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零と武器商人の話~力と理由~

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 ステンドグラスの天窓は気まぐれな日差しを投げかけている。店内は閑散としており密談をするにはもってこいだった。糸目の青年はコーヒーをもちあげ、それが湯気を立てなくなっていることに気づいた。それほどに沈黙は長かったのだ。
「本気なんだね?」
 沈黙していたそのモノ、武器商人は確認をくりかえした。青年は、何か思い詰めているのか膝に置いたほうの拳を固く握りしめている。ここはカフェ。どこにでもあるカフェ。レトロな雰囲気だけが売りの、目玉商品もなければハズレもない、すみっこには地虫がくつろげるようひらべったく冷たい石が置いてある。そんなありきたりなカフェ。ああ、と青年はもういちどうなずいた。
「俺に魔術回路を埋めこんでほしい」
 武器商人が知るかぎり、青年、零は明るく前向きで、そして飢えと痛みと悲しみ、不幸を嫌ったはずだ。なのに自ら望んで違う世界へ踏み出そうとしている。
「キミが望むならばそうしよう。確かに我(アタシ)には簡単なことだし、キミさえその気なら大の付く魔導士に仕立て上げてあげてみせようとも。ただどうもね、キミのモノガタリはそっちへ進んでいないように視えるんだがね?」
「モノガタリ?」
 零は意外そうに顔をしかめた。武器商人は微笑んでいる。知っているぞ、これは、小動物をいたぶる猫の目だ。
 零――本名「上谷・零」。名は体を表すがごとく、混沌へゼロの身で召喚され、飢餓に苦しみ、貧苦にあえぎ、神の恩寵でもあるギフトで得たフランスパンだけが命綱。そうやって彼のイレギュラーズとしての道のりは始まった。それはイレギュラーズらしく平坦でも安穏でもいなかったが、傍から見れば穏やかな零の性格のとおり、日の当たる道を歩いてきたと言える。チトリーノのブレスレッドは今も彼と彼女の共通のお守りで、こうして武器商人と面談している際にも裾からちらちらと見えている。
 対する武器商人自身は、零の望みに強く興味をひかれていた。衣装を仕立てるように、この青年の全身へ数多の魔術回路へ縫いこんだならば……何が似合うだろうか。繊細な魔方陣の連なりだろうか、漆黒の刺青だろうか、花鳥風月を背中に、はさすがにやりすぎか。うっとりと妄想へひたるは楽し。まだ何も知らないような肌へあれこれと美しく効率的にその身の一部が変貌するまで魔術回路を刺していったならば、その結果はどうなるのだろうか? 彼は狂うか、目覚めない眠りに落ちるか、それとも見事に御してみせるか。想像するだに食指が動く。かの白狐の眷属から「本人の意向をきちんと確認するように」と釘を刺されたのも無理からぬ話。
 しかしそれと同じくらい、自身の歩んできた道を、自分の意思といえど違えようとするのは「うつくしくない」、そう武器商人は感じた。ブランデー入りの紅茶のカップをもてあそび、零と彼の望みを結び付けようとするが、どうにもうまくいかないでいる。
「体内へ異物を入れるのは、見知らぬ他人と突然同居するようなものだよ?」
「わかってる」
「ならば聞こう。キミはどうありたい?」
「強くなりたい。今のままじゃダメなんだ」
「聞き方が悪かったようだね。強くなって、どうしたいんだい?」
 零は簡単に言葉に詰まった。三白眼が振り子のように左右に揺れている。
「……そ、それは」
「即答できないなら、こちらとしてもどんな術式を埋めこめばいいのか判断しかねるよ。お任せコースにするかい、ヒヒヒ、キミを獣に変えることだってできるんだよ我(アタシ)は」
「獣って……でも、そっか、そうだよな……」
 頭をかいた零は困ったように笑った。いっそ、そうなったほうが楽かな、なんて一瞬でも頭をかすめた自分がいた。
「まあ、ゆっくり話そう。コーヒーが冷めてしまったね。今日は根掘り葉掘り聞く代わりに我(アタシ)のおごりにしておこう。好きなのにおし」
「え、いやいや、相談もちかけたのはこっちだし、悪いって」
 一瞬、素の表情が出た零の反応に武器商人は内心まだまだだねと思った。いまだ決めかねる様子の零の心臓を切開したら、何が飛び出すのやら。その深層心理に隠しているようでいまいち隠せてないものを、白日のもとへ引きずり出したい。そう考えるのは嗜虐的に過ぎるだろうか。とはいえ、彼の望みを前向きに検討するならば、まず零自身に背筋へ一本芯を入れておいてもらわねばなるまい。
 零は冷めきったコーヒーへ砂糖とミルクをやけっぱちにぶちこんでスプーンでぐるぐるかきまわした。溶け残った砂糖の感触がざらりとまとわりつく。
「……強くなりたい」
 独り言のように、小さな声で嘯く。かぼそい声音とは裏腹に確固たる意思を感じさせる。ただ、それはまだ芽生えたばかりの双葉のようで、どう育っていくのか自分でもわからないようだった。武器商人は零のその様子に、ふむと顎をつまんだ。
「では質問だ。無人島に一つだけ持っていくとしたら何にする?」
 ん? と零は首をかしげた。有名な心理クイズだ。答えは零も知っている。何を一番大事に思っているか、だ。ふと彼女の面影が頭の隅をかすめ、零はかぶりを振った。無人島になんて連れて行ったら、しんどい目に逢わせるだけじゃないか。それは嫌だ。
