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アイスブルーの君は、僕の

登場人物一覧

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
アルテミア・フィルティスの関係者
→ イラスト

●叶わない恋のエピローグI
 レガド・イルシオン――
 混沌世界の中央に位置する現存する中で最も古いその国は、他国と比較にならない位に伝統と名誉を重視する場所である。
 例えば聖教国ネメシスが信仰を、例えばゼシュテル鉄帝国が個の肉体の強さを貴ぶのと同じように――レガド・イルシオンはを重視した。
 圧倒的、そして絶対的な世襲制、貴族主義に支配されたは庶民には生き難い抑圧の国である。
 但し、それが――当の、支配層たる貴族達に圧し掛からないという道理も無い。
「……」
 深窓から見える外の景色は何時だって常に歪んでいた。
 アルテミア・フィルティス (p3p001981)はレガド・イルシオンの名家、フィルティスの令嬢だ。
 厳格な祖父を持ち、立派な貴族の両親を持つ。家督を継ぐや継がざるやは遠い話としても――年頃の、そして美しいアルテミアに縁談が無い事等有り得なかった。
 貴族の――取り分け、血統主義のこの国における婚姻は或る意味で一族の最大の義務であった。名家に産まれた姫は有力な他家に嫁ぐ事で縁戚関係を強化し、自家の繁栄に貢献する。男児は逆に他家の姫を娶る事で次世代に向けた自家の立ち位置を補強する。
「……………」
 故にアルテミアは産まれた時からその行く先を決められていたようなものだ。
 事実、本人としてもそれを酷く厭う事は無く。決められたようになるのだと割り切っても居た。
 ただ、その相手が少しでも――まぁ、であればいいと願う位で……
 机に頬杖を突き、これまでを想う彼女は半ば以上それを受け入れていた過去があった。
 お転婆の彼女は活動的で、しばしば家族を困らせたけれど――聡明な彼女は本質的な意味で貴族を逸脱するような事はない……

 ……筈だった。

「……………………」
 形の良いアルテミアの眉がハの字を描いていた。
 視線を落とした手元、机の上には開かれた羊皮紙の手紙があった。
 書いた人間の人柄を思わせるような、達筆で丁寧にしたためられた文の頭にはこうある。

 ――我が最愛の、アイスブルーの君よ。
   その後、君は元気にしているだろうか?

 頭に限らず最初から最後まで文言の数々は、何年か前のアルテミアならうんざりしてしまうものだったかも知れない。
 だが、幾度と無くその文章を眺めて嘆息した彼女にはもうそんな感情は微塵も無い。
「……相変わらずなのね、貴方は」
 物憂げな美女は絵になると云うが――アルテミア程の美貌の持ち主が少し寂し気な調子で幽かに微笑めばそれは尚更だ。
 文の差出人なら、即座に切り取って絵画にでもしたがりそうなその面立ちは僅かな罪悪感を帯びていた。
 いや、アルテミア・フィルティスは事これに到るまで、全ての決断に――そしてなった事に何の後悔もしていない。
 だが、強いて言うなら……敢えて言うなら。
(ごめんなさいね、ウィリアムさん。これはではないのだけれど――)
 アルテミアに僅かなをもたらす理由はきっと、彼が――ヴァン・ドーマン伯爵令息婚約者が彼女にとって或る種の特別な人間だったからなのだろう。
(……出会いは……良いものとは言えなかったわね。
 貴方は酷い放蕩息子として知られていたから……私もそういう人だと思っていた)
 社交界に流れる彼の噂は「遊び人」だとか「酔狂な人物」だとか、酷い有様で。
 実際に会ってみた彼も、アルテミアを見るなりに今と同じ歯の浮くような文句を並べてくれたものだった。
(でも……まさか、全部が本気だなんて思わなかったわ)
 ……アルテミアにとっての驚くべき誤算は、彼のが恐ろしい程に誠実なものだった事だった。

 ――僕を上手く使えばいい。君の煙幕に、君の自由の為にね。

 嘯いた彼の言葉に甘えてしまった。
 アルテミアにとっての仮初の婚約者は「どうあれ君の横に居られるのは役得だから」と笑ったものだった。
 両親――父フォーサリアも、母ルルフィーナもアルテミアが本意で無いなら縁談を強引に進める気はなかったらしいが……当主の思惑だけで全てが決まるならば貴族というものは簡単であろう。祖父にしても、傍流の有力貴族にしても格上のドーマン家との縁談は重要視されていたものであり、当時の圧力はかなりのものだったから彼の提案は渡りに船だった。
 そうして何年か――アルテミアは冒険を続け、自分の恋に向き合い、世界の終焉と一緒に自分を縛る義務の呪縛も跳ね除けた――
「……………きっと、貴方のお陰だわ」
 アルテミアはウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズを世界の誰よりも愛している。
 それは間違いのない事実であり、自分がこれから幸せになれる事を知っていた。確信もしている。
 ただ。

 ――アルテミア、君には失望させられたよ。だから君との婚約を破棄する事を通告する。
   いいかね。君が告げられたのではない。君をこうして捨てる。
   当家がフィルティスに堂々と破棄を突きつけるのだ。それを絶対に忘れないように!

