PandoraPartyProject

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Hello, Dear Deer!

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト


『ねむり森』に恐ろしい魔女がいる。
 そんな噂を聞いても、鹿は「あらまぁ」と首を傾げるだけだった。
 魔女は森が好きなのかしら。
 それとも森が魔女を好きなのかしら。
 トコラトコラと真っ白な森を進む。
 霧深い森の中には化石みたいな白い木しか生えていなくて、生き物の息づかい一つしない。
 不思議で夢みたいに静か。
「たしかにねむり森よね」
 ふむふむと呟いて。ポシェティケト・フルートゥフルは湖の上に浮かぶ飛び石をぴょんと渡った。
 霧に包まれた青い湖面は静まりかえっている。
 ところどころに浮かんだ水蓮の花が桃黄紫の幻影を水の底にゆらゆらと落としていた。
 金の砂妖精がのぞきこんでも水の中には魚一匹泳いでいない。焼きたてパンみたいな金色のクララシュシュルカ・ポッケも朧色。
「なんだかむかしに戻ったみたい」
 不気味で恐くて優しい森。
 朝、一人で目覚めると暖かい水気がしっとりと毛皮を濡らしていたあの頃。
 りーりこ、りーりこ。
 そんな時どこからか。
 りーりこ、りーりこ。
 フィドルの音がした。
 鹿は思わず駆け出して、慌ててクララも追いかける。
 真っ白大樹の真下には、丸太で出来た一軒家。
 ぽっぽと煙突から吐き出される煙と月光蝶。
 まんまる扉の前でポシェティケトは大きく息を吸い込んだ。
「こんにちは、だれかいますか」
 ノックノック。
 礼儀正しい鹿はきちんと挨拶するものだよ。
「はーい」
 だけど気をつけて、かわいい子。
 中にいるのは良い人だけとは限らない。
「どうぞお入り」
 可愛い鹿を食べちゃうような、わるーいこだって世の中には沢山いるんだ!
「エルマー!」
「やあ、久しぶりだね。かわいこさん!」
 大きな帽子にバラの瞳。長い三つ編みを揺らしたフィドル弾き。
 少女のような顔で祖母のように笑い、背伸びをして両手を広げた。
「その元気な顔を僕によく見せておくれ」
 背丈が伸びた可愛いおちびさんの頬を包む。こつんと互いのおでこをくっつければ干し草と薬草、それから砂糖と花の甘い匂いがする。
「ちょうどパイが焼けたところさ。今日は天気がいいから外で食べよう。二人とも、運ぶのを手伝っておくれ」

 今日のお天気は桜曇り。
 ぽたぽた白い花びらが滴っている。
 足元に広がるのは雛菊の絨毯。
 猫足のテーブルには純白のテーブルクロス。並んだ空腹なお皿は真っ白な月のよう。
 ちっちゃな銀のスプーンで砂糖をくるくるとかきまわして魔女は紅茶に口をつける。
「きみと出会った日もこんな日だったね」
 喉をするりと琥珀色が通り抜けた。
 ポシェティケトは頷いて、真っ赤な苺とカスタードをもぐもぐこくんと飲みこんだ。
「あのときのあれ、あれはとってもこわかったわねえ」
 カサカサ渇いた悪夢みたい。鹿はしみじみ呟いた。
「ああいうのは、楽しくないから嫌よね。エルマーが助けてくれてよかった」


 聖域。
 狩猟や採集はおろか部外者の立ち入りすら禁じられた聖なる森。
「いたぞ!」
 普段は静かなその森を穢す愚者が、遂に幽かな白を捕らえた。
「手間取らせやがって」
「すげェ見てみろ。こいつ本当に全身が白いぜ」
「キュゥ……」
 角を掴まれずるり地面から持ち上げられた白い何かはぐったりとしていて動かない。
「やあやあみなさん、悪いことをしているね。ここは僕のお気に入りの森なんだ」
 密猟者はぎょっとした。
「どうする、見られたぞ」
「ガキ一人だ。殺して埋めれば問題ない」
 武器を構えた密猟者に「もう!」と現れた少女は頬を膨らませた。
「無粋な輩はこれだから困っちゃう。よーし! 頭の地図をぐちゃぐちゃにしてやろう!」
 身の丈もある魔法の杖を一振りすれば黄金色の翅が狼藉者の視界を覆う。
 暗闇。空腹の獣。迷い道。森はとっても怖いのさ。それより怖い物を知っているかい。
「僕は慈悲深くって残酷なんだ。だから食べることはしないけれど」
「こいつもしかして!」
 怒れる魔女は指を鳴らした。
「悪い子には容赦はしない。追い出して迷子にしてやろうねえ」

