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混沌剣豪七番勝負:一番目

登場人物一覧

すずな(p3p005307)
信ず刄
紅楼夢・紫月(p3p007611)
呪刀持ちの唄歌い

 ――天に月座す。木立の隙間から差し込む月光は蒼白く、鉄火場の予兆に月が青ざめたかのようだ。
 着物姿の一人の少女が、森の中、目を閉じて調息している。左手を、刀――『鬼灯』の鯉口を巻くように添え握り、右手は既に鬼灯の柄を取っていた。臨戦態勢である。
 少女の名は、『斬城剣』すずな(p3p005307) 。彼女はただ待っていた。――何をか? 決まっている。送りつけた果たし状の返事をだ。
 切欠となったのは些細なことだ。ラドバウの闘技大会、轡を並べ戦った蹌々たる特異運命座標イレギュラーズらの中に、一際目を引く剣士がいたというだけのこと。
 剣を持ち、それを頼みに生きる者の習性のようなもの。彼らは言葉よりも剣で語り、技を比べたがるように出来ている。戦の中に生きる修羅達の、どうしようもないほどに衝動的で、根源的な相互確認だ。
 すずなはその剣士に迷いなく果たし状を送り、こうして月下、指定の場所で好敵手が現れるのを待っている。
 ――まるで逢瀬の待ち合わせ。血は熱く滾り、鼓動高鳴り。それを押さえるように、一定の拍子リズムで息をする。待つ時間に比例し、高鳴る鼓動を御して抑える。
 ――刻限。ぴん、と空気が張り詰めた。殺気。
 すずなは耳を跳ねさせ、目を見開き視線を跳ね上げた。吹き流した墨のような雲が流れる濃紺の空。それを背景に、漆黒の翼と髪を翻し、落ち来た女が抜いた紅き刀が、夜裂くように閃を曳く。名乗りもない突如の奇襲。雷霆のごとき振り下ろし。
 しかしそれすら織り込み済みか、すずなの左手が鯉口を切り、まるで刀身が射出されたかのように鬼灯、鞘走る。銀光が鞘から迸り出たかに錯覚する迅駛の抜刀術が、天より襲い来た敵手を迎撃した。
 ――やいば打ち合い、鉄火散る!!


「なぁんや。今ので終わってたら楽やったんになぁ」
 くつくつと、艶然とした笑いが鳴る。軋り合う刃をすずなが押し返せば、女は翼を一つ打ち、宙返り二転して退がり着地。
 紅眼に漆黒の長い髪、その左目より尽きず、泪めいて血を流す美しい少女であった。修道女服に羽衣を重ねた一風変わった衣裳も、少女が纏えばぴたりと嵌まる。美しい容貌に似合わず、両手には刀と銃を携えている。その何れもを、手強く『使う』のであろうと、すずなは対手の力量を改めて推し量る。
「早く終わっては興も冷めてしまいます。折角ご足労戴いたんですから――打ち合いましょう。紫月さん」
 呼ばれた少女が――『呪刀持ちの唄歌い』紅楼夢・紫月(p3p007611) が、真っ直ぐなすずなの声に「ふ、」と息を漏らして笑った。
 不意打ちを咎め立てもせぬ。これは果たし合い。あらゆる手を使い勝ちを取り合う争い。卑怯も何もあったものか。すずなは高揚したように口端を自然、上げた。或いは本人すら意識していなかったやも知れぬ。
「すずな、推して参ります……!」
「真っ直ぐやねぇ、火傷しそぉ。――ほな、期待に応えんとねぇ。紅楼夢・紫月、相手させてもらうわぁ」
 片手に銃、片手に刀の邪流剣術。練り上げた技はいかばかりか。紅き刃紋の刀の切ッ先を、構えるすずなを示すように向ける。
 両者相対。距離七間余り。
 殺気の間を滑るように、木立を荒らす風が吹く!


