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プロジェクトM ~締切前夜の妄想家たち~
登場人物一覧
●乾杯はこの一本
「ニコはづの未来を祝して……」
「乾杯!」
練達某所。空調の効いたホテルの一室で、瓶のかち合う音が響く。時間は午前一時半を過ぎていた。交わす飲み物は酒でもジュースでもなくーー元気イッパツ、ストロングZ!
将来の不安がなくなると噂のスタミナドリンクを最初は訝っていた2人だったが、今や修羅場の時期の相棒である。
「いやぁ、やっぱりコレがないと最後まで集中力、保たないんだよね」
などとジャンキーまがいのコメントを残し、『鬼いちゃんに任せなさい!』藍銅 神無(p3p007720)はドリンクの瓶を傾けた。
「ングッ……ごく、ごくっ……ぷはぁ」
(か、神無君……そんなワイルドな飲み方するんだ……)
飲んだ後にグイと手の甲で濡れた唇を拭う仕草もかっこいいし、何よりやっぱりーー顔がイイ!!
「アラクくんは飲まないの?」
「えっ!?」
促されてようやく『出来損ないの蜘蛛』アラク(p3p002078)は瓶の縁に唇をつけた。
「実は味が苦手で……ちょっとずつ飲もうかなって」
「ん~? あはは、そうなんだ。でもその飲み方じゃ、苦手な味が長続きしない?」
「だよね。やっぱり一気に飲むしかないかな……」
眉をハの時に寄せたまま、踏ん切りがつかない様子のアラク。その横髪を梳くように神無はサラリとすくい上げた。
(——え?)
気配を探るまでもなく顔が近い。吐息がかかるような距離に神無の顔があって……艶を帯びた端整な唇が左耳に迫る。
「美味しく飲めるように、口移ししてあげよっか?」
(ええええぇぇええーー!!??)
「……なーんてね! いま書いてくれてる小説、媚薬ネタだって聞いたから」
こういうシチュエーションも参考になるでしょ? とおちゃらけた様子で言いながら、あっさりとデスクでの作業に戻る神無。取り残されたアラクの方はというと、頬を真っ赤にしながらフシューと煙を上げていた。
(落ち着こう。神無君は同志で相棒。同じカップリングを愛してる、崇めるべき神絵師様なんだから!)
だけど諸々さっ引いたって顔がいい(※大事なので2回言いました)。ふとした瞬間、ネタにして妄想せずにはいられないーーいや、むしろしないと勿体ない。与えられた萌を消化しないまま捨てるなんて、世界的な美の損失に他ならない!
(つまりこの妄想はクリエイターとしての性! だからちっとも悪くないんだ。だけど今、頭の中を見られたら……ぅわあああ、原稿以前に保たないかも、自分の理性っ!)
「あ、ありがとう……参考にするよ。こっちは締切までに何とかなりそうなんだけど、神無君の方はどう?」
「終わるかどうか五分五分って感じかな」
「まだコピ本なら間に合うかい?! いやでも装丁豪華な新刊欲しいよね……?!」
「前回のイベントでお隣さんがご挨拶の時にくれた見本誌、すごく良かったもんね。ホログラムPP加工のハートのやつ」
前回のイベントとは、第二次ローレットオンリー同人誌即売会『パンツパンティープロジェクト』の事である。
金の匂いにつられた悪意ある者達の手により、即売会が萌え不毛の地と変わるのを阻止すべく、彗星の如く現れ、華やかなデビューを果たしたサークル【
彼らがもたらした"ニコはづ"というメガトン級にてぇてぇカップリングは
ニコはづ本の一丁目一番地として同志達に後押しされ、勢いにのった今、新刊を落とす事は許されない。何よりサークルの絵描き『尊鬼(神無のP.N.)』、文字書き『ちちゅ(アラクのP.N.)』としての本能が絶えず2人に囁き続けているのだ。
原稿を落とすという事は、彼らへの裏切りに値する。目を瞑ればほらーー聞こえてくるだろう?
次回出展のお品書きを見て、熱気に満ちた彼らの声が!
「『続・日常的せんせ~しょん!』キタアアァァーーッ!!」
「夢現の供給があるまで死ねない……廃滅病に怯えてる場合じゃねェ!」
「どうしてニコはづはまだ付き合ってないのかな? 結婚はよ!!」
「わかる……はよ結婚……」
「凄いよアラクくん、俺達ファンの幻影とトーク出来ちゃうくらいキテるね……」
実のところ、この新刊のために徹夜するのは
恐るべし締切地獄。恐るべしストロングZの副作用!!
