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されど変わらぬ日々
登場人物一覧
ライ・リューゲ・マンソンジュ。
嘘に嘘を重ねて嘘で塗り固めた女。
世界が平和になって、幾しばらく。
どうやら、世界が平和になったというのは、嘘ではなかったらしい。
毎日毎日、当たり前のように毎日がやってくる。
それは喜ぶべき事であるのだが――。
ライにとってみれば。
実になんとも。
代わり映えのしない毎日なのではある。
「今日も神に感謝を」
心にもない言葉が付いてでるのも、もうそれが『当たり前』になったが故か。例えば、自転車に乗るのに慣れた女の子が、バランスの取り方を意識しないように。意識せず共に紡げる感謝の言葉は、そこに心など乗っていようはずもない。
結局の所を言えば、全部はライであり、リューゲであり、マンソンジュであった。つまり嘘っぱちである。
では、ライの心の内に、何が浮かんでいたのか、といえば、昨日のギャンブルの負けのこととか、がんがんと頭に響く、二日酔いのことだったりした。この痛みに顔をしかめずに、しずしずとしてられるのは、我ながら大したものだ、と自画自賛の気持ちも湧いてくるというものだった。それから、素寒貧になった財布の中身のことも。思い返してみれば、おそらくイカサマだったのだろう。証拠はないが、きっとイカサマに違いない。なにせ、ライもイカサマをしていたのだからおあいこだったが、一方的にライが負けるイカサマなどはあり得なかった。つまり、相手は相当上手くイカサマをやったわけである。
殺すか、と、そう思った。盤上でイカサマを指摘できなかったのならば、それをゲーム中で殺すことはできない。でも、ゲームが終わったならば、因縁をつけて殺すことはできる。そうしよう。それで解決だった。なぁにがバレなきゃイカサマじゃない、だ。知ったことか。殺そう。まぁ、殺さなくても、腕やら脚やらへし折るか、いつぞや再現性ロンドンで拾った『楽しいおもちゃ』でもつかってやれば、泣きながら昨日の勝ちを吐き出すに違いない。
いや、むしろ、あのクズ、今夜の賭場に来るまでに金を使い切ってやいないか、ということの方が心配だった。となると、今すぐお祈りなど中断してカチコミにでも行きたかったのだが、そのためにも、二日酔いの痛みをなんとかしたかった。そうなると迎え酒であるわけだが、ああ、酒が飲みたい。とにかく――。
「シスター、マンソンジュ」
そう、神父から声がかかったので、ライはゆっくりと面を上げた。あたりを見てみれば、シスター達はすでに三々五々解散しているようで、つまりぼんやりとしている打ちに、随分と時間はたったのだ、ということだった。
「今日は随分と熱心に祈りを捧げていましたね。
とても良いことですが――何か心配事でも?」
「いえ」
と、ライはいつものように微笑んだ。
「神の慈悲、得られぬもの達へのいのりを」
「良い心がけです」
神父は嬉しそうに笑ったが、ライも嬉しかった。とりあえず隠れて迎え酒としゃれ込もうと思ったからだ。
こっそりと強めの酒を引っかけたら頭痛が抜けるものだったから、我ながら随分とシンプルなものだな、とライは思う。念のため、井戸水で数度うがいをした後、午後の読書会へと参加した。今日はいわゆる聖書の読書会で、皆黙々と書物に視線を移すのであるが、ここに至ってライは――真面目であった。静かにしていれば――そして本性を現さなければ――まさに慈しみの聖女、とでも言うべき外見のライである。そうなれば、端から見る分には、真摯に聖書の言葉に心を傾ける、淑女の姿が見えるに間違いなかった。実際のところ、聖書から学ぶことは多い。ライにとってみれば、聖書は詐欺の教本のようなものである。なぜならば、神の言葉とは嘘であり、その嘘から生まれた聖書などは、まったくもって、嘘のハウツー本のようなものであったからだ。
ほんとうに全く、死ぬほど不敬であるが、それはもう、ライなので仕方が無い。というか、それでこそライ、というべきだろうか。ただ、それでも、こうして静かに読書にいそしむというのは、以前のそれに比べれば物珍しいものであり――そういう意味では、永い戦いの果てに、自分も変わったものだな、等と、ふと思う。
何が変わったのだろう、といわれても、自分ではよく分からない。ただ、確実に、何か心境の変化は訪れていて、それは今の自分に表れているのだ、と思う。
まぁ、そう簡単に、『良い子ちゃん』になったわけではないのだけれど、と思う。それでも、まぁ。なんというか。日常に対応しているものだな、とは思う。
混沌世界は平和になって、びっくりするくらいに普通の世界が訪れた。平和かと言われれば首をかしげるが、しかし明日世界が滅ぶのか、といわれれば、誰もが笑って「それはない」というのだろう。ならばこれは、誰にも当たり前に与えられた、日常というものである。
「――」