 混 沌 剣 豪 七 番 勝 負

      勝負 一番目


    斬城天剣 すずな

        対

    呪刀唱謡 紅楼夢・紫月


 ――いざ、尋常に!!
「「勝負ッ!!!」」


 二声重なり弾けた刹那、すずなが踏み込んだ。
 踏み込みは神速。しかし一足で七間は埋められぬ。紫月はそれを知っていた。すずなは近接せねば攻撃を行えぬ。ならば距離を保ちまずは削るのが定石。地面を蹴り飛ばし紫月は後退、右手にした狙撃銃『黄昏』を振り上げる。
 すずなが目を見開いた瞬間、紅き光が迸った。立て続けに狙撃銃から放たれる紅き光は彼女の妖刀の斬光に似ている。――否、そのものだ。銃弾の代わりに『斬撃』を弾として放つのが魔銃『黄昏』の性質である。
「くっ!!」
 連射される『斬撃』をすずなは見切り躱し受け弾く。だが防御に意識を取られた分前進速度は落ちる。そこを衝くように紫月は更に『斬撃』を連射。
「そうやって亀みたいに守りを固めてたら、私には追いつけへんよぉ?」
「――承知の上です!」
 挑発するように言う紫月に、しかしすずなも負けてはいない。すゥっと息を吸い、靴の踵で地面を抉る。
 ――吹くは太刀風!!
 飛来する斬撃のその僅かな隙間を縫い、すずなは稲妻めいて駆けた。何という速度、何という疾速の踏み込みか。宙に描かれる鬼灯の銀光が、放たれた黄昏の飛斬撃を刹那の間に打ち落とす!
「やるやないの――」
 連射の手を緩めず『斬撃』を放つ紫月だが、断ち風纏い駆け来るすずなを前には距離を詰められるばかり。潮目かと見切り足を止め、
「――けど、これは受けられへんやろ?」
 不吉に縦に割れた赤の瞳の瞳孔を、ぎらり猟奇的に煌めかす。
 渾身の気魄を込め、紫月は銃爪トリガーを引いた。――射出されるは斬撃、しかし、数が違う! その瞬間、駆け寄せるすずなを、『斬撃』の嵐が襲った。
「ぐっ……!」
 先程まではただの単射。しかし此度の一射は、『斉射』。散弾銃めいて拡散する『斬撃の嵐』である! 一際強く力を使う上、近接せねば散逸してしまい威力も薄れる使いどころの難しい一射だが、猪突猛進に駆け来るすずなには効果覿面の手であった。
 散弾めいた斬撃を全て受けきれるわけもなく、すずなの全身から血が飛沫く。致命傷だけは避けたものの、たまらず速度を緩めるすずなに、紫月は今度は自分から飛び込んだ。
「これを受けても太刀合い、楽しいって言うてられるかねぇ。――紅蓮山茶花。受け流せるもんならやってみぃ」
 白刃の間合いに入る一瞬前に紫月が刀を振り下ろした。瞬刻、その切っ先から斬撃が『飛ぶ』。魔剣、紅蓮山茶花。放たれる斬撃はその射程が拡張したかの如くに飛び、敵の身体を裂いて紅蓮の血飛沫を舞わす。故に紅蓮。紅蓮山茶花。
 一瞬で放たれた飛斬撃の数、八。蹈鞴を踏んだすずなであったが、しかしそれを前にして一歩も退かぬ。
「――そう、そうです! この変則剣を受けたかった!」
 傷つき血を流して、隙にねじ込むように放たれた変幻邪剣。――それを前にして、しかしすずなは笑う。刀を振るい戦う事こそ、剣に生きる者の本懐なれば。
 迫る飛刃を前に神速納刀。すずなの靴裏が地面を咬む。身体を捲いて力を溜め、すずなは空気を引き裂くような呼気と共に今一度、鬼灯を鞘走らせた。
 銀光瞬閃、抜刀・蜃気楼。
 夏の日に見た幻の如くに走る銀光の残像が幾重にもゆらめいた。抜き打ち一閃かに見えた抜刀術が、幾重もの斬閃を束ねているかのように、紅蓮山茶花の飛刃の嵐を叩き落とす!
「なら――もっと近くで見せたろうやないの!」
 凄烈なるすずなの抜刀術に紫月もまた己が本領を開帳する。左手、妖刀『紅蓮時雨』の刃を紅く閃かせ、踏み込みから袈裟斬り一閃。すずながそれを受け、刃を逸らして流す。
 紫月の身体が泳ぎ体勢が崩れる。そこを狙いすずなが刀を返して斬りにいくが、――しかしその隙はブラフだ。視線誘導。紫月は生まれた隙を右手の狙撃銃で消した。銃爪を引くなり至近より射出される『斬撃』!
「!」
 咄嗟にすずなは退がりながら『斬撃』を弾く。紫月は崩れた態勢より翼を打ち身を捻って回転、常人に在らざる速度で身を廻し、紅蓮時雨を一瞬で参合振るう!!
 わずかに空いた二者の距離に、紅蓮の爪めいた飛斬撃が三打ねじ込まれた。常人ならば退がって然るべき所、しかしすずなはそれでも前に出た。飛斬撃を二つ叩き落とし、一つは髪の一房を持って行かれながらも掻い潜り、爛々と、あの月よりも尚蒼い眼を煌めかせて!
「この刹那に、死中に活を――見極めてみせます……!」
 楽しくて楽しくて仕方がないのか。傷の痛みすら忘れているような動き。紫月の絶技を見て、恐れるどころか尚猛る。
 ああ、こういう修羅がいるから――
「ええねぇ……やっぱり、剣戟は楽しいわぁ!」
 やはり斬り合いは止められぬ。
 駆け来るすずなに向け銃口を跳ね上げる紫月。しかし紫月が銃爪を引くより早く突き出されたすずなの剣先が、間一髪で銃口を逸らした。明後日の方向に射出される『斬撃』。
 銃の射程の内側に潜ったすずなが、刀を翻し紫月の胴を狙う。紫月は紅蓮時雨と黄昏の銃身を交差させてそれを受けようとしたが、しかし銀閃揺らめき――
「――はああぁっ!!」
 抜けた。如何様めいて、すずなの剣が紫月の守りを擦り抜ける。魔剣、抜刀蜃気楼。抜けた刃はしかし紫月の身体に到っては幻にあらじ。振り抜いたすずなの一閃が、紫月の身体に左
脇腹より入り、その身体を深く裂く!!
「く、ッぅ……!!」
 甚大な傷だが、紫月とてまた刃に生きる修羅である。腸が零れそうになるほどの深い傷を負えど、彼女の冷静さは消えない。靴裏で地を噛み、刀を振り抜いた姿勢のままのすずな目掛け天雷の如く刃を振り下ろす。刃を返し、すずながそれを受ける。最初の一撃を彷彿とさせるぶつかり合い。
 紫月の紅い視線と、すずなの蒼い視線が、寸刻宙で交錯し、まるで火花を散らすよう。

