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お姉さんは、導きたい。
登場人物一覧
- シルフィナの関係者
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季節は秋。じきに収穫祭が催され、大陸中が賑わう頃。
メイド見習いのシルフィナを手伝える機会にウェンディは浮かれていた。苦手な赤毛のメイドの不在を確認して台所に入れば。
「ウェンディ先輩」
小鳥が囀るような可憐な声。穢れを知らぬ新雪に似て、これから花開くつぼみのようなシルフィナ。大きく円らな瞳が、ああ、なんてあどけない……! ウェンディは慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「シルフィナちゃんを手伝いに来たのよ」
ウェンディの胸中では欲が渦巻いていた。ああ、大好きなシルフィナ。あえかで未成熟な白い手。危うい手つきで一生懸命芋の皮を剥いて、なんて無防備なの。
「シルフィナちゃん、頬に皮がついているわよ」
「あ」
つつ、と指を滑らせて優しく皮を取ると、シルフィナは拭われた側の目を細めて擽ったそうな顔をした。
(愛らしい)
「肩に髪が」
「ありがとうございます」
さりげなく肩口に付いていた抜け髪を払う振りをして回収し、ウェンディは話を振る。
「そうそう、シルフィナちゃんに似合いそうなぱんつを買ったの。あとで渡すわね」
使用人達の賄いを作りながらウェンディは息を吸う。ああ、シルフィナちゃんの薫り――、クンカクンカしそうになるのをグッと堪え、表面上は慈愛に満ちたお姉さんの顔をしたウェンディは幸せを噛みしめた。
「ぱんつ。いつもありがとうございます。多くて履ききれないほどです」
「うふふ、そうなの? なら、新しいぱんつを渡す時に使用済のぱんつと交換ね」
「捨てるには、まだ新しくてもったいないように思うのです」
「大丈夫よ、有効に活用するわ」
「新しいぱんつには、ねこちゃんぱんつもあるのよ」
これは、チャンスかもしれない。ウェンディは常々思っていた願いを口にしてみた。
「にゃーお。はい、シルフィナちゃんも」
猫の鳴き真似をして、自然にフリをする。表面上はとてもおっとりお姉さん然としたウェンディ。その胸では鼓動がトゥンクトゥンクと鳴っていた。ここに苦手な赤毛メイドが居なくてよかった、とウェンディは心の底から思った。
シルフィナは一瞬きょとんとした顔をしていた(ウェンディは心のアルバムにその表情を深く刻んだ)が、やがて純白のフリルを躊躇いがちにゆらして片手を顔の横に持ち上げ、にゃんこのポーズを取った。薄い桜色のくちびるがおずおずと音を紡ぐ。開いた隙間から真珠のような白い歯が覗いて。
「……にゃー、です?」
(シ ル フ ィ ナ ち ゃ ん !)
心の中で喝采をあげ尊さを噛みしめ悶絶するウェンディ。
すう、はあ。
ふっくらとした豊かな胸が上下する。深呼吸はゆったりと気を落ち着けて、落ち着いたお母さんのような顔でウェンディは愛情深く微笑んだ。
「あらあら。可愛らしいシルフィナにゃん」
「すこし、はずかしいです」
滑らかなミルクみたいに色白の頬がピンクに染まる。シルフィナが眉を微妙に下げて恥じらうようにもじもじと手を下げた。
「まあ。恥ずかしがり屋さん」
(シ ル フ ィ ナ ち ゃ ん !!)
心と顔の温度差で風邪を引きそうなウェンディである。
ウェンディは、シルフィナが大好きなのだ。元々子供好きではあった。
(シルフィナちゃんが可愛らしすぎて)
鮮明に思い出すのは、シルフィナがメイドとして屋敷に来た際の幼さ。頼りなさ。いたいけな瞳……! 母性愛と保護欲が掻き立てられ、ウェンディは少女愛者になったのだった。
赤毛のメイドはそんなウェンディを「理解」しているのだが、ウェンディに言わせれば「それは違うわ」となる。
(自分のモノにしたいとか性的に抱きたいとかは思ってはいないの。穢さずに手取り足取り教えて導きたいと思っているのよ)
シルフィナを穢そうなどとんでもない。ウェンディは優しく頼れるお姉さん(先輩)として新しいぱんつを買い与えたり、洗濯に出したぱんつを回収しクンカクンカ嗅いだり、大事に仕舞ったり、シルフィナが散髪した時の髪を回収して煎じてお茶にして飲んだりしているだけだ。
シルフィナにはそんな行為の数々は知られてもいない。「子供好きの頼れる先輩」として好評価なのだ……!
