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ブーケと魁真の話~紅遊び~

登場人物一覧

ブーケ ガルニ(p3p002361)
兎身創痍
霧裂 魁真(p3p008124)
要塞殺し

 ある民は美の基準をその身に着けた銀細工の多さで競う。だがこの世には、貴金属の輝き以上の美があることを、ブーケは知っていた。

 ギルドショップへ立ち寄った彼を見て、ブーケはふと思ってしまった。このヒトへ紅を点したならばさぞかし楽しかろうと。
 相手はそんな視線に気づかず、品物を眺めている。白の長い、長すぎるくらいの袖の長衣に黒のボトム。服装はシンプル。しかし顔はフードと長い立ち襟に隠されてほとんど見えない。ただ合間からのぞく、透き通るような肌と、染める前の絹のような銀髪が目を引いた。いま彼はちょうど背中を向けている。振袖のような袖のせいでほっそりとした立ち姿が強調されている。年齢は不詳、少年にも視えるし、青年とも思われる。
 どんな瞳だろう。
 気を惹かれて、気になって、つい声をかけた。
「お客さん、何探してますのん?」
 振り向いた彼は、若干うっとおしげ。かまうなオーラが出ている。普段ならすごすご引っ込むブーケだけれど、この時は好奇心の方が勝った。見えたのは彼の銀の瞳。真新しい銀貨のような。それを見た瞬間、ブーケは決めた。必ずこの彼に紅を点す、と。一目惚れにも似た感覚だった。仏師が樹の中へ仏を見つけたように、宝石鑑定士が原石に惚れ込んだときのように。
「よかったら茶ぁしばいていきはらへん?」
「いらない。何を入れられるかわかったものじゃないし」
 先手必勝とばかりに冷たい言葉を投げかける彼。どうやら自分が気に入られたことを把握しているようだ。たしかにこの容姿なら「そういう目」にもあってきたのだろう。
「そないなことせぇへんて。お客さんみたいな美人さんに似合いの品があんねん。ちょい試していってや」
「まずそれが何かを言えよ。というか、アンタは誰だ?」
「この店の店主なよ。ブーケ ガルニ言うんよ、よろしゅうなー」
 ひらひらと手を振るブーケを、彼――魁真――はウサんくさげに見つめた。……見るからに生活力のなさそうな男だ。和服の上から草色の羽織を引っ掛けている。癖だらけのふわふわな黒髪に伊達らしきメガネ。どういうわけかあちこちに絆創膏が貼ってあり、包帯が巻かれていた。
「その傷は?」
「これな、俺どんくさいから滑ったり転んだり階段から落ちたり包丁でざっくりとか日常茶飯事やねん」
「……よく生きてるなアンタ」
「褒めた? いま俺のこと褒めた?」
「褒めてないよ」
 魁真は、この店主なら御しやすかろうと警戒をすこし解いた。
「俺の名前は、霧裂 魁真、カイでいいよ」
「ほなカイくんやなー、よろしゅうな?」
「いきなり近いよアンタ」
 雪駄を引っ掛けて間近へ近づいたブーケに、魁真は辟易した。
「まあそう言わんとあがっていって、カイくんには是非この『末摘花』をオススメしたいんや」
「……すえつむはな」
 そう言われて差し出されたそれへ魁真は目をやった。きれいな大粒の、はまぐりの貝殻がブーケのてのひらに乗っていた。
「海鮮焼きでもするの?」
「ちゃうちゃう。こうなってんねん」
 よく見ると、貝殻は蝶番で繋がれていた。ブーケが貝殻をぱかりと開く。そこにある景色に魁真は目を奪われた。貝殻の内側には細やかな筆致の錦絵があったが、そちらではない。森の奥の深い泉のような、とろりとした光の宝石のような、ふしぎな玉虫色がそこにはあった。月の雫を盃に受けてそのまま煮詰めたらこうなるのだろうか。
「……これは?」
「口紅や。うちのお客さんでも俺がこれはと思ったヒトにしか出さんて決めてる品や」
 やや興奮気味にまくしたてるブーケに、悪意はなさそうだと魁真は判じた。それに……化粧か、たしかに自分の容姿についてはわかっているつもりだ。それをよりよく、より欲をかき立たせるものにしてくれるなら、依頼の成功率もあがるだろう。断る理由はない。理由はないが。
「貸して」
「ええで。落とさんといてな。繊細な品やねん」
「見ればわかるよ」
 魁真は軽く匂いを嗅いだ。毒物ではないようだ。どうも「本業」の癖で「こういうこと」は確認しないと落ち着かない。
「……うん、つまり俺に、この口紅のモデルになってほしいってことかな?」
「あっ、それもええなあ。写真撮っとこ」
「余計なこと言わなきゃよかった。帰る」
「勘弁してえな。化粧師(けわいし)のマネごとくらいさしてやあ、絶対カイくんに似合うって、この紅は」
「ふーん、アンタがそこまで言うなら試してやってもいいけど?」
「ナマ言うお口やなあ。まあそれが俺の紅で変わっていくと思ったら、今から楽しゅうてたまらんわあ」
「やっぱやめようかな」
「そないいけず言わんといてや、ここまで来てそれはないて、さみしいやん!」
「わかった、わかったよ。その代わり……」
 魁真は両手で降参のポーズをした。ぴかぴかの瞳がゆるい弧を描く。
「きれいに仕上げてよね?」