●類は友を助く
時間に追われる2人を前にして、カチコチと時計は無情に時を刻み続ける。
「あとはエピローグを書くだけだ。長かったな……あれ?」
大きく伸びをしたアラクが神無の様子を伺うと、筆が止まっているようだった。
「どうしたんだい、神無君?」
「あはは、いや~ちょっと……ペン入れしてる最中に構図のバランスが気になっちゃって」
直すべきか、そのまま仕上げきってしまうか。このテの悩みは一度気になり始めると、結論が出るまで頭の隅に引っかかってしまう。漫画家にとって馴染みの
「どのあたり?」
「これなんだけど、だいぶアオリのアングルにしたから腰から胸のあたりが……」
「うわっ、凄いポーズだね。左腕はこうで……?」
アイマスクをずらして大ラフを確認すると、確かめるように腰をひねり、画面のポーズをなぞるアラク。
一生懸命真似る姿は傍から見ていて愛らしい。優しい世界にほっこりする神無だったが、和やかな時間はあっという間にアラクの断念で終わりを告げる。
「駄目だ、身体が固くて全然できないや。それに……やっぱり自分がやっても、このキャラと体格が違いすぎるよね」
「俺の方がどちらかといえば体つきは近いんだけど、自分でポーズとっても上手く見えないし」
どうしたものかと二人仲良く腕を組む。ちらと視界の端に、先刻話題にした隣サーの見本誌がうつった。
部屋の明かりを受けてハートのホログラムが浮かび上がる綺麗な加工の同人誌。タイトルは確か……『鬼はづのプリクラがクソデカ溜息出るくらい尊い件』。
「「そうだ、写真だ!」」
まさに天啓というより運命。ありがとうサークル【S号さんと歩道橋】! 今回ゲストページの寄稿を快諾してくれたしナイスだぞ【S号さんと歩道橋】!
どったんばったん、深夜だという事も忘れて慌ただしく準備を始める。アラクは荷物をひっくり返し、中からカメラを取り出した。神無の方は液晶タブレットを手にしたまま、ベッドの方へ向かっていく。参考資料が欲しいページを何枚か目視で確認した後、ポーズをとろうと寝転んだ。
「中腰になったらコマと同じ角度で撮れるかな」
「いい感じじゃない? それじゃあ俺は、こうして……」
室内に響く衣擦れの音。無駄な筋肉のない整った身体がベッドの上で滑らかに動く。カメラの方へ片足を持ち上げ、神無はあられのないポーズのままレンズの方へ視線を向けた。
「——どう?」
「ッ……!」
気配に滲む魔性の色気。美しい肢体へシャッターを切るうち、再び妄想の女神がアラクの耳へと囁きかける。
(……あ。こういう撮影系のシチュエーションって、同人誌でもよくあるよね……?)
●虚妄の果てに
藍銅 神無という男は、一見おちゃらけて見えるものの、中身は至って誠実だ。それを知ってか知らずか、かかった火の粉を彼に擦り付けた者がいた。残されたのは莫大な借金。保護している大切な推しに迷惑はかけられない。苦悩の末、彼がとった結論はーー。
「神無君、初めての撮影なんだよね?」
「そうだよ。だから少し緊張しちゃって……迷惑がかからないように努力はするから」
カメラと撮影スタッフの熱い視線を浴びる中で、神無は和服の胸元をはだけさせた。覗いた肌色を狙うかのように、録画中のカメラが白いうなじをズームアップする。
「いいよ神無君。とっても綺麗だ」
「っ……。カメラマンさん、俺……すごく変な気分でさ」
ほんのりと頬を桜色に染めて、する……と己の太腿に指を這わせる。従順に支持へ従う様は目を塞いだ犬のようでーー最後にはでカメラに向かってM字開脚を促され、潤み気味の目で微笑みかける。
「撮られてるだけで、こんなに感じちゃうなんて……ダメな
「神無君はダメなんかじゃなーーうわっ!?」
妄想と現実の境界線を忘れかけ、ベッドの縁に足をとられるアラク。
「いったたた……」
「大丈夫?」
舞い戻って来た現実は妄想以上にダダ甘い。自分を心配する声がすぐ真下から聞こえてきたもんだから、もう平静ではいられない!
(やばい、近い近い近いっ!!)
「小説の端々からなんとなく感じてたんだけど、アラク君って大胆なところ、あるよね」
見なくたって気配で分かる。互いの息遣いが分かるほど間近に! 顔面偏差値ブッチ抜きのイイ顔が!!
「え、あ、その……ご、ごめん!」
ものの見事に押し倒してしまった状況に慌てるアラクの心を、更に神無はかき乱す。腕を掴んでぐいと引き、寝返りをうてば……あっという間に形勢逆転。今度は組み敷かれてしまった状況に泡を食う。
「か、神無く……」
「ねぇ……アラクくんは、どうしたい?」
「どうしたい、って……それはーー」
ほんの少し眉を寄せ、困ったような悩ましげな愛らしい表情でアラクは一度、間を置いて。
「やらなきゃ、原稿!」
「!? やばっ、入稿時間まで2時間きっちゃったか!」
甘い時間は長続きしない神無とアラク。けれど互いに信じてる。
同じ【夢現】の看板を背負う相棒を。推しのために荒ぶり続けるクソ重クソデカ感情を!
そんな彼らが、一体どうして気づけただろう。
この後、校了の知らせを受けて【S号さんと歩道橋】の描き手『S号』がお礼を言いにパソコン電話を繋げた末、入稿後で仲良く抱き合うように眠る2人を目撃し……鬼アラ本が即売会で出回る事を。