「……最後までそんな風なんだから」
 繰り返すがフィルティス男爵家はドーマン伯爵家のである。
 ヴァンは父親に溺愛されている嫡男でもある。
 もしフィルティスが――アルテミアの恋愛感情などを理由にした婚約破棄等という――不義理を働いた等という話になれば、事後の揉め事は絶大なものになるだろう。
「何が失望よ。格好付けて」
 文頭で相変わらず。アイスブルーの君、なんて呼んでおきながら。
 一つの文の中でまるで説得力の無い言葉を書いて寄越したヴァンの事を想えば、幾分か気持ちが湿るのは致し方の無い事だっただろう。
 何故なら、ヴァンは。ヴァン・ドーマンは――アルテミアが世界で二番目に好ましい異性だったから。
 友人でありたいと思うのはきっと彼には酷だろう。
 それを告げられる程、アルテミアという女性は冷酷ではなく。
 だから、最愛の人との未来を手に入れた今日という日は、アルテミアにとって無二の同志で親友を失った日でもある――

●叶わない恋のエピローグII
 思えば、全てが退屈だった。
 何をしたって人並み以上には出来る方だったし――
 何をしたって本当の天才には
 ヴァン・ドーマンという男は産まれながらにして器用で多才であり、同時に何のギフトも有しない凡人だった。
 勿論、それ相応の名家に産まれ、人並みよりも恵まれた境遇である事を否定する気は無い。
 ただ、結局は――人生とは、当人がに集約するものであると考えた。
 僕は、そうだ。遠く生まれ落ちたその日から――特別な、になりたかったんだ。
 何でもいい。どうでもいい。
 特別な英雄ヒーローでも良かったし、最悪の悪役ヴィランだって構わなかった。
 一生涯を才覚と創造だけに捧げる芸術家でも構わなかったし、勇者王のような名君になれるならそれでも良かった。
 だけれども、天才には届かない癖に――人並み以上に賢しらな僕は理解してしまうのだ。
 僕は勇者王アイオンにはなれないし、天才的悪役にして名君――クリスチアン・バダンデールにもなれやしない。
 詩歌の才能は社交界の淑女を喜ばせる程度になら十分だが、歴史を揺さぶるような真似は出来る訳もなく、陶芸や絵だって同じ事だった。
 つまる所――非常に嫌な言い方になるかも知れないが、客観的事実を基にして。
 ヴァン・ドーマンは何でも出来るが何も出来ない。
 ヴァン・ドーマンはヴァン・ドーマン以上の何者にもなれやしない。

 ……嗚呼、我ながら。大それていて贅沢で。
 何を欲しがっているか分からないような話だが、でもそれもしょうがない事じゃあないか。

 繰り返すが、僕は何者かになりたかっただけだ。
 ただのヴァン・ドーマンではない、特別なヴァン・ドーマンになりたかったのだ。
 ……だけど、それは絶対に叶わない夢で。僕はそれを冷めて思い知っていて――あの日まで、諦めていた。
 君に会ったその日まで。君と逢えたその日まで、僕には役割なんて無いのだと信じていたんだ。

