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SS詳細

Shoot to the future

登場人物一覧

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー

●突然の荒事指南
「武器……武器ねえ。マジでどうすっかな……?」
 日向 葵(p3p000366)は悩んでいた。
 特異運命座標、なんて大仰な称号とともに異世界に迎え入れられた彼にとって、混沌は何もかも勝手が違う。
 そもそもが、戦闘ありき。争い事なんて喧嘩すら満足にしてこなかった葵に、武器だなんだと言われてもピンと来る筈もない。
 銃器や刀剣はメディアの向こう側。鈍器の類すら、そういう使い方を考えたことすらないのだ。誰もが最初はそんなものだ、なんて慰めも彼には遠く聞こえてしまう。
 とはいえ、迷っている間にも仲間達は各々で結論を出し、依頼へと繰り出すのだ。一人で悩んでいては堂々巡りになると察した彼は、まず訓練を受けようと思い立つ。
「自分に合う武器? とりあえず、色んな武器使ってみろ。そしたらわかるだろ?」
 葵を迎え入れた初老の教官は、良く言えばフレンドリー、悪く言えば適当に、積み上げられた武器を指差してそう告げる。
 ローレットで提供される初期装備は、複数の剣、銃各種、神秘媒体など様々だ。教官が言うには、「肌に合う武器は軽く使えば自然と馴染む」のだそうだ。どんなに奇天烈なものに見えても、本人に合うものが最優の武器なのだ、という。
「馴染むったって……オレ、木刀だって振り回した覚えがねえし、手にもって動き回るのはちょっと……」
 言うは易しの典型である。葵はそもそも、青春をサッカーに注ぎ込んできた。手で何かを操って成し遂げるもの、県道や弓道は言うに及ばず、楽器だって心得がない。神秘の力がどうこう、と言われても縁薄い世界から来ておいそれと使えるわけがない。
 最初はあれこれと世話を焼いていた教官も、今ひとつ成果の上がらない葵の個性を掴みかね、次第に言葉少なになっていく。
 葵は表情こそ動きが少ないが、焦りを覚えているのは間違いなく。このまま延々と悩み続けられるほどの余裕は持ち合わせていなかった。
 だからだろうか。足元に転がってきた「それ」に自然と視線が向いてしまったのは。

●武器ではなく、相棒として
 葵の足は、自然と転がってきたもの……サッカーボールへと伸ばされていた。何十、何百ではきけぬほどに繰り返された動作で差し出された足に、ボールはそこにあるのが当たり前といわんばかりに吸い込まれ、吸い付くように葵の足に持ち上げられる。そのまま感覚を取り戻すように始めたリフティングの最中、葵はターゲットの方を見た。
「これなら、あたるっスかね……」
 狙いは、30m先のターゲット。
 先程までは銃を向けても全く当たる気配がなく、神秘に触れても目標まで飛ばずに霧散していた有様の彼が、やけに自信をみなぎらせてそちらを見ていた。
 ターゲットとボールを交互に見ていた葵の瞳孔がすっと窄まり、ターゲットへと意識を集中させる。すでに彼の目には教官の姿は映っておらず、遠くにあるはずのそれだけをじっと見ていた。
 銃を持っていた時はあんなに遠くに感じたのに、指先で、否、『つま先が触れるほどに』近く感じる。
 何度目かのリフティングの後、宙に浮いたボール目掛け左足を振り抜く。当たるだろうか、などとは考えなかった。外すなんて思いもしなかったからだ。
「なっ……あ――!?」
 斯くして、ボールはターゲットに吸い込まれるようにして、ど真ん中で跳ねた。教官があんぐりと口を開け、呆然とターゲットを眺めている。
「Yes!」
 葵は無意識にガッツポーズをとっていた。いつも通りの動作で、自然に蹴っただけのボールがやすやすとターゲットを射抜いたのだから当然だ。銃ではとても当たらないと諦めた距離、剣を持ったなら言うに及ばず。
 サッカーボールは混沌製の、元の世界と変わらないもの。ロングバレルの銃のような精度も、術式に込められた指向性の補正力も無い。葵自身の実力によるものである。
「お、お前、今の動きはえらい滑らかだったじゃないか……なあ、もう一回蹴ってみないか?」
 教官は少し時間をかけ、漸く正気を取り戻した様子だった。おずおずと差し出されたボール、彼の期待の眼差し。そこには自分と相手、そしてターゲットしか無いというのに。
(ヤベぇな、これ……ただボールを蹴っただけだってのに、オレ、凄く)
 凄く、昂奮している。
 まるで満員の競技場で大勢の声援を受けている時のような。普通の人間、取り立てていいところもない、と思っていた自分に注がれる視線は、一人のものであっても万人のそれと同程度に感じてしまう。
 だからだろうか。振り上げた左足は、ボールのやや内側を削り取るような軌道で蹴り込んでいた。何かの間違い、凡ミスによるものかと教官は目を剥いた。先程の直進軌道ではなく、大きく弧を描いた軌道はとてもじゃないが何かを狙ったようには思えない。
 否、だからこそ当たるのだ。
 何故か、はこの際、葵は重要視していない。狙って蹴ったのだから、どうあっても的に当たる。『そうなるように蹴ったのだから』。
 余程弾むボールだったのか、はたまた勢いがよかったのか。30mの距離を跳ねて戻ってきたボールを見たことで、葵の決意は固まっていた。
「決めたっス、オレこれ使うっスわ」
「そうか、それを……なるほど」
 葵の至極あっさりとした言葉に、教官は驚くよりも、さもありなんといった表情をしていた。まだ駆け出しとも呼べない、歩み始めてすらいないイレギュラーズの決断とその可能性を、彼のような一般人が挫いていいわけもなし。
「俺は構わんと思うぞ。お前がそうしたいなら、好きにするといい」
 教官の言葉に、葵は小さくガッツポーズを決めた。
 今この瞬間、葵は『紅眼のエースストライカー』としての一歩を踏み出したのである。
「……ちゃんと戦闘に耐えうるものを用意してから、だけどな」
 続いて吐き出された教官の言葉に、葵は考え込んでから「そうだよなぁ」とため息を付いた。
 今蹴り込んだのは普通のボール。彼の膂力でもってしても、人ひとり傷つくまい。となれば、ちゃんとしたボールを戦闘に見合ったものに仕上げねばならないのだ。
「やっぱ、これが一番扱いやすいししっくり来るな。何とかしてもらうか」
 と、まあそんなワケで。
 葵が戦闘向けに改めてサッカーボールを手に入れ、術式を仕込んでもらった経緯はまた、別の話であるが。
 彼がそのボールでどれだけの成果を挙げたのかは、下手に語るよりも雄弁に彼自身の背中が語っているのは間違いない。

  • Shoot to the future完了
  • GM名ふみの
  • 種別SS
  • 納品日2020年04月09日
  • ・日向 葵(p3p000366

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