PandoraPartyProject

SS詳細

それでも、きっと

登場人物一覧

セリア=ファンベル(p3p004040)
初日吊り候補

 耳障りな音を立てて扉が開く。斜陽に照らされて、長く、黒い人影がまだら模様の酒場の床に形を結んだ。
 あるごろつきはその影を目で追い、そして鼻を鳴らした。小柄な体、幼さの残る顔立ち。どう見ても酒場には似つかわしくない。
「あんな『お嬢ちゃん』が何の用だよ」
「おう見ろよ、長耳だ」
「それでもガキすぎんだろ」
 セリア=ファンベル(p3p004040)はそんな好奇の目に晒されながら酒場に足を踏み入れた。
 視線を動かさず、真っ直ぐにカウンターへ。ごろつき共の戯言なんて一々気にしても何の特にもなりはしない。それをセリアは心得ていた。
「カルーアミルク」
 落ち着いた声で一言。酒が欲しいだけならそれで充分だ。
 グラスを磨いていた酒場のマスターはセリアを一瞥した。「まるで擦りガラスのような目だわ」とセリアは思った。

 程なくして、背の低いグラスが眼の前に置かれた。コーヒーリキュールとミルクが1:3。注文通りならばおおよそこのレシピで作られている筈だ。
 セリアは液体を口に含む。柔らかな口当たりと甘さ、漂う香ばしさ。冷たい液体が喉を通り過ぎる心地よさを暫し楽しんだ。
 それがアイスミルクコーヒーだとは露程も気付かずに。
「やっぱり、カルーアミルクはこのバーよね」
 吐息と共に漏れた声。カウンター近くの席から失笑が漏れた。マスターが素直にガキに酒を出してやる訳がないだろう、と。
 くつくつと歯の間から押し出すような笑い声。隣合った人から人へ、伝染するように広がる、あからさまな軽侮。それが向かう先は間違いなく自分だとセリアは直感した。しかし、その理由までは理解出来なかった。
 酒場のマスターはただ、変わらぬ無表情でセリアを見ていた。

 セリアが無関心を決め込んでグラスを傾けていると、やがてあるごろつきが「おい、よく見りゃこいつ、あの女だぜ……」と連れに囁いた。
「まじかよ、セリアってあの疫病神かよ……」
 セリアもイレギュラーズの一員だ。顔は知れている。ただし、彼女の場合はそのギフトのせいで一部良い知られ方はしていなかった。そして得てして、理解に乏しい者ほど悪評を無責任に吹聴をするものなのだ。
 やれ「浮浪児を手下にしてる泥棒の親玉」だの、「あいつに関わるとみんな怪我するらしい」だの。不快な囁きが長耳を擽る。ああ、理不尽な理由で自警団に追われたあの時の事かと、セリアは諦めの表情でグラスを揺らした。
 切っ掛けはいつも善意。けれど、後に残るのは散々な結果と悪評だけ。慣れている。いつものことだ。
 しかし流石のセリアでも、続く言葉には我慢がならなかった。
「……よく見りゃ悪くない体だな」
「尻が良い」
「あれで浮浪児どもを手懐けたのかね、ひひ」
 背中に悪寒が走る。どうせあばずれ。あれなら一晩いくら。聞くに堪えない下品な中傷は留まる所を知らず、やがてついに、一人の男が行動に移した。
 背後から漂うつんと鼻に付く酒気。腰を這う、生暖くて、ゴツゴツした大きな手。
 それが、セリアの限界だった。容赦のない肘鉄が酔っぱらいの横腹にめり込んだ。


 月も星も覆い隠された空の下、セリアは暗い夜道を濡れながら歩いていた。
「あいつ、泡なんて吹いちゃって」
 酒場での顛末を思い出して、セリアは鼻で笑った。頭の先からつま先から下着まで、総てぐっしょり濡れた不快感を誤魔化す為に。だが、深く傷付けられた自尊心までは誤魔化せない。
 帰ったら、いっぱい泣こう。そう思いながら足を動かすセリアの視界の端に黒い何かが写った。
 見れば、セリアと同じくびしょ濡れで、セリアとは比べ物にならないほどみすぼらしい男の子。座り込んで、丸めた背中を震わせている。耳をすませば嗚咽が聞こえた。
「どうしたの?」
 セリアは腰をかがめて、笑顔を作って声をかける。
 しかし、男の子は答えない。ただ黙って泣いている。
「ほら、男の子でしょ。お母さん心配してるよ」
 『それでも』セリアは辛抱強く男の子に接した。セリアだって誰かに慰めて貰いたいぐらいの状況だ。『それでも』雨に濡れて泣く子供を放ってはおけないから。『それでもいつか、きっといいことがあるから。』
 優しく手を引いて、立ち上がらせた男の子の体を抱きしめた。ひどく冷たく、頼りない、骨ばった小さな体だ。

 男の子はセリアの腕の中で泣いた。泣いて、泣いて、そしてやがて、何かを決心するような、或いは諦めるような、長いため息を吐いた。
 セリアがその意味を理解する前に、男の子は何かを押し付けてから飛沫を散らして走り去っていった。
「あ……」
 残されたのは、草臥れた革の長財布。子供が持つようなものではない。そう、丁度、通りの向こうから険しい顔付きで走り込んでくる大柄な男達によく合いそうな。
 いつだってそう。気が付けば貧乏くじを握りしめている。セリアは小さくため息をついた。
 それでも彼女が絶望しないのは、信じ続ける才能があるからだ。

  • それでも、きっと完了
  • NM名ゴブリン
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月08日
  • ・セリア=ファンベル(p3p004040

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