 奥の部屋にあがった魁真は、意外ときちんと片付けられたブーケの部屋に内心驚いていた。
「自分で掃除とかできるの?」
「んや。気のええ友達がな」
「納得」
 ブーケが化粧箱を持ち出してきた。それから太さの違う筆を何本も、さらに水に筆洗いに、清潔な布、懐紙。ずいぶん手間のかかる口紅らしい。
「よし、ほなやろか」
 筆を手にとったブーケは、別人のように真剣な目をしていた。向かいに座った魁真は、なんとなく気圧され、彼の手が自分の服へかかっていると気づくのに少々遅れた。
「なにしてるんだよ!」
「やって、襟が邪魔やん? ちょい脱いでもらわんとあかんでこの服」
「離せ、自分でやる」
 魁真は仕方なく襟ぐりのジッパーを少しおろした。
「ぜんぜん開いてへんやん。このくらいやってもらわんと」
「……っ!」
 胸元まで全開にされ、魁真はさすがに身の危険を感じた。しかしブーケは魁真の襟ぐりを大きく開くと、専門家の目でじっと自分の肌を検分している。
「白いなあ……。見込んだとおりや。艶はええけど、血の気が薄いから、頬にもすこし紅いれてみよか」
 どうやら言いなりになるのが一番手っ取り早く済みそうだ。魁真はそう考えた。ブーケは筆へ水を含ませ、それから布へ余分な水気を吸わせ、はまぐりの内側に筆をさした。玉虫色のその部分の端へ筆を乗せると、薄紅が溢れてくる。ブーケは筆にとった色を懐紙で確かめ、魁真の唇へ筆の先を触れさせた。
「……んっ……」
 思った以上に冷たい感触。けれどすぐに体温を吸ってぬるく甘い熱を帯びる。
「動かんといて」
 そう言われても。濡れた筆先が唇を這う感触は何かを思い出させる。しかもそれは、そうっと、宝物でも扱うようにしてくるのだから、落ち着かない気分になってくる。魁真の逡巡に気づいていないのか、ブーケはまっすぐな瞳で紅を点していく。けれどそのうち、くすりと笑みをこぼした。
「唇に塗るのに目閉じる必要あるの?」
「うるさい、黙れ」
 思わず舌打ち。唇には軽いうずき。続きをねだっている。そのことに気づいてひとひらの自己嫌悪。魁真は顔をそらした。
「見て見て、ほら美人さん」
 ブーケが鏡を魁真へ見せる。白の中一点、ほんのりと淡く色づいた唇が目を誘う。
「意外と薄いんだな」
「重ね付けして肌へ色を合わせていくねん。ひとまずはこんなところや、どない?」
「悪くない」
 にひひと満足げにブーケは笑った。
「これな、厚塗りして乾いてくると紅から玉虫色に戻るねん。きれいやで」
 そこに至るまで何度あの感触がこの唇を這うのだろうか。想像しただけで魁真はぞくりと背を震わせた。
「ほな続きやるで」
 先程の筆を口に加え、細い筆に持ち替えると、ブーケは職人の手さばきで口の端をなぞる。形を整えているのだろう。どうしてだか目を閉じてしまう。口の端を巡る筆先の感触は丁寧。けれど、唇そのものへ触れられるあの感覚にはとても足りない。次の感触がほしい。
「まつげ震えるほどきつく瞑らんでええのに」
 耳から流れ込む笑い声。羞恥を感じ、魁真はより強く目を閉じた。
「なんやろ、頬紅さしてへんのに血の気よくなってきたなあ。気のせいやろか」
 おかげで発色もええわとつぶやくブーケ。冷たくも心地よい感触が離れていく。追いかけるようにまぶたを開けた魁真にブーケが喉を鳴らす。
「どない?」
 再び差し出された鏡の中、魁真は自分が融けてきたことを知った。あの末摘花のように、白で染めていた自分が内へ秘めた紅を誘い出されている。
「……っ、これ以上は……」
「これからが本番やて」
 薄目を開けてみていると、ブーケは3本の筆を器用に操りながら口紅を点していく。細い筆で形よく整え、あの柔らかな優しい感触で内側を埋め、ひやりと冷たい水筆でぼかす。くりかえされているうちに、魁真は陶然としてきた。
「口開けて、そうそう」
 ブーケの言うがまま、されるがまま、嫌じゃない、むしろ望んでいる……。
「一旦休憩しよか。乾かして色味みよ」
 筆が離れていく、声が離れていく、おとがいを抑えていた絆創膏だらけの温かな手が離れていく。自然と身を乗り出した魁真に、ブーケがくすくす笑った。
「なんや、ちゅーしてほしいんか?」
「言われなくとも、こっちからしてやるよ」
「へ?」
 次の言葉を待たず魁真はブーケの唇を奪った。ああ、これこれ、この感覚。筆なんかでは味わえない生身のぬくもり。溶け出して境目もわからなくなる唇。ゆっくりと引けば、ブーケの唇には自分の紅で色づいていた。
「せっかく人がいい感じに仕上げたのに台無しにして」
「……紅は移すためにあるんだよ」
「ほお、カイくんええ根性してるやん。音をあげるまで仕込んでやるわ」
 ブーケが痩せた骨ばった指先で魁真の目元をなぞる。
「ここにも紅入れようか。玉虫の輝きを」
「お好きにどうぞ。店はかまわないの?」
「どうせ誰も来ぃひん」
「なら心ゆくまで」
「おおきに」
 ブーケは新たな筆を咥えると、末摘花を溶かしだした。ゆるゆる滴る紅。その薄い唇へ、目元へ、一刺し。

  • ブーケと魁真の話~紅遊び~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2020年05月17日 22時05分
  • 登場人物2人

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