自分でなんとつぶやいたのかは、わからない。小さく息を吐いただけかもしれないし、平和っていいなぁ、などと寝ぼけたことをつぶやいたかもしれない。ただ、こうして、静かに読書にいそしむことができるというのは、間違いなく一つの平和であることは、確信できることだった。
掃除の時間は好きである。ゴミを掃除できるからだ。
ライは大雑把かもしれないが、きれい好きだ。部屋は汚いかもしれないが、きれい好きだ。特に、人にイカサマを引っかけてくるクズは掃除するのに限る。ああ、失礼、別にそういう掃除の話ではなくて、これは全くまっとうな、教会の掃除の話であるのだが。
平凡な一日、ありきたりな一日、当たり前の一日、となれば、当然のように汚れた家を掃除するのは当たり前の日常であり、ライ以外のシスター達も、大勢大慌てでえっちらおっちらと掃除を始めているわけだ。目に見えてめんどくさそうな不良シスターもいるが、そいつに比べれば、ライなどはそつなく普通にこなすものだった。まぁ、その不良シスターは、さっきこっそり酒のやりとりをした奴なのではあるが。
「シスター! お疲れ様です!」
と、近所の保育所のガキ……お子様達がやってきたので、ライはにっこりと微笑んだ。
「……ごきげんよう、皆さん」
うっとうしいガキの皆さん、と言いそうになったのをこらえながら、にっこりと笑うライのそれは、聖女の如き笑みである。
「シスター、今日、折り紙を折ったの!」
「シスターに、プレゼント!」
と、ゴミ……いや、心暖まるプレゼントをいただいたので、ライはにっこりと微笑んだ。
「まぁ、ありがとうございます」
ゴミ箱はあっちですよ、と言いたかったのをとりあえず飲み込んで、ライはその、折り紙のよくわからんものを受け取った。化物ですか? と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、
「犬ですか?」
「パカダクラです!」
と、子供達が言うものだから、なるほどね、と思った。
「よくできていますね。飾っておきましょう」
と、心にもないことを言いつつ、懐にしまい込むと、子供達はにこにこと嬉しそうに笑った。
「シスター、わたし、大人になったらシスターみたいな人になる!」
と、目をキラキラさせて言う女の子に、「やめておいた方が良いですよ」と吐き捨てたくなったが、それを飲み込むだけの理性を、まだライは保っていた。なので当たり障りなく、
「では、毎日のお祈りを欠かさないように」
と、とりあえず微笑むのである。
「はい! シスターも、お祈り頑張ってください!」
子供達が目をキラキラさせて言うので、ライはにっこり笑って、今日の礼拝のことを思い出した。酒とギャンブルのことしか考えていなかったが、多分神様に通じただろう。祈りみたいなものが。心からのそれに間違いは無かったのである。
「んで、ライ先輩さー」
と、先ほどの不良シスターであるところのティーナが、きつい酒をあおりながら言う。お気に入りの場所、つまり隠れて酒を飲む隠れ家に、なんか突然やってきたのがティーナであった。
「ここ、めっちゃ酒飲むのに丁度良い場所じゃないすか!」
とか言って、ここに居着いたのであるから、まぁ、いいか、という気持ちにはなった。
「マジで世界救ったんすか? イレギュラーズ?」
「マジみたいですよ」
と、他人事のように言った。思い返してみれば、夢のような日々で、本当に夢だったのでは無いか、という気持ちもしてきた。だが、あの日々を嘘にはしたくないな、という気持ちもあった。
「やっぱすげぇっすわ! そういえば、昨日のクソやろう、処したんすか?」
「ああ、さっき会いに行ったのですけどね。
案の定、昨日の勝ちは全部使い切っていたので、こう」
がつん、と殴るジェスチャーをして、
「動かなくなるまで殴るくらいで許してあげました」
「渋ー」
けらけらとティーナが笑った。ライがくすりと笑って、酒瓶を煽る――同時、その酒瓶に即座に蓋をして、近くの箱の中に放り込んだ。ティーナが慌ててそれに倣うと、近くで足音が聞こえる。バレたか? と顔を見合わせるが、どうもそういうわけではないらしい。
「……どうかされましたか?」
と、ライがしずしずと声を上げれば、そこには年配のシスターがいて、「避難指示が出ているのです。魔物が近くに」などというものだから、へぇ、とライは笑った。
「は? 魔物ですか?
…………ええ、ええ、仕方ないですねぇ?
戦える者が必要ですねぇ?
シスターとして暴力とは決別したいものですが、仕方ないですねぇ?
これは人助けですねぇ?」
がちゃこん、と懐から銃を取り出して、にっこりと笑う。
「あの、シスター、ライ?」
年配のシスターが引きつった顔をするのへ、ライは笑った。
「ええ、ええ。
五分で片付けて参ります」
と、言うや、目にもとまらぬ早さで飛び出すので、シスター達は目をまるくするのみであった。
「まぁ、こんな日常も悪くはありませんね」
などと、ライは微笑むのである――。