●叶わない恋のエピローグIII

「――――」
「どうしたんだい、アルテミア。祝福には礼を返すのが淑女の嗜みだぜ」
「……あ、ええ。ありがとう。貴方に言って貰えて本当に嬉しいわ」
 鳩が豆鉄砲を受けたような顔をしたアルテミアが正面のヴァンに少しぎこちなく微笑んだ。
 大通りに面したお洒落なカフェはローレットからも程近い、実に庶民的な場所だった。
 これまで会った時より随分と砕けた調子のヴァンにアルテミアは少し面食らいながらも、彼と再会出来た事は素直に嬉しかった。
「……急に呼び出したと思ったから、何があったのかと思ったのよ」
「君の顔が見たかっただけだよ。ああ、でも誤解は無いように。
 ちゃあんと君の事は諦めているからね。自慢じゃないが、僕は結構爽やかだ。
 ……好きな人が幸せになるの、嬉しい方なんだよ」
 肩を竦めておどけてみせたヴァンは言葉の一部に明らかな嘘を混ぜてそう言う。
 ただ、アルテミアは勿論そんな事には気付かない。
 いや、彼女が鈍いのではない。ヴァン・ドーマンは彼女の前でそれ位に常に完璧な紳士であったから――
「それで……今日はどうして?」
「変な事を言うな、君は」
「……え……?」
「大切な友人が結婚したのに祝福を告げたいのは当然だろ?
 強いて言うなら用はもう終わったよ。僕は君におめでとうを言いたかっただけだからね」
「――――」
 もう二度と会う事は出来ないとも思ったのに、アルテミアは拍子抜けした気分だった。
 白いカップで湯気の立つ紅茶を上品に飲む彼のいでたちも、悪戯めいた物言いも以前と何も変わらない。
 大山鳴動して鼠が一匹とはきっとこういう事を言うのだった――
「……変な事を言うのだけど、笑わないで聞いてね?」
「うん?」
「私は、もう貴方には会えないかと思っていたわ。
 その……婚約破棄の件で、貴方には特に凄い迷惑をかけた筈だから……」
「まあね。全然大変じゃなかったよ、なんて言っても君は納得しないだろうから……
 そこはもう、中々。とんでもない目には遭ったよ。
 ……父がね。激怒して、まあそれは宥めたんだけど……
 代わりに次の縁談がすごい、すごい。普通なら流すんだけど、今それをしたらまた怒り出すかも知れないからね。
 連日お見合いの嵐だ。だから、このお祝いが遅くなったのは許してくれたまえよ」
 やはり冗句めいたヴァンにアルテミアはくすりと笑った。
 もう駄目だと思った位だったのに……ヴァンの様子は愛を囁いてくれたあの頃と何も変わらない。
 アルテミアは最初から彼に応える事は出来なかったのだが、彼の気高さは彼の言葉を嘘にはしなかったのだ。

 ――君は君の思うままにするといい――

 ……どうあれ、愛する人にそれを告げて。貫き通せる男は中々居ない。
 結果としてその言葉に甘えたアルテミアの罪悪感もまた、仕方のない話ではあるのだが――
「逆に、君が会ってくれて良かったよ」
「え?」
「避けられるかと思っていた」
「そんなこと――」
「――まあ、半分位は冗談だが。
 だけど、暫くは難しいかな。だから今回は特別だね。
 いや、誤解しないで欲しい。僕は僕を信じている。君の事も信じている。
 だけどね? 男だから分かるんだが、旦那さんはいい気分にならないからね。
 彼の器量は知っている。だが、僕なら嫌だから――そういう事だ」
「それは、そうかも知れないわね」
 何と言っていいかアルテミアは少し悩んだ。
 だが、ひらひらと手を振ったヴァンは「しばらくだよ」と微笑んだ。
「呼びつけて恐縮だが、そういう訳で新婚さんは旦那さんの世話をしてやるといい。
 蜜月は貴重だ。結婚が人生の墓場にならないようにするには、スタートが肝心だから心得るといい」
 ヴァンの意地悪に少しの苦笑をしてアルテミアが席を立つ。
「また」
「ええ、また」
 短いやり取りでカフェを後にするアルテミアの背を見送ってヴァンは独り言ちた。
「僕は夢を叶えたよ、アルテミア」

 ――アルテミア・フィルティスという英雄の背を押す名脇役にはなれた筈だ――

 出会った運命には届かなかったけれど、それもいい。
 少し遠くを見たヴァンの背にその時、の声がかけられた。
「まったく。見てましたよ、格好付け」
「ああ、君は――」

おまけSS『名前が悪かった』

「何か、こう、私。ちょっと本当に悪い事した気分なんですけどッ!」
「してないって。最初に言ったじゃないか、アルテミア。君は僕を使えばいいだけだって」
「でも、これは……」
「いや、これも言ったと思うけどね。僕は君を全力で奪い取る心算だったからね。
 別に善意だけでやった訳じゃないし、betして負けただけのフェアなゲイムなんだよ、これは」
「……そういうものかしら?」
「うん。だから全く恨み言なんてないし――実を言えば結構満足もしている」
「……どういう意味?」
「少なくとも君の特別になれただろう? 恋愛感情って意味でないだけで」
「それは、そう――かも」
「名前だけで差別されていた頃が嘘のようだよ。
 君ってば、ヒモを買いそうな顔をしているからね。3Vだっけ?
 強いて言うならそんな理由があったから僕が産まれた事を反省して欲しい位かな」
「そんな事実はないんですけど!?」
「君は反応が良くて押しに弱いからなあ」←最高の慈しむような笑顔
「……あ、あああああ……なんて名前に反して優しい男……」
「閑話休題」
「ええ。最後のやつ……」
「もう一本って訳じゃあないんだが、そっちに続く。
 君のお陰もあって、僕は結構引き合いがあったんだよな」
「……頑張って(?)ね」
「うん? 違うよ」
「え?」
「次に頑張るのはの方だしね――」

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