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ブラックホール
登場人物一覧
腹が痛ぇ――何か妙なものでも食んだのか、兎に角、蹲るほどに腹が痛む。臓物の底から沸き立つような鈍痛が、這う蛇の如く俺を嘲笑っている。薬が必要と思考したが、如何にも動く事も困難で、重ねて外は真っ暗だ。薬屋の連中も寝床だろう。転がって花を摘もうとしても、下したとは思えない。そもそも晩の飯は軽度の類。暴飲暴食するほどの莫迦でもなく、ただの疑問が脳内を支配する。喰われる感覚でも在れば再生も容易かった筈だ。殺して出すのも楽々だろう。芋虫じみて寝床に潜り、汗を垂らして夢を見るのか――誰かが何かを招いて在る。
――『俺』だ。俺だとも。もしくは私と表現すべきか。私は何処か、全くの闇を漂っている。井の中の蛙が知ったならば、永久に投棄されたと嘆く筈だ。泥とも液とも言い難い、只管の暗澹に呑み込まれて往く。此処が何処だと訊かれたならば。嗚呼。訊かれたいのが本音だとも。酸っぱい臭いが私を包み込み、表面を不愉快なほどに『融かして』垂れる。ふと思い出して貌を触る。畜生。私は触れたのだ。私は何処でもない、ツルツルと滑らかな『何か』の側面を。つまり鼻や口や眼球の凸凹が解らない。判らない――何故か私は肉を忘れた。失くした。成程。亡くしたようだ。取り乱す事も無いだろうよ! 真実、私は死に絶えて、されど『在る』事に変わりなく。ならば為すべきは生の振り返りだ。私は如何なる人間で、どのような『罪』を背負ったのか。
赤子の頃は如何でもいい。重要なのは青年の頃か。違う。私が見定めるべきは成人した数年後。随分と愚かな事をした。人を殺して金銭を奪い、挙句には地獄を描き出したのだ。その塗料は蹂躙した人々の液で、故に私は泥に融解する運命と解せる。病的に蔓延った罰の仕業は、生前の傲慢さ、強欲さが祟った『もの』か。悪魔が私を連れ去るならば、悦んで身を投げ出そう。堕落した魂に奈落は不可欠で、底無しの黒は心地良い世界観だ――神は私をしっかりと天から覗き、除かれる事を誓ったのだ。どぷりと輪郭が震えて去った。最早私は暗黒の一部だろう。何物でも何者でも、在る事も赦されない。無間の民と手を繋ぎ、アァ、悪魔の指は四本だったのだ! 出来損ないを迎えに来た悪魔は、人類の一種と認識出来た。私は親近感と共に、愈々総てがさようなら――オレ。俺。ワタシ。私あたし我余妾吾これソレ――兎に角。※と称するべきだ。※こそが※に相応しい人称で、在り痴れた※!
口が視える。得る事なき※が吸い込まれ、尖った歯々に咀嚼されるのだ。暗黒こそが悪魔の皿で、証明が遂に※の前に現れた。存在しないと賢い面は垂れ流すが、※に囚われたものは望みが絶えたと朽ちる。それでも※は下に堕ちて、失楽園の真逆を辿るのだ。知を棄て。恥を捨て。最後には身をスてる。※の領域外こそが鬼面の起立する空間で、魔の刻は牙に苛まれず裁きに晒すのだ。汚々たる※を胃袋に収める、慈悲深い阿鼻叫喚よ。如何か※の生命を解き読み給え――ぼちゃり。ぽちゃり。※は舌で掻き混ぜられ、最終的に瞳を知るだろう。煌々と天地を透す『翼』の如き光。ころころと戯れるかの如き眼球が、※の次元を上位に引き上げる。魔術の力か。化学の力か。呵々――貴様等は何も理解出来ないのだ。※は地獄も天国も在らず、タダ、神話だけが注ぎ込まれたと頷くのみ。混沌が嗤う堕の中央で、※どもは名を讃えるのだ――『 』の名前を称えるのだ。
好みは絶望だと天使様は告げた。弱い者を虐める事が悦ばしいと天使様は告げた。だから世界に罪が満ち、崇拝すべき『瞳』が存在するのだ。真理を見つけた※は史上の幸福者で在り、皆から羨ましいと想われる魂に違いない。違いが在ると成すならば【欲】の化身で在る事か。そう。世の中には怖れと恐れと畏れ以外は排除されるべきなのだ。※……※……※と化した己の使命は、普遍的な無意識に悪魔を叩き付ける――!
味は悪くなかった――堕天使の瞳が疼き、何者かの声が聞こえた気がした。溜息を吐いて腹痛の『原因』を思い出す。それは歪んだ信仰心。旧臭い崇拝の念だろう。忌々しい天使への祈りが『自分自身』に向けられたのだ。咽喉に粘ついた魂の残滓が、万々歳を晒して馬鹿みたいに笑っている。残酷な行為だと。君が招いた無秩序じゃねえの――フザケタ言霊を腸に染み込ませ、じんわりと脂っこい一個を『排除』する。
――※だ。※以外に人称は在り得ない。神も天使も悪魔も在り、※が更なる邪悪と成って『世』に生じるのだ。叩き付けた褒美は必ずや齎される。粘ついた先に右と左。緑の縦長金色の十字――此れが奇跡と呼べるならば、人は完璧に生涯を謳歌――漏れる。溢れる。こぼれる。つきる。この思考が真に消えた時、其処には――待て。待ってくれ。あの光は『無』では。ああ。なんて慈悲に真っ直ぐな線――やはり天は『俺』を殺して終うのか。消化するにも苦労したのか。
お……腹痛治ったぜ。