 ふんわり思い出しながらポシェティケトはふふと笑った。
「エルマー、かっこよくてワタシびっくりしちゃった」
 うっとりと呟いてクララのほっぺについたパイ生地をとってやる。懐かしむように魔女も目を細めた。
「僕もさ。どろんこさんを洗ったら、とても綺麗な子が出てきてびっくりしたんだ」


「あらま。きみ、ブルーブラッドか!」
 身体中についた泥を落として、長くもつれた髪の毛が茶色から白に変わったころ。エルマーは浴室でびっくりした声をあげた。
「良ければお名前を教えてくれるかな」
 あたたかいお湯としゃぼんだまを身体中につけて、白鹿の少女はきょとんと瞬いた。
「僕はエルマー。月光蝶々の魔女、エルマー・ギュラハネイヴルさ」
 きょとん、きょとん。
 灰色の大きな瞳が幼気に瞬く。
「そうか、きみ。まだ言葉を知らないのだね」
 手足についた傷に薬湯をかけると、少女はすんすん、鼻を近づけて匂いをかいだ。
 白い肌のいろんなところに鏃やナイフでつけられた傷がある。
「もう少し懲らしめるべきだったわ」
 魔女は低く呟いた。当の本人は聞こえていないのか。意味が解っていないのか。ぺろっと舌を出して薬湯を舐め、苦さにじぃんと痺れている。
「ほらほら、かわいこさん。それは舐めるものじゃあないよ。痛いのを治してしまうお薬さ。お腹がすいているのなら、何か作ってあげよう」
 慈しむように綿菓子みたいなタオルで水気を拭われ、暖かい部屋で椅子に座る。
 初めてばかりの出来事に白鹿はただただ驚いた。
 テーブルに出てきたのは新芽のサラダにパンジーのキッシュ。
 食後のデザートにフィドルを聞けば少女はぴくんと耳と尻尾を持ち上げる。
「こっちにおいで、まっしろちゃん。僕の服を貸してあげよう。うふふ、よく似合っている。なんて綺麗なんだろう!」
「キュー」
「純粋なのは良い事だけど心配だなあ。そうだ、おちびさん。傷が治るまでここにおいで。一緒に暮らそうじゃないか!」
「……えるまあ」
「おや、もう寝る時間か。よーし、絵本を読んであげよう! もう少ししたら文字も覚えていこうね」
「えるまー」
「楽器に興味があるのかい、子鹿ちゃん。それじゃあ弾き方を教えてあげよう!」
 りーりこ。りーりこ。
 てっこら。とっこら。
 しかはおどるの、だいすき。
 伝えなくても伝わるから。
 たくさんの音符をお供に白鹿ははずむ。
 あたたかいものは、すきよ。
 まほうもすき。おんがくもすき。
 二人はとっても楽しいわ。
「えるまー」
「この曲かい? 一面が真っ白な『ねむり森』に聞かせる曲さ。ねぼすけさんだから僕の音楽を聞かせないと起きないんだ」
 まるでわたしみたいねえ。
 くすくす、くすくす。
 柔らかい膝に頭を預けて、髪を梳いてもらって、うつらうつらと微睡んで。夜の静寂に内緒話がとけていく。


 弾けるような懐かしいフィドルの旋律に鹿はひくりと耳を動かした。
「エルマー」
「もちろんだとも、プティトゥ。今日も軽やかなダンスを頼むよ。森が目覚めたら、今度はきみたちの冒険を聞かせておくれ」
 あのね、久しぶりに踊ってもいいかしら。
 聞く前に答えるなんて、エルマーはワタシのこと何でもご存知なのねえ。
 オルゴールドールが二人、くるくる奏でる。
 白い巨木の花びらはいつしか桃色に染まっていた。


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