを知れば白鹿はどう思うだろうか。
 けろりと受けとめてしまうかもしれない。
 可愛い者には愉快な物を与えたがるのが月光蝶々の魔女。
 気まぐれ茨冠は戸棚の奥へ。
 十時の葬列は土の下へ。
 朝ごはんはお腹の中へ。

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