PandoraPartyProject

SS詳細

混沌祝祭曲

登場人物一覧

ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

 シャイネンナハトの数日前。
 ヤツェク・ブルーフラワーは屋敷で暇を持て余していた。アーカーシュにある屋敷は彼と妻の趣味が心地よく調和し、内装も外装も文句のつけようがない。
 窓からは飾り立てたもみの木が見える。部屋の暖炉はいうこと無しだし、何ならば犬猫が足下でまどろんでいるくらいだ。最近起きた問題といえば麗しの妻に『飲み過ぎは良くない』と酒を隠されそうになったことくらいだ。戦でなくなった友人達を弔うためだから、といってなんとかゆるして貰い、墓場で故人を偲びながら一夜を過ごしたが――それは別の話。

 何の問題もない。何の問題があろうか? この世の危険は去り、もう、魔種の恐怖に怯えるものもない。あるのは幸せな毎日だ。
 それからずっと幸せに暮らしました、という日常だ。

 世界を救ったイレギュラーズとはいえ、人だ。休息は必要だ。
 だから、最高じゃないか。ヤツェクは思う。幸いかな薔薇色の日々。
 ここでちょっとした転調をキメても、それをまとめに行くだけの体力はもうないし、そもそも彼は今の生活に満足しているのだ。
 愛用のギターを爪弾く。中に剣を仕込んでいる文字通り剣呑な楽器ではあるが、平和な今となっては剣が抜かれることは殆どない。
 コードを次々と変えていく。懐かしい曲だ。苦さも大分あるが、懐かしい曲だ――。
「旦那様、お客様がお見えになってますが」
「ああ、通してくれ」
 演奏とともに物思いに耽っていたヤツェクの意識を使用人の声が現実に戻す。誰が来たか、などと聞くこともなく、居間に通すように告げた。
 ――呼んだのは、俺だ。
 誰が来るのかは分かっていた。

「イズマ、無事にしていたか? 寒かっただろう。さあ、暖炉の前でちょっくら話をしようか」
 シャイネンナハトの祝いの言葉を交わし、二人は再会した。
 やってきたのは青髪赤目の青年で、名をイズマ・トーティスという。赤と白の斑入りポインセチアの鉢をヤツェクに渡せば、彼は目を細める。
「ヤツェクさんも、幸せそうで何よりだ」
「そりゃあそうだ、家があって犬猫がいて、そして何より素晴らしい妻がそばにいてくれるんだからなぁ……酔いどれの老いぼれにはすぎた幸せなくらいだ」
 そっちはどうだ、と聞けば、イズマは少し考えて、
「こちらも幸せだ。未来があって、共に生きる人がいる喜びに、毎日驚いているよ」
「それでは惚気勝負と行くか? 酒は……ああ、アンタは飲まないんだったな」
 どこで聞いたんだろう、とイズマが目をぱちくりとすれば、
「詩人というのは、噂には長けてるのさ」
 そういう。

 コーラウトと呼ばれた執事が、笑みを浮かべながら大きなポットに入れた紅茶を持ってくる。
「これくらいあればまあ、長話には丁度いいな」
 老詩人は砂糖と生クリームを多めに入れる。
「近所からもらってきたのさ」
 そして、窓から見える空を見た。まだ昼時、青い空は冬らしくよく晴れている。
 アーカーシュ。鉄帝で見つかった浮遊島のことは、イズマもよく知っている。話を聞けば、目の前の老詩人はそこに居を構え、穏やかな貴婦人と二人で日々を過ごしているらしい。
「牛が脱走しただの、犬猫が生まれただの、酒場でケンカがあっただの……最近はそんなことの調停をやってるな」
 というのがこの詩人の談。ちょっとしたアーカーシュの名士といったところだ、という老人の瞳は、少しばかりの悪戯心を加えつつも、どこまでも穏やかだ。
「アンタはどうしてた、イズマ」
「『イライザ』の二人が幸せであるように、祈っていたか。後は……ピアノが前以上に好きになった」
「ほう?」
 その言葉の奥に潜むものに気づいたらしきヤツェクは、にやりと笑む。
「そりゃあ良いことだ。ピアノを二人で弾くのはいいぞ。楽しい上に、体を寄せ合う必要があるからな」
 あけすけな冗談に、イズマは咳払いをする。
「キスはしたか?」
 咳払いが再び。今度はむせるように。

「つまり、彼女はある種のアマゾネスだ。女蛮族――剣に生き剣に死すような、そんな女性」
 イズマはある女性について語る。白髪の無口で麗しい女は、その一方で鉄帝の冬めいた苛烈さを持つ。コンサートという名の果てなき戦場でピアノを弾き、弾き続け、その果てで命を落とすことを望んだ女は、ある日、イズマのプロポーズを受けた。
『好物件』
 そうイズマを呼び、手を差し出したピアニストについて、イズマは目を細めて語る。
「美しい生き方だ」
 ヤツェクは頷いて話を続ける。
「音楽をやる奴は、大体その気風はあるんだが……彼女は筋金入りだろうな。会いたいもんだ」
 音楽家としての興味を刺激されたヤツェクは、しばし考える。
「次は連れてこいよ。妻の持ってきた良いピアノがあるからな」
「ピアノ、ですか」
「ああ、こっちの職人についてはよく分からんが、まろやかな、それでいてぼけていない音の、しっかりとしたピアノだ。甘い曲にもきっちりとした曲にもよく合う」
 イズマは考えた。音楽家としての興味をこちらもひかれたらしい。
「ヤツェクさん、もし良ければ、ピアノを弾かせて貰っても良いか?」
 にやりと老詩人は笑う。そうでなければ、という風に。
「よしきた! コーラウト、広間を丁度よくあたためておいてくれ……もうしていた? でかした!」
 それでは行こうか、と案内する老詩人は、少年めいていた。

