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陽の差す街へ
登場人物一覧
心地よい風が吹く。待ち合わせは幻想王国内の噴水広場だ。待ち合わせを行っている老若男女の中をすり抜けて、屋台で売っていたスナックを齧りながら千尋は何時もの通りの『イケてる』衣服に身を包み待ち人の姿を探す。
ジーンズに包まれた長い脚を組み、周囲を見回す千尋の目に映ったのは常の神子服ではなく可愛らしいシンプルな小紋を着用した寿の姿であった。水仕事で荒れた手を隠すように白い手袋をし、着物用のバッグを手にして周囲を見回している。
背の低い彼女が待ち合わせ場所で人を探すのも一苦労だと「寿ちゃん」と千尋はひらりと手を振った。喧騒の中、その声が聞こえたからかパッと表情を華やがせて顔を上げた彼女に千尋は可愛らしいものだと笑みを食んだ。
困って居れば何時だって助けてくれる優しいお兄さんという印象を彼に抱いている寿にとって、『待ち合わせ』で困っているときに手を差し伸べてくれるのは何よりもうれしい。
「あの、今日はお誘いありがとうございます……っ」
慌てて頭を下げ、嬉しいというのをその全身から表してくる彼女に千尋は子犬のようだと小さく笑みを漏らす。何時もよりも気合は十分、何を着ていこうかと頭を悩まし得くれたのだと思えば『兄』明利に尽きるものだ。
「ンじゃ、行こっか。逸れないようにな?」
「は、はい」
小さな歩幅で歩いてくる彼女の隣にしっかりと立って、「良ければジャケット掴みなよ」と揶揄うように言った千尋に寿はこくこくと頷いた。ローレットから与えられる任務での休日ではあるが――人の数が多くてどうにも逸れてしまいそうだ。
「伊達さんのジャケット、持っても良いんですか?」
「イーヨ、てか、デートだし?」
へらりと笑った彼に寿はくすりと笑う。「そうですね」なんて頷いて、そっと彼のジャケットを掴んだ後、あまり慣れない街並みに寿はぱちりと瞬いた。ゆっくりと歩幅を合わすのだって『デート』の基本だ。
『エスコートしますよ』と手を差し出せば、彼女はおかしそうに小さく笑ったものだ。巫女として従事し続け、水仕事ばかりを行っていた皸ばかりの掌で誰かの『所有物』を掴むのは少し気が引けたが、『エスコートを断るなんて、酷いオンナだぜ?』と揶揄われればおかしくなって手を差し伸べてしまう。
優しいお兄さんのその言葉に誘われて、あれよあれよと喧騒の中。可愛らしい雑貨が売っている店で寿がちら、と視線をやったのはつまみ細工や髪飾りが飾られたコーナーだった。
「寿ちゃん?」
「あ、はい……!」
雑貨以外にも衣類も販売しているのだろう。和服を着用する彼女に春色のワンピースも似合うと思うと千尋は差し出しながら「どう?」と問いかける。
シンプルな花柄のワンピースは可愛らしく、寿はじいと見ては戸惑いを隠せない。千尋はその様子を見ながらにい、と笑った。
「じゃあ、寿ちゃんの好きな服を教えてくれよ。それに合わせたのを選ぶぜ?」
「あ、いいえ……これもとっても素敵ですけれど。私に似合うかな、って……」
ちら、と千尋を見上げる寿は戸惑う様にそっとワンピースの裾を握る。可愛らしい花柄に控えめなフリルが甘い雰囲気を醸し出す。その愛らしさをまじまじと見た時、「あまり洋服は着慣れないものですから」と彼女の唇は紡いでいた。
「へえ? じゃあ、着てみる?」
「えっ」
「似合うゼ」
にい、と笑った彼に寿は戸惑ながらも大きく頷いた。千尋が「あれは?」「これは?」と選ぶものはどれも可愛らしい。プリーツスカートや、小物類を入れるバッグ、動きやすいシャツなど、ファッションアイテムを選び取りながら自身に宛がって「色はー」等と楽し気な彼を見て居れば寿もどこか楽しくなってくる。
ふ、と浮かんだ笑みを見て千尋は内心ガッツポーズをしていた。放っては置けない小さな子供の様な彼女を楽しませることこそが本日の最大のテーマだ。
「あの、伊達さん。これなんかは……?」
千尋にそっと寿が手渡したのはレザー生地のウェストバッグだった。普段の千尋のファッションにも使用できるそれは、彼女が棚をまじまじと見てやっとの事で選び取ったものなのだろう。
「へえ、イーじゃん! 寿ちゃん、センス、バッチリでアゲアゲだわ」
「そんなことないですよ」
ぱちりと大きな瞳を瞬かせてからくすくすと笑った寿に「じゃあ、選んでくれたの買ってくる」と千尋がひらりと手を振る。ワンピースだって、もしも好ましいと思うのならば買ってあげると微笑んだ千尋に寿は慌てたように手をひらひらと振った。
「ええ、そんな」
「出世払いでいいぜ?」
「ふふ、ならいいですね?」
「寿ちゃんのがエラくなっちゃうか、兄貴としては辛ェーなァ!」
からから笑って、寿の抱えていたワンピースと共にレジに向かった千尋に寿は口元が緩む感覚を覚えた。
店先で待って居れば、先ほどのウェストバックをしっかりと付けて歩いてくる千尋が手を振っている。
その手には寿のものと思わしきワンピースが入った袋が握られていた。
ありがとうございます、と言葉にしようとして、千尋の指先が言葉を遮るように頭をポン、と撫でる。
「わ」と思わず声を漏らしてからそろそろと目を開けば頭の上に何かの感覚を感じた。
「寿ちゃん、ほら」
その黒髪に花を添える。つまみ細工と梅と菊。シンプルなそれは普段より使用できるものだろう。
鏡の前に立つように促されて、飾られた花と千尋の顔を見比べてから寿はぱちりと瞬く。
「プレゼント。似合うって」
「……そう、ですか?」
「モチ。『兄貴』は嘘はつかないもんだぜ?」
ウィンク一つ。にんまりと笑った千尋に寿は嬉しそうに笑みを漏らす。見れば、値札はついておらず購入済みだと千尋は『デキる兄貴』の作法の様にそっと其の儘髪へと飾る。
「そンじゃ、次はコーヒーでも飲み行く? あ、レディには甘いケーキのほうがいいかな」
「ふふ、どちらへでも」
ありがとうございます、と柔らかに告げた言葉にウィンクが一つ振ってきた。
暖かに差した陽色の下で髪飾りが揺れている。そっと差し伸べられた掌に寿は僅かに目配せしてからそっと、掌を乗せた。