(穢したりしないわ。むしろ――守ってあげる。導いてあげる……)
ウェンディはそっとシルフィナが剥いた芋の皮の臭いを嗅ぐ。
「先輩?」
どうか、しましたか。純粋無垢なシルフィナが雛鳥のように小さな首をかしげてウェンディを見上げる。なんて細い首だろう、とウェンディは心配になってしまう。
「まさか、毒が仕込まれていたり……」
「あら、いいえ。大丈夫よ――、」
(いけない、不安にさせてしまったわ)
ウェンディはおっとりと笑む。聖母の如き微笑みは春色の艶髪に彩られ、目にする者を老若男女問わず安心させるようなあたたかみに溢れていた。
シルフィナはそんなウェンディに素直に頷く。
シルフィナにとってのウェンディは、大人の女性だ。外見年齢は人間でいう二十代半ば。幻想種らしく耳は細く長く、優美。以前そぉっと触れさせてもらった時は、ふにっとして先っちょがとても柔らかかった。ゆったり、穏やかでマイペースで、包容力のある人柄を顕すみたいだと幼心に想ったものだ。
柔和で女性らしく、仕事も効率的に処理できる人だった。左脚が義足だで兵士として生きた過去があると聞いた時は、先輩の繊細な部分をちらりと覗き見したような気がして子供心に胸を突かれたものだった。
「ん……」
少し背伸びをするようにしてシルフィナは食器棚に手を伸ばす。
気を付けて、と優しい声が背に零れて、ウェンディが未熟な自分をしっかり監督してくれているのだとシルフィナは感謝の気持ちを抱いた。
台もあるわ、と示しかけてウェンディは口を噤む。少しのつま先立ちでちゃんと手は届いている。シルフィナを最近観察していてわかったのだが、幼いシルフィナはウェンディが苦手とする赤毛の丸眼鏡メイドを慕っているようだった。そして、彼女のお眼鏡にかなう振舞いができるようにと背伸びをしたり努力したりしているのだ。
(なんて健気でいじらしいの)
ウェンディはうっとりと目を細める。眦が淡く欲に濡れて頬は婀娜やかな薔薇色に染まる。
(それはね、もちろん。ピュアなシルフィナちゃんだもの)
けれど、認められたいと努力するモチベーションがあの眼鏡なのは少し悔しいわ……、とウェンディは悩ましく蠱惑的な吐息をついた。
「あの」
「あら」
至近に覗き込むシルフィナの瞳が見えてウェンディは「はぅ」と息を呑む。いつの間にかしゃがみこんでいたようだ。
「ウェンディ先輩、お顔が紅いです。目も潤んでいらして……」
どきり、心臓が跳ねる。
(心配をしてくれている!)
くふぅ、と悶絶するウェンディ。その胸中は知らず、シルフィナは心配そうに幼い手を先輩の額にあてた。
ぺたり。
柔らかく滑らかな手のひらの感触。
指が細い。成長途中で未だ穢れを知らぬ乙女の稚く優しい体温がじんわりと伝わって躰の芯に甘やかな痺れが産まれる。全力で萌え転がり、はすはすと手の臭いを嗅ぎたい、なんて叫び狂う自分が心の中に居る。だが、シルフィナに見せる表情は。
「あらあら、心配してくれたのシルフィナちゃん。優しいのね、ありがとう」
ウェンディは春花が綻ぶように優美な微笑を湛えて、貴婦人然としてメイドドレスの裾を摘まみ、ふわりと淑やかに立ち上がるのだった。