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落乱々
登場人物一覧
背景――此れは背景から始めるべき物語で、ただ茫々と戯れる後ろが見えていない。如何しても僕が此処に個々で訪れたかった所以は、誰に訊いても理解出来ないだろう。たぶん。そう。数週間前に誘われて、乗った結果がウネリに違いない。人間に誘われたのか別の何かに誘われたのかは理解し難いが、筆舌出来ない想いと思いが重さと成って中を蹂躙している。吸血鬼とやらは招かれねば這入らぬ規則を有すが、彼等はそんなものを知らない。何が原因で希望を吐き出したのか僕は最初から咀嚼している。そうだ。瓶詰の優しさをこぼしてしまった、ころころ戯れる凹凸の行き先。彼岸の類を足で踏み、只管に石を積むような錯乱状態。ざわざわと騒がしい子供達が居たならばどんなに有難い事だろうか。現、僕は僕だけの者で物で、モノモノ煩い蠅じみた声に抱擁されている。欲しがりな奴等め。目玉も芽も生えない出来損ないのクセに。こちらを大事にするのはいけないが、何方でもない此処はもっと要らない。入り口が在るならば脱せる筈なのだ。鬼の居ぬ間に洗濯などと謂うけれど、鬼が見当たらないならば洗濯も選択も放題と呑み込める。先ずは石積みを辞めて詰め込まれた瓶を探しに歩もう。立ち上がる――力が入らないのは気の所為だった。何も問題はない。僕は僕らしく此処から抜けて、ああ、もしかしたら元の世界に戻れる『みち』かも。なんて絶望は塵箱に破棄してしまえ。まだ奈落からは這い上がれず、悶々と門に近付かねば成らない。夢ならば本当に良かったのに。叩き起こす影の先端すら、触れないなんて。再度解いてみようか。思考回路に挟まった栞に問い掛けても頁や文字なんて示せやしない。だから再開を餓え、渇きながら不安定な腰を伸ばさねば。一歩、二歩、三歩……何かの遊戯の如く僕を動かして遊んでいないか、君達。つまづいた。ぐらりぐらりと世界が喰われ、崩れ、僕は何処に墜ちていく――暗黒。挨拶する暇はなく肉体が淵へと苛まれる。巨大な芋虫が唾を吐き付け、強烈な臭いが総てを哄笑していた。星々を喰らう口にでも食まれたような、融ける気分が二色に映る。鬱々と夜が浮上すれば世は何時までも絶えられない。だから僕は落とした。こぼした『だけ』なんだ。君達はその程度で怒り狂うのかい。神がその性質を問答すれば、病的な落下は中途半端に詰まるだろう。そうか僕は脳天からでは在らず、足元から衝撃なく着地した。楽しそうだね、君達は。酷いや……ほら。また同じ場所に連れてこられた。僕は石ころだと謂うのかね。
抓んだ石を茫々に投擲した。音は聞こえない。何も感触がない。眼球が勝手気儘に上へ右へ左へ下へ。落ち着いて呼吸を整えても現実は一向に悪い『渦』だ。僕は何に呑まれたのか。咀嚼されたのか。鵜呑みはよくないと説き正すべきだ。はぁ……息を吐いて再度積み始める。罪を重ねたと君達が笑うのならば、そうかい僕は罪人と頷こう。本当に一つに二人だと理解したのなら何方かを楽園に掻っ攫えば良かったのだ。魂を選り好みする鴉は輝きを重視する為に、態々地上へと降りてカァカァ叫ぶんだろうに。解りましたよ。判ってますよ。用事がないなら言葉を垂らすな。文句を吐かずに石を詰め面倒臭いなぁ君達――色彩感覚が曖昧なのは知っている。それ故に掴めと叩くんだろう。泣きたい。泣いて終わらせたい。誰がこんな仕打ちを成せるのだ。畜生……もう石なんて無いぞ。如何した救えよ掬ってくれよ、神も※も在るんだろうこの化け物な君達! そんな人には何もあげないよ。はは……意地悪だなぁ。怠惰にやらせてくれよ。忍耐強く此処に留まったら、ご褒美に甘い物をお願い。そうだ。瓶は何処に在るのか。見当たらないのは『それ』だった。隠すなんて君達はいじめっ子か何かなのか。今度遭った時は楽しい貌して園にしてやる。ぶぉん……石がたくさん戻って来たよ。摘もうよ積もうよ、詰まった世界の内側で。
拝啓――母へ。僕はまだ地獄と楽園の狭間に居ると思いたい。舌の上には何も乗せられず、強烈な飢餓感が圧し掛かっているのだ。在り方一個で二人分を補うなんて困難の極み。淡々と流れる川には不可視の化け物が漂うのだ。妖しげな蛆虫が紙を食んで、吸血鬼は何も無い僕を眺めるだけさ。ゼリー状の君達が何者か漸く理解出来た。竜だ。竜なのだ。竜の出来損ないなのだ。誰にも描かれず書かれなかった、不安定で不定形な最悪物ども。金平糖に誘われて。コンペイトーに招かれて。ただ、僕を掴まえる為に――名前はなんて謂うんだい。ハイドラ? ウロボロス? そんなものは忘れてしまった。だから僕を閉じ込める。僕も君達もずっと一人だ。そうだろ。独り。混沌に召喚された時点で『置き去り』にして終ったのだ。だから僕は罪深い。だから僕は積み続ける。墜ちて、落ちて、昇らされ。早くに、早過ぎて、葬られた感想は如何だ。一刻も早く戻らないと――階段を造れ。道導に足を。