「フランスパンなら出せるから、水をたくさん」
「うん、なかなか実用的でよろしい。次、大事な人が大きな川の向こうに立っている。あたりには船や橋がなく泳いで渡るしかないが川は急流で流されそうだ。キミはどうする?」
「どうって、諦めるわそんなん……」
「ヒヒヒ、意外と意気地なしだねえ」
「ほ、ほっとけ! というか、武器商人、意外と俗な質問するんだな!」
「ヒヒッ、なんのことやら。では次だ。想像してごらん、荒涼たる野を、見渡す限り誰もいない、何もない」
 急に質問の毛色が変わった。
「うん」
 素直にうなずく零。彼の脳裏には、果てしなく広がる孤独で不愉快な景色が映し出されていることだろう。
「目の前に敵が――ゴブリンとしよう。ゴブリンが五匹いる。ここまでは問題なかろ?」
「うん」
「倒せるかい?」
「ゴブリンだろ? 倒せる、と思う」
「わからないよ。数は脅威だ。キミの身のこなしで避けきれるかい? 回復してくれる人はいないし、一緒に戦ってくれる人もいない。狙った相手をかばわれて、各個撃破を阻止されたり、ダブルブロックされて身動き取れなくなったところを簀巻きにされるかもしれない。キミはどうする?」
「え、それは……」
 相手こそゴブリンだが、指し示された状況はいわゆる絶体絶命のピンチだと零は気付いた。敵に翻弄され、なすすべもなく、待っているのは――いやだ、考えたくもない。零は大きく息を吸い込んで言った。
「……最後まで戦う」
「ほう。どうやって?」
「わからない。でも諦めない。諦めたくない」
「どうして?」
「帰りたい、から」
 なるほど。そう武器商人がうなずいているのが見える。零は突然羞恥に襲われて耳まで赤くなるのを感じた。見透かされるとはこんな感覚なのだろうか。
「生存第一、というところかね」
 あーともうーとも、零はなんともつかない声をあげていたが、やがて両手をあげて降参した。
「そーだよ。死にたかないんだよ! 結局それだよ、笑えよ! 戦場なんか行きたくないんだ本当は。それでもなんとかしようと思ってギフトで武器や防具作ったりしてるけど、さすがに限界を感じて相談したんだ」
 だって自分の身だけでいっぱいいっぱいになるような現状で、あの子を護れるもんか。認めざるをえない、悔しいけれど。意外にも武器商人は真面目に応じた。
「生への執着は勝利への第一歩だ。試合に勝って勝負に負けたなんてよくある話だろぅ? キミが戦場へ身を投ずるなら、意識しなくてはならない基礎中の基礎だとも」
「……そうなんだ」
 零はまばたきをした。てっきり笑い飛ばされると思っていたのに。ずっと弱気だと思っていた自分を肯定されたようで、すこしうれしかった。
「では方針は決まった。まずキミの身を守る魔術回路を少々」
「えっ、そんな軽ーく決めちゃっていいの!?」
「そっちこそ難しく考えすぎだよ。帰りたい場所があって、護りたい人がいるんだろう?」
「え、あ、ああ、うん……うん、そーだよ!」
「なら強化系の魔術は覚えておいて損はなかろ? 何しろキミは剣になりたいと思っているのだから」
「剣、俺が?」
「違うかね?」
 違わない。武器商人が探り出した内面は確かに零の心の叫びだった。あの子を、好きな子を護れる剣になりたい。頬が熱い。零は我知らず顔をそらした。武器商人は笑いながら続ける。
「それからキミのギフトを拡張する回路を組もう」
「ギフトを?」
「慣れている物のほうが制御しやすかろ?」
「あ、そうか。確かにギフトでパンを『出す』ことは感覚的に出来るし、現に疑似刀とブールの盾を召喚してるしな……」
「それを手元だけでなく、遠距離へ『投影』できるようになってみたくはないかい?」
 頬杖をついた武器商人が、睦言でも囁くように呟いた。
「『投影』? なんだか難しそうだな」
「いやァ、簡単だとも。さっきのゴブリンの例えを引くならば、手元へパンを出す感覚はそのままに、彼らの真上へ千本のパンの雨を降らせる。想像してご覧?」
 木刀の如き頑丈なフランスパンの雨あられ、それはきっと槍よりも鋭く敵を串刺しにするだろう。一対多の戦闘もこなせるようになるかもしれない。
「そう、だな。『投影』は小説とかで読んだことあるし、イメージしてみると……案外できるようになるのか?」
「そのための魔術回路だよ。万事任せるといい、キミにその気概があるのならね、ヒヒヒ」
 零は薄目をあけ、三白眼でカップを見つめた。そして甘ったるいコーヒーを一気に飲み干した。どろりとした砂糖の粘つく感触が喉を伝わり落ちる。やがてこれも自身の血肉に変わるのだ。空のカップを乱暴に置き、零は武器商人を見つめた。
「受けて立ってやるよ」

  • 零と武器商人の話~力と理由~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月07日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・武器商人(p3p001107

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