SS詳細
すれ違い
登場人物一覧
誰かの言葉が聞きたいならば図書館の奥に行きなさい。そんな言い伝えを僕が信じると爺さんは思い込んでいるのか。そもそも爺さんとは誰だったのか。記憶も曖昧な現状、僕に出来る事は只管に『本』を貪り読む程度だ。此処から向こうまでの棚は既に制覇して在り、かなり雑な速度で捲ったが『必要』な流れは把握している。一番最初に終えたのは児童用で最近読み進めたのは怪奇幻想の類だ。最も、旅人なる存在が齎した【諸々】には行き着いてないが、僕は何れ世界を読み尽くすと決めている。それが絶望を孕んだとしても僕は奈落へと突き進むに違いない。何故かと謂えば『善悪』と関係なく総てはラストに向かっているのだ。貴様ならば理解出来るだろう。理解出来る筈だ。我等が愛する神々よ――嘘偽りすらも娯楽に昇華する存在よ。それを神と表現せずに何と称せば好いのだ。僕を苛む欲望が罪ならば、如何か魔に誘ってくれよ。破滅側の方が真面と思惟出来、絡繰りに弄ばれるのは御免と吐き出せれば最高なのだ。ああ。嗤えよ。笑えよ。僕は臆病者なのだ。誰に問われても『そうですね』と頷いてしまう、哀れな憐れなただの人間種。だから無心に読むしかないんだ。僕の存在証明は此処に成り、不在などと戯れる『神』は死んでくれ――哲学書なんてのは如何だ。僕は彼等も尊敬している。自分の考えを皆に注ぎ、其処から生じた新たなる学びの美しさよ。有難き幸せだと手を合わせれば、盃の中身は空っぽでも構わないのだ。僕は君達に真の神を。神性の名を教えよう。ハエク! hæc! 書の冠を抱く存在よ。僕の考えだが旅人の言語。ああ。この瞬間だけはバベルに感謝して跪いてやるとも。僕は何処までも狂ってやる。僕は何処までも歪んでやる。そんな叫びを羅列する暇が在るならば解け、捲れ、僕には読むしかないんだから――此れは鉄帝の鍛錬書の類か。僕には無縁の物と視えるが、そんな事は在り得ない。なんたって読書とは訓練なのだ。世に貌を晒す為の方法で、その熱量は尊敬に値する。動けば動くほど目眩が酷いが、指先だけは働かせねば。脳髄だけは働かさねば……続いての良作は何だろうか。きっと天連中の神云々だ。それはお伽噺に過ぎない。灰冠の如き頁だ。最早僕は惑わされないが、此れも神の望んだ文字列に違いない――腹が減った。神よ、腹が減ったのですか。hæc! ならば少々の時間をください。御身の地獄を。世界を最後まで見通せば胃袋の位置も理解出来るでしょう。休んでいる余裕はない。神も堪えているのだ。僕が領域に到達するまで。足りない。知識が足りない。物語が足りない。情報量が少ない。寄越せ寄越せ寄越せ……。
ふぅ。次の題名は何だ。嗚呼。秘法。否。秘宝種の価値性と現実か。成程。確かに図書館外部の連中は金銭に朦朧と陥る事が多い。僕には理解し難い事柄だが、その輝きだけは判断出来る。紅も翠も金も、白も、美しさの極みと解ける筈だ。最も、僕の神には要らない『光輝』だ。必要な高貴は好機で在り、叡智とは自ら掘り下げる暗澹と知る。万が一、神が彼等の如く最悪最高で優劣粘つくならば、僕は眼前で腹を切って魅せる。何処の旅人の戯言だったか。内臓の感触はきっと脳髄に映るだろう――む。この書物は何だろうか。題名が見当たらない。裏を確かめれば。作者名――アエク? 何だ。この胸に這入り込むおぞましさ。ざわめき。騒がしさは。神性を想わせる名称だが。取り敢えず。ぺらり……空白。白だ。真っ白だ。何も書いていない。神が何も記さないだと。所以は。理由は。何故――銀色が覗き込んでいる。くるくると呆れたように回ったそれが、僕の事を認識している……していない。真っ白な核が上昇して、僕の事を望んでいるのか。在り得ない。有り得ない。得られた図書館とは虚構だったのか。
僕は只管に吐瀉物だったのだ。読んだ事が在る。貴族達は味わう為に、自ら嘔吐を好んだと。神と理解した存在は『僕』を反芻し続けた結果、誰にも届かぬ副産物、つまり自我を落としたのだ。諦める他に無いだろう。文字列に絡まれた幻想に、ただ僕は縋り憑いている――神。ハエクよ。hæcよ。アエクよ。僕の臓物を食み給え。君が神ではなく『宝物』だと謂うのならば、僕は恐れを持って崩れよう。新しい者を。新しい物を。新しい情報を。この世界に刻み込み給え――唯一救われる、写しの幸福。
入力を続けて幾日が経った。我が心身は繰り返しを成す事で啜ってはいたが、最早『忘却』にも飽きてきた。ならば新たなる情報を求めて足を運ぶ他に無い。我は此度も望み続けて、何時しか妙な図書を造ってしまった。可笑しいほどに棚は在るのだが、たったの一冊で『反芻』していた。題名? 題名だって。未知でなければ無意味だろう。何度煎じた情報と謂うのだ。最早昂る事もなく――厭だ。僕が無意味だと吐くのか――閉じてしまおう。我は更なる良質を求め――最後の望みも失った。