PandoraPartyProject

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ゾーンブルクの魔女帽子

登場人物一覧

ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593)
キールで乾杯
ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルクの関係者
→ イラスト

●魔女からの手紙
「ゾーンブルクのミディーセラさんに郵便でーす!」

 元気いっぱいの郵便屋が朝の幸福な微睡みを打ち壊す。
 ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593)は目を擦って起き出すと、その手紙を受け取った。背後のベッドからは「誰から?」と言う問い。

「おししょーからですわ。あ、おししょーというのは7人いて……」

 見るまでもないと答えれば、受け取った手紙が燃え上がる。
 こんなトラップを仕掛けるのは彼が知る限りただ一人。

「篝火の魔女さまから、みたいです。大魔女さまの下に七色の魔女さまがいて、篝火の魔女さまは火魔法の使い手で」
「美人で強くて偉いんだよな?」
「そう、美人で強く……あれ!?」
「よぅ、ちいさいの。久しぶりだな? 女に鼻の下伸ばしてろくに返事も寄越さない馬鹿弟子を迎えに来てやったぜ!」

 ボムッと音がして郵便屋が魔女に変わる。
 ミディーセラとそう変わらぬ年頃に見える褐色・赤毛の獣種の女は、前髪に隠れた目の代わりにギザっ歯を見せてキシシシシと笑った。

「おししょーの手紙は燃えるのですもの。返事を書こうにも書けないだけですわ」

 この人の手紙は誰かに読まれると燃えるし、誰かに読まれなくても読み終えれば燃えるし、受け取らなくても燃えるし、受け取っただけでも燃える。今みたいに。
 そのくせ中身は「元気か?」「たまには顔を見せろ」といった事だから、ミディーセラもさして気にせず読み流していたのだが。

「ところで迎えってなんですの?」
「バーカ、魔女集会がすぐじゃねぇか」
「ああ、100年に一度のほう……」
「やっぱり忘れてたんじゃねぇかよ!」

 再びボムッと音がして灰色の尻尾が真っ赤に燃える。
 アチチチチと慌てて火を消すと、ミディーセラは「しばらく出かけてきます」と言い残して先の折れた大きなつばのある帽子を被った。

●篝火の魔女
「キシシシシ、何だかやけに警戒してんじゃねぇか、ちいさいの。ちゃんと女を満足させてんのか?」

 魔女集会へと向かう昏い森の中、女が弟子の朝寝をからかう。

 ゾーンブルクの大魔女。その弟子の七色の魔女が一人、篝火の魔女。
 褐色の肌は燃え盛る炎の如き長い逆毛に縁取られ、炎の獣とも言うべき野性味を帯びている。
 だが大魔女に見出された魔力は本物。その探究心は魔女と呼ぶに相応しく、ミディーセラもよく実験に付き合わされた。
 名前は知らない。そして名前で呼ばれたこともない。大抵はお前と呼ばれるか、「ちいさいの」とか、「そこの」とか、そんなのだ。

「……ちいさくないです。おししょーだって背丈同じくらいじゃないですか」
「俺は女だから小さくてもいいが、お前は男だからな。でかくて強い方がいいさ」
「強くなりたいとは思いますが。だからといってあれはやりすぎだと思いますわ」

 強い男にしてやる。その言葉で何度焼かれたことだろう。

 暖炉を掃除しろと言われて中から煙突に頭を突っ込めば、フサフサの尻尾に火を付けられて、逃げ場もないまま煙突に詰まった煤の塊。
 瓶に入ってしゃがめと言われれば重い石で口を塞がれ、瓶ごとまるっと火で炙られて、出汁の効いたケモノとキノコの土瓶蒸し。
 風呂に入るからお前も一緒に背中を流せと言われれば、アツアツの熱湯を身体に浴びせられ、全身火傷で爛れた赤むくれの肉だんご。

