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お揃いの眼をした人

登場人物一覧

フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)

●白と黒
 視線を感じる。遠巻きで、刺々しいものだ。
 昔は気になって視線の主を探し出し理由を尋ねたりもしたが、最近はもうやめた。
 きりが無いし、気にしても仕方が無いからだ。

 黒髪で黒翼のスカイウェザー自体は別に珍しくないと思う。
 しかし、父方の出身である海洋のスカイウェザーは白き翼を誇りとする有力一族『白翼の一族』であり、黒い翼はそれだけで疎まれた。母方の出身である深緑のハーモニアは『白き枝族』という古い一族で、こちらでは黒髪を理由に何かと遠ざけられた。
 父母も、祖父母も、更に血縁を遡っても、誰も黒髪も黒翼も持っていないらしい。それが尚更呪いだ、忌み子だと、両家からの風当たりを強くした。なぜ自分だけが黒く生まれて、このような扱いを受けるのかと。幼い時分から純粋に不思議に思う事はあったが、悲嘆する事はしなかった。
 己の境遇を嘆いた所で翼も髪も白くはならないし、一族が優しくしてくれる訳でもない。
 それよりも。
「フレイ」
「フレイヤ」
 真白の髪を持つハーモニアである双子の妹、フレイヤ。自分と違い、父方母方、どちらの一族からも愛されていた彼女は、自分にとっても誰より可愛い妹だ。彼女が笑ってくれるように、自分の事を心配しないでいいように。自分もいつも笑っていようと決めたのだ。
「また白き枝のお祖父様がフレイを悪く言っていたわ。フレイは何も悪い事をしていないのに……」
「フレイヤが気にする事じゃない。俺ももう気にしてないから。実際、今まで呪いも何も出てないんだから。偶々髪と翼が黒いだけなんだよ、俺は。我ながらすごい偶然だけどな」
 軽く笑って見せると、フレイヤが手を伸ばしてくる。いつものように髪に触れたいのだと察して、少し屈んでやった。
「私は好きよ、フレイの真っ黒な髪。真っ黒な翼も。フレイだけが持ってる、フレイだけの色だもの……」
「お前にそう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」
 それは本心だ。一族から疎まれる髪や翼を、可愛いフレイヤが慈しむように、愛情を込めて撫でながら褒めてくれるのは、悪い気はしない。
 微笑んで撫でるフレイヤ。それに笑って返す自分。それで十分だったのだ。

 ――それ以上は、望んではいなかったのに。

●滲む白
 あれはいつ頃からだったろう。
 ただ好意的に撫でてくれていた妹の手が、何か違う、と思い始めたのは。

 黒翼を撫でる手は、背骨へと滑って、ゆっくりと腰へ下るように。
 黒髪を撫でる手は、頬へと滑って、口付けでも強請るように。
 優しく微笑んでいた眼差しは、どこか纏わり付くような熱を感じるように。
「フレイヤ……?」
「フレイ……私達、どうして双子なの……? 双子なのに、どうして違うの……?」
 双子なら、自分が妹と同じ白髪だったなら、少なくとも白き枝族からは疎まれなかっただろう。彼女が言いたかったのはそういう事なのだろうと思って、やけに近い位置にある頭を撫でてやる。
「そうだな。確かに俺達は双子でも、ほとんど似てないよな。髪も、肌も、目の色も違う」
「目の色も……」
 妹は色白だが、自分は彼女ほど白くはない。目も、妹は青いが自分は赤い。更に言うなら、顔立ちもそこまで似ていないのだ。言われなければ双子とは思えないだろう。
「けど、双子だったらそっくりじゃないといけないのか? 同じ親から、同じ日に生まれた。それで十分、俺達は双子なんだよ」
 むしろ、この妹が自分そっくりだったら、と考えると――妙な笑いがこみ上げてくる。せっかくの可愛い顔が台無しではないか。
「フレイ……? 急に笑って、どうしたの」
「いいや。お前が俺にそっくりな男顔じゃなくてよかったよ」
 ぽんぽん、と撫でつけて、彼女の白い髪から手を離す。すると、フレイヤの方から自分の胸に体を預けてきた。
「私は……フレイと同じが良かった。顔も、肌も、髪も、目も。全部同じだったら……私も一緒に嫌われて、フレイと同じだったのに」
「フレイヤは白き枝の祖父さんのお気に入りだろ? わざわざお前まで嫌われなくても」
「フレイと一緒になりたいの。フレイは私が嫌い?」
 ――『一緒になりたい』、とは?
 やたらと密着しようとしてくる態度と、その言葉の意味を考えてしまう。
 ――いや、考えすぎだ。
 脳裏を掠めた推測を、しかし即座に否定した。有り得ない。自分達は血の繋がった双子の兄妹で、これは妹として甘えているだけだ。だというのに自分は、兄でありながら何という事を考えてしまったのか。
「……嫌いなわけない。俺はお前が大好きだよ、可愛い妹だからな」
 自分の動揺を隠すように、少し雑に彼女の髪を撫でた。