 最早両者声もなく、刃振るって太刀廻る。
 
 鬼灯が、紅蓮時雨が、そして長銃、黄昏が、まるで蜻蛉の羽めいて振るわれた。月光受けて光る刀身と銃身が、激しくぶつかり合って火花を散らす。周囲の木立より落ち来る葉さえ、二人の間近に寄れば微塵に断たれてはらりと散る。最早、紫月とすずなは一つの嵐であった。余人近寄ること叶わぬ、凄絶絢爛たる刃の嵐である!!
 一際強く剣噛み合い、紫月が再三黄昏の引き金を引いた瞬間、すずなが飛び退きそれを避ける。両者の間に開く距離三間余り、彼女らからすれば一足で埋まる距離。
 両者ともに息を吸い、その一瞬に渾身を込めた。同時に、踏み込む。
 紫月が放つは紅蓮山茶花、その全霊真髄。一閃が枝分かれ分化し、ただ一撃で敵を微塵に裂く――一閃にして無数、繚乱たる魔剣。紅蓮山茶花・狂い咲き!
 広がる凄まじき紅飛刃の嵐の中を、過去最速を更新して踏み込むすずなが放つは己が最速の隠し球。剣先光り、――その光が四つに分化する。
 霞絶刀。魔剣・四段突き。いかなる術か、全くの同時に『四打』の突きが紫月の急所を狙って放たれる。
 ――交錯。両者の技がぶつかり合った。すずなの全身が先程にも増して深く多く裂け、紅蓮山茶花の名に相応しき血煙を描く。一方四段突きに貫かれた紫月もまた四所より血を散らし、その口から血を迸らせた。
 交錯より一瞬後、ざ、と両者、足を止め、背を向け合ったまま一瞬の沈黙。
 振り返ることも言葉を発することもなく、一呼吸の間を置く。――両者ともに解っていた。
 今宵の幕は、これにて決着である、と。
 一際強く、二人の剣鬼の身体より、血が飛沫いた。

 ――勝負あり。
 
 どう、と膝が地面に着く音が一つした。
 いずれ劣らぬ剣鬼の立ち会い、最後に立っていたのがどちらだったかは――
 ああ、今も見下ろすあの蒼い月だけが知っている。

  • 混沌剣豪七番勝負:一番目完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月10日
  • ・すずな(p3p005307
    ・紅楼夢・紫月(p3p007611

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