「他にも薬と言われて飲まされたのが豆粒大の火炎玉だったり、身体に蝋を塗られた後で芯を咥えさせられてそのまま人間蝋燭にされたこともありましたわ」
「キシシシ、俺が色々やったおかげで随分強くなったじゃねぇか」
「強くなりたいと言った覚えはないのですけど」
「ちっちゃいこと言うなよ。お前も拒まなかったじゃねぇか」
「人間、痛められ続けると抵抗する意志を無くすという話は本当だと思いましたわ」

 ミディーセラは遠い目をして彼女のした数々の『可愛がり』について思い出す。
 七色の魔女達には不滅の研究のためと言われて酷いことをいっぱいされた。これからもきっとされる。
 最初のうちはやめてと叫んだ気がするが、いつしか大人しくして早く終わらせた方がマシと気づいた。
 特にこの篝火の魔女はミディーセラを使いやすい下僕か壊れにくい玩具と思っている節があって。抵抗するのは正に火に油を注ぐようなもの。

「よく分かってんじゃねぇか。ま、せっかく不老不死にしてやろうってんだ。ありがたく思いな」
「不老不死ならおししょーが自分でなればよいのでは?」
「分かってねぇなぁ、何年弟子やってんだ、お前」

 篝火の魔女は掌に火の玉を浮かべると、集会までの道中の退屈凌ぎにと大魔女のことを語り始めた。

●大魔女さまの事情
「大魔女さまは俺達弟子にとっちゃ親か神さまみたいなもんさ。何しろ俺達全員集めても、大魔女さまには適わねぇんだから。だけどな、その大魔女さまにも出来ねぇことがあんだよ」

 鬱陶しい前髪に目が隠れているせいだろうか。
 それとも笑いを止めたら歯が見えないせいか。
 伸びた火影はいつも騒々しい篝火の魔女さえ飲み込んで見えた。

「お前はな、大魔女さまの叡智を受け継ぐ器なんだよ。だから不老不死じゃないと駄目なんだ。本当は大魔女さまこそ不老不死になって欲しいけど、ヒトは老いるからな。ガタが来てんのさ」

 ゾーンブルクの大魔女が何歳なのかは誰も知らない。
 だって見た目は魔法でいくらでも変えられるもの。
 だけど命の蝋燭の尽きる速さは変えられても、滅びる宿命そのものは変えられない。

「どんな長命種も不死ではないということですね」
「ああ。死なないことは老いないこと。だけど時はゆっくり流れるのさ。無常にな」
「それで大魔女さまのために不滅の研究を始めたのですか」
「そういうこと。俺達弟子は大魔女さまあっての俺達だからな」

 ミディーセラが物心ついたとき、篝火の魔女は篝火の魔女だった。
 名前も知らなければ、本当に獣種なのかさえ。異世界から来た旅人と言われればそんな気も。

「荒くれ者だった俺に力の使い方を教えてくれたのは大魔女さまさ。凄くねぇ? 煩い連中までくっついてきたけどな」

 七人の魔女達は皆、大魔女に拾われたはぐれ者。
 大魔女に夜会カヴンの一員として迎えられて姉妹のような弟子仲間も出来た。

 もう力に翻弄されることもない。
 もう孤独に晒されることもない。

 我等はゾーンブルクの魔女の一族。
 我等はゾーンブルクの夜会カヴンの一員。

 弟子達は敬愛する師の叡智を守ろうとした。
 大魔女から授かった知恵と、大魔女から見込まれた才能を駆使して。
 命を作る七つの元素を極めれば、きっと命も繋ぎ止めておけるはず。

 だけど魔女達は気づいてしまったのだ。
 壊れた命の器は元には戻らないのだと。

「見た目は誤魔化せても器が壊れ始めたら意味ねぇんだよ、とっくに手遅れだったんだ。それに命の在り方を変えるほどの魔法、自分で自分にかけられる訳がない。つまり俺達の誰も、七つのうちの一つが欠けちまうから不老不死にはなれねぇのさ」
「それで大魔女さまの記憶と叡智を受け継ぐために子どものわたしを不老不死にしようとしたのですか? それって大魔女さまの為というか自分達が弟子でいる為なのではありませんの?」
「男が人の言うことにみみっちく揚げ足とってんじゃねぇ!!」

