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≪下巻≫星の姫の物語
登場人物一覧
●物語の扉を開けて
『物語No.0973《星の姫》』コルク・テイルス・メモリクス(p3p004324)。≪The story world≫より召喚された物語たる彼女が小さく微笑んだ。
「これよりご覧頂きますのは、辛く悲しい悲哀の御伽噺。
どうか最後まで、その瞳に、記憶に残して下さい――私(わたくし)達を忘れないように」
コルクが差し出した手のひらが、そっと重なる。コルクの身体が薄く光り始め、重ねた手のひらを通して無数の情報が流れ込んでくる。
「ギフト発動、《星の姫の物語》」
コルクが瞳を閉じるのと同時、世界のシーンが切り替わった。
●星の姫
エト・W・ボヌール。
彼女を一目見たとき、僕はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
夜色の髪に星の光のような瞳。
儚さすら感じる微笑みに、胸の鼓動がせつなく激しく早鐘を打ったのだ。
嗚呼、そうだ。
僕はきっとあのとき、恋に落ちたに違いなかった。
「王子! 敵国の動向が掴めました! 奴等捕虜にしたエト姫を自国へと連れ去ろうというつもりです!」
ついに動いたか!
報告に僕は立ち上がり伝令を出す。
「国へと連れて行かれれば最後、姫を助け出す機会は二度と訪れないだろう。
このチャンスを絶対に逃すわけにはいかない! 必ず助け出すぞ!」
取り戻すんだ、絶対に。
他の誰でもない、好きになったあの人なのだから。
☆☆☆
揺れる牢獄。
敵国へと送られるその牢獄の中で、囚われの姫はただ悲嘆し涙を零す。
「お父様もお母様も殺されてしまった……国は滅び、嗚呼きっと私も無事ではすみません」
為す術のない現実が、エトの心を蝕んでいく。
誰か、どうか救いの手を――
祈るような想いが、彼方へ届いた。
一際大きく揺れる荷馬車の牢獄、瞳を開いて視線を向ければそこには――
☆☆☆
「姫! エト姫! 助けに参りました!」
敵軍を薙ぎ払いながら、僕は声を上げる。
剣を振るって、一直線に姫の元へと駆けつけた。牢越しに見るエト姫の瞳に僅かな涙の跡が見れた。
「王子様……嗚呼、そんな助けに来てくれたのですね」
「すぐに助けて見せましょう! 見ていて下さい!」
名乗りを上げて、注意を引き、敵を一人、また一人と倒していく。
絶対に助ける。そう強く思えば思うほど、僕の身体は誰よりも速く、誰よりも力強く動いた。
そうして最後の一人を切り倒し、牢の鍵を見つけ出すと僕はエト姫の元へと駆けつける。
「ありがとうございます」
星の輝きを湛えた姫の微笑みに、重ねた手の熱さに、ドキドキする。
「直に追っ手も現れることでしょう。
まずは身を隠せる場所へ逃げ果せましょう。それから――」
エト姫へと視線を向けたその時。エト姫の夜色の髪の向こうに弓を構えエト姫を狙う瀕死の敵国兵を見た。
いけない!
何を言うまでも無く、僕はエト姫を抱き寄せ抱え込んだ。
嗚呼、目を見開く姫の顔がこんなにも近くに。胸を貫く鋭い痛みなんて気にならない程、僕の心臓が熱く熱く燃えたぎるようだ。
「そんな……王子様!」
「どうかそんな悲しい顔をしないでおくれ。君を守ることができたのだから、本望さ」
僕は震える手を伸ばしエト姫の頬へと触れる。エト姫も手を重ねて掴んでくれた。
ああ、なんて美しいのだろう。
彼女の頬を伝う星屑のような涙を拭いながら、僕はその顔を胸に刻み込む。
さようなら、僕の一番星。どうか、無事でいて下さい。
願いを天へと祈り、僕は静かに最後の息を吐いた。
☆☆☆
エトは夜の森を、息が続く限り走った。
エトを守る王子の仲間が、一人、また一人と追っ手を押さえるために立ち止まり、そして戻ってくることはなかった。
「嗚呼……なぜ、どうしてなのですか」
頬伝う涙が止め止め無く流れ、痕を残す。
木々の隙間に明かりが灯る。その数は徐々に増えて、周囲を覆っていく――それはきっと追っ手のものだ。囲まれていることから、逃げ道はないと思った。王子の仲間が覚悟を決めて武器を構えた。
夜空を仰ぐ。煌めく星空を羨むように見つめてエトは手を伸ばした。
「あの星のようになれたら――」
そうしたら、逃げることもできるのに――
夜色の髪と、輝く星のような瞳を持つお姫さまは、そうしていつまでも煌めく星々を見ていた。
●物語は終わり
視界が反転する。
長い物語を見ていた。その情景を思い出し、悲しみに目を細めた。
「……っ、おはようございます。目を覚まさないから、心配しましたのよっ……!!」
コルクがそう言って重ねた手を優しく撫でる。
その感覚に覚えがあって、物語の情景を、その感想を口にした。コルクが、やっぱり物語の姫のように、星を湛えた微笑みを返した。
物語は終わる。
けれど、誰かがその物語を記憶し、思い出すかぎり――彼女の物語(仕事)は終わらないのだ。
いつまでも、いつまでも。どうか忘れないように――