 ――その言葉は、確かに真実だったのに。

●染まる白
 そして、数年前の事。
 忘れもしない、あれは――あまりにも突然だった。

「フレイ……あなたを愛してるの。双子の兄としてじゃない、一人の男性として」
「……それは駄目だ、フレイヤ」
 すっかり熱に浮かされたような目で告げられる愛を拒むのは、少しだけ可哀想な気もした。妹を可愛く思う気持ちは今でも変わらない。この愛を拒めば、彼女が傷付く事はわかりきっていた。
 それでも、越えてはいけない一線がある事は教えてやらねばならない。全ては、彼女を大事に思えばこそ。
「俺とお前は双子の兄妹。それは駄目だ。お前の気持ちは……二人だけの秘密にしといてやるから」
「関係ないわ。フレイ、フレイ……私と一緒になって、フレイ!」
 詰め寄りながら装飾を解いていく妹。髪留めを外し、上着を脱ぎ散らし、靴の片方が脱げても構う事なく自分を床へ押し倒そうとしてくる。不意打ちではあったが、彼女の細腕に自分が負けるはずはない――その考えは、一瞬の後に自分が天井を見上げる立場になった事で否定された。
 より正確には、力で押し負けたのではない。呪縛により、体が動かなかったのだ。
「フレイヤ! お前……どうした、この力は……!」
「フレイ……やっと一緒になれるわ……心も、体も……私だけのフレイ……」
 衣擦れの音と共に、更に女の肌が曝け出されてゆく。恍惚とした表情のフレイヤは、こちらの言葉をほとんど聞いてはいない。このままでは、本当に。
「それ以上、は……嫌いになるぞ、フレイヤ」
 できれば言いたくなかった言葉を、それでも一番効果がありそうな言葉を、敢えて選ぶ。
「…………」
 果たして、妹は瞠目してその動きを止めた。しかし押し倒した体勢を解く事もなく、ただ見つめてしばらく止まっていた。
「私を、嫌いになる?」
「これ……以上、するなら……な」
「嫌……それは嫌……嫌いになったら、もう会ってくれないでしょう? きっと遠くへ行って、他の女の人と結ばれて……こんなにも私が愛してるのに!」
「フレイヤ、話を……聞け!」
 いくらまともに説得しようとしても、妹は勝手に妄想を繰り広げるばかりでこちらの話を聞く耳を持たず、妄想の果てに絶望したように髪を振り乱し掻き毟っていた。
「嫌、フレイが他の誰かと結ばれるなんて嫌! 耐えられない!!」
「落ち着……け……! 聞いてくれ、フレイヤ!!」
 どれほど力んでも動かない体の代わりに、声を張り上げる。妹は未だ情緒不安定な様子だったが、息を荒げながらもこちらを見つめ返してきた。
「俺は……お前を、嫌いに……なりたく、ない……」
「……大好きだって、言ってたわ……私の事……今も、変わらない……?」
「変わら、ないよ……ずっと、大好きだ……」
 心からの、偽らざる好意を伝えれば、妹も徐々に落ち着いてきた。
「でも。こういう、事は……」
「違う、から……?」
 やはり兄妹だから、こういう事はよくない。自分の好意は、男女の恋愛のそれではない。そう伝えようとした時、妹がぽつりと呟いた。
「顔も、肌も、髪も、目も。全部違うから……だから、一緒になれない……同じになれば、一緒になれるわよね……」
 落ち着いてきたと思ったのは、誤りだった。彼女は、とうに狂っていたのかも知れない。
 とても素晴らしい事を思い付いたかのように明るい表情になると、妹は動けない自分の左眼へと手を伸ばし、その細い指で――。
「な、にを、フレイヤ、やめろフレイヤ! やめろ!! フレイ――ぁあああああッ!!」
 ぐちゅ。ぐりゅ。ぶち。
 呪縛で肉体を動かせないまま、意識は全て覚醒したまま、左の眼窩から眼球を抉り取られる。その激痛は、喉が潰れる程の悲鳴をあげても全く治まる事なく、本能的に悶える事も許されない。
「ああ……フレイ……待ってて、私も今……」
 その声を、それから彼女がした事を、自分は己の痛みに耐えるのに精一杯で詳しくは覚えていない。断片的に覚えているのは――彼女が自分で、彼女自身の左眼を抉り出した事。そして、兄から抉り取った眼球を己の眼窩へ収めた事くらいだった。
「うふふ……ふふ……ああ、フレイ……これでやっと、一緒……赤と青の目……お揃いね……」
 彼女も痛いはずなのに。しかも、自分で抉りだしたはずなのに。悲鳴どころか、夢見心地のような満たされた声で呟きながら左眼を撫でていた。
「どこにいても、誰といても、フレイと一緒……どこまでも、一緒よ……フレイ、フレイ……」
 彼女の笑い声が遠ざかっていく。
 目の痛みが少し治まって辺りを探した時、見つかったのは青い目の眼球――フレイヤの左眼だけだった。

 あれから、彼女とは会っていない。
 今どこにいるのかも、何をしているのかもわからない。
 ――せめて、もう一度。
 その時、彼女がどのような存在になっているのかはわからないが。

 この、彼女と同じ赤と青の目に。彼女をもう一度映すために。

  • お揃いの眼をした人完了
  • GM名旭吉
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月03日
  • ・フレイ・イング・ラーセン(p3p007598

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