 篝火の魔女はミディーセラに炎の鉄拳をお見舞いすると、吹っ飛ぶ弟子にケッと吐き捨てた。

●拾い子ミディーセラ
「お前は大魔女さまがどっかから拾ってきた子。大魔女さまは育ての親だろうが。魔力があるんだかないんだか分からねぇ赤ん坊の時分に拾うなんざ酔狂だと思ったもんさ。すぐぴーぴー泣くしよ」

 ミディーセラは己が大魔女の拾い子だと知っている。
 赤ん坊の頃は朝の雪のような真っ白な毛並みで、それが気に入られたのだと。

 魔力を見込まれた魔女達は弟子に。
 魔力がないかもしれない赤ん坊は養子に。

 はぐれ者も捨てられた子も、みんな大魔女が拾い、育てた。
 今はみんなゾーンブルクの一族、夜会カヴンの一員。

「わたしにとっては大魔女さまは母というより祖母みたいなものですわ。弟子の弟子ですし」
「今は弟子の弟子でも、赤ん坊の頃はおしめ変えたりミルク飲ませたりしてくれたんだぞ。だからやっぱりお前にとっちゃ育て親なのさ」
「……それは初めて聞きました。親なら蒸し焼きだの直火焼きだの言って篝火の魔女さまが可愛がるのを止めて欲しかったですわ」
「分かってねぇなぁ、愛だろ愛。子ってのは可愛いに決まってる。弟子も養子も同じさ。キシシシ」

 篝火の魔女は笑って掌で火の玉を弄び、遠い目をするミディーセラにぶつける。
 小さい頃によくされたそれは、お手玉遊びのようでも雪玉遊びのようでもあり。
 自分が良ければ相手の気持ちを考えずに押し付けてくるところは今も変わらず。

「子に自分の全てを受け継がせたいと思うのは親なら当然さ。血を受け継ぐことと知識を受け継ぐこと、何の違いがあるんだ?」

 血の繋がった親子が血を受け継ぐように、他人が寄り集まった魔女は知識を受け継ぐ。

 だから惜しみなくゾーンブルクの秘術を教えよう。
 だから惜しみなくゾーンブルクの弟子を愛しもう。

 やがて己がこの世から消えても知識は残るように。
 やがて己がこの世を旅立っても愛は消えぬように。

「やりかけの研究を押し付けるのに不老不死にされるのも嫌ですが、一人残されても寂しいだけだと思いますわ」
「まだ疑ってんのかよ、しつこいなぁお前」
「真理を追求するには疑い深くあれ……とも教わりましたので」
「元気で丈夫な子に育ちますようにって、親なら誰しも願うもんだと思うぜ? だってお前、ガキの頃は虚弱ですぐ熱出すし。遊ばせれば毒蛇に噛まれてくるし。熱冷ましと毒消し煎じてくれた薬のやつに感謝しとけよ」

 秘薬の魔女のことを持ち出して篝火の魔女は草むらに向け火を放つと、得物を伺う狼達を追い払った。

●忘れずに覚えていて
「お前だって自分に子が出来たら元気に育って欲しいとか、自分が教えられるもんは何でも教えてやりたいって思うんじゃねぇ?」
「まあ、思うでしょうね。思うと思います」

 結婚すらまだなのに、早く子どもを作れと言われそうでミディーセラが黙る。
 弟子の心などお構いなしに篝火の魔女は昏い森の道を炎で照らして先を歩む。

「お前は不老不死になりたくねぇみたいだが、何でだ?」
「だっておししょー、おししょーにも大魔女さまにも、恋人にも子どもにも先に死なれて自分だけが残り続けるのって、寂しくありませんの?」

 長命種としていつかは自分だけがこの世に残される覚悟はある。
 だけど一緒に死ねる、死んだら一緒の未来も捨てきれずにいる。

 そう言うと篝火の魔女は立ち止まり、黙したかと思うと突然火山の如く怒り出した。

「お前こそ自分のことしか考えてねぇだろ! お前や子どもを残して先に逝く女のことも考えてみろってんだ。それでも男か!? 女の想いも想い出も、みんな引き受けて守ってやれよ。そのくらいの甲斐性見せろよ!」