 たたん、たたたん。
 指を鍵盤の上に走らせ、簡単な練習曲を弾く。イズマの指に応えるように、ピアノは音を返す。まろやかな中に芯のある音は、耳に心地よく、弾きがいがある。『蛮族』めいた女性を思いながら、イズマはさらに曲を弾く。彼の指が紡ぐ展開は、冬の寒さとその美しさを称えるかのように、即興曲へと至っていく。
 広間にいるのは二人と後を追ってきた犬と猫。老犬と仔猫は仲良く部屋の一番暖かいところで丸くなり、規則正しく寝息を立てている。
 音を重ねて和音となる。数度和音を鳴らして、
「そういう奴なのか」
「彼女は……そういう奴だな」
 一曲弾き終わり、ヤツェクが分かったと言いたげに呟けば、その様子を見たイズマが真面目に頷く。
「良いお嬢さんじゃないか」
 ヤツェクも音楽家だ。勘と経験は、イズマの奏でる音の中に隠れたモチーフを拾い上げ、その輪郭を捕らえていく。
「ええ、言葉では足りないくらいに」
 だから音楽を奏でるのだろうな、とイズマはいう。
 たたん、たたたん。次にふいに始まった曲は、沢山の表情を持っていた。
 勇壮なフレーズの中に、弔うような気配を察した老詩人は、ぽつりと呟く。
「沢山、死んだな。あの日は」
「そうだな」
 決戦の日を思う。そこで払った犠牲の多さ、戦いの苦しさ、残された者にのみゆるされた、苦しみ。
「出来るだけ救ったつもりじゃあ、あったが。不幸なまま逝った奴も多いかと思うと……しょうがないこととはいえ悔しくなる」
 一音、ギターが鳴る。呟いた言葉とは逆に、明るい音が響きく。
「次にアンタらが来るときは、幸せな日々が送れるように、世界を善くする。それが残された奴の仕事だ」
 空中への声は、音に消えて融ける。しんみりとした空気の中で、曲だけが勇壮だ。
「そういうわけでがんばれ若人」
「ヤツェクさんもまだまだ、老人のツラをするには『お若い』んじゃないか」
「ばれたか。隠居しようと思ったんだが」
 いたずらっ子のように笑う老詩人の指は、イズマの奏でる勇壮なマーチに装飾を施していく。
「悼み続けても前には進めない」
 イズマは各国のモチーフをそれぞれ展開させ、時折絡めあい、魅せていく。
「そうだな。忘れそうになるが」
 ヤツェクは弾く手を止めて、窓を見た。晴れた空は青く、しかし冷たい風が窓を叩く。「いきなり世界が善くなるわけではない。だから、死んだ奴らが何を思っていき、何を願って死んだかを覚えて記録する奴が必要なんだ」
 頼むぞ、とヤツェクはイズマを見る。
「そういうわけでがんばれ若人」
 繰り返した言葉に、イズマは苦笑いをしながらも、真面目に頷いた。

「夕食は食っていくか、イズマ。これから酒場で弾くつもりなんだが、乱入はいつでも歓迎だ」
 そういったヤツェクに誘われて、村の酒場に連れていかれたイズマ。
「オールドファッションドな感じが良いだろう」
 サルーン風の建物に入れば、床には一面のおがくずが古典的な表情で広がっていた。酒と料理の香りが鼻をくすぐり、心地よい。
 まだ建てたばかりなのか、新築の建物特有の気配が漂っている。
「新調したばかりだ」
「なるほど」
 イズマはアップライトピアノの前に座る。調律よし、ペダルよし。
「実は今日、有名な音楽家が来るっていっちまってな」
 悪戯っぽく笑む老詩人に
「なら報酬は紅茶一杯で」
 イズマも悪戯っぽく返す。そして演奏が再び始まる。

 プラチナブロンドのたおやかな女性が、焼きたてのミンスパイを皆に振る舞っている。ヤツェクが彼女の名を呼べば、女性はそろそろ労働になれた手で、彼とイズマにパイを一つ渡す。ヤツェクさま、飲み過ぎはいけませんよ? そういう女性には、眩しさのみがあり、陰は見当たらない。そのまま他の集団に呼ばれて向かった愛妻を見送れば、ヤツェクはここだけの頼みだと言いたげに、イズマを見つめた。
「今度、お前さんの彼女も連れてきてくれ。うちの妻もピアノやハープを楽しむからな……彼女曰く『貴族の手習い』じゃあるが、中々やる」
 イズマは思う。去っていった女性はどのような音を奏でるのだろうか?
「四重奏は楽しいな。それじゃあ女性陣にはピアノを弾かせて、俺がドラム……」
「お、じゃあおれはギターだ」