 自分がいなくなっても悲しまず元気でいて欲しいとか。
 ずっと自分のことを忘れないで覚えていて欲しいとか。
 自分の代わりに子どもの行く末を見守って欲しいとか。

 およそ家庭とは無縁そうな魔女が女心を代弁する。
 ミディーセラは部屋に残してきた色鮮やかな女のことを思い浮かべた。

 この髪が燃え尽きた後の灰のような色であるように、心もまた逆らうことを忘れてしまったけれど。
 色も無き自分に美しさに彩られた世界を教えてくれた人がいる。
 ただ時が過ぎるだけだった命に喜びを感じさせてくれた人がいる。

 七色の魔女は自分を不老不死にしようとこの身に魔法をかけた。
 だけど恋人であるその女は自分の心に愛という永遠を与えてくれた。

 古くなれば褪せるはずの大切な君の色。いつまでも覚えていられるのなら不老不死でいるのも悪くないのかもしれない。

「分かったか、馬鹿弟子!」
「はい、おししょー」
「キシシシ、それならいい。もう悩むんじゃないぞ? ほら、グスグズしてないで行くぞ? みんながお前を待ってるからな」

 篝火の魔女がミディーセラに手を差し出す
 彼女の左肩から腕にかけて巻き付く模様は茨。
 ミディーセラの全身に巡らされた模様の一部。

「そう言えば昔もおししょーが迎えに来てくれたことがありましたわ」
「ああ、お前が森で迷子になった時な」
「あの時は森を焼き払おうとするのでわたしまで黒焦げになりかけましたわ」
「だってお前、どこに隠れてんだか分からねぇし。手っ取り早く邪魔な樹は焼き捨てた方が早いからな、キシシシ」

 子どもの頃から一番に迎えに来てくれる人。
 道に迷いそうになると灯を灯してくれる人。

 可愛がり方を知らなくていつも乱暴になる人。
 焼いたり蹴ったり見捨てないでいてくれる人。

 今も昔もこれからも、ミディーセラの行く道はこの森のようで、時に道を見失い、時に誰かとはぐれたりするだろうけど。
 繋ぐこの手のぬくもりを、ずっと覚えていよう。
 導くこの火の輝きを、きっと忘れないだろう。

 篝火の魔女に手を引かれ、昏い森を抜ける。
 ゾーンブルクの魔女達の待つ集会へと向けて。

●ゾーンブルクの魔女帽子
「ただいまですわ」

 ミディーセラが家に帰ると、テーブルにはグラスと酒瓶がそのままになっていて、彼女の髪は空となった中身の色となっていた。
 愛おしそうに見つめていると彼女の視線は己の頭上。ミディーセラは被った帽子を取ると大切そうに抱える。

「ゾーンブルクの魔女集会に行って新しくしてきました。毎年普通の魔女集会とは別に夜会カヴンのメンバーだけで集まるのですけど、10年に一度帽子の中に描かれている魔方陣を新しく書き直すのですわ。頭をぶつけたりして大事な魔法を忘れてしまわないように」

 帽子の内側には七色のインクで描かれた月と茨文様の魔方陣。
 生命の七大元素を示す七色。
 不死の象徴たる月の女神。
 それから絡め取り縛り付けるものとしての茨。

「でも帽子というのは物ですから、古くなると壊れてしまいます。ですから100年に一度帽子そのものを新しくするのですわ」

 手にした帽子は手作りで、魔女達がこの日のために用意したのだと聞く。
 材料となる生地を織った者。繭から糸を紡いだ者。型取りして鋏で切った者、針で型どおり縫い上げた者。先端の月飾りを作った者。つばに茨の刺繍を入れた者。
 そして新品なはずの帽子の先はちょっと焼け焦げていて……。

「どうです? 新しい帽子、似合います?」

 不器用な魔女の一人を思い出しながらミディーセラは誇らしげに被り直す。
 不滅を求める夜会カヴンの一員たる証、ゾーンブルクの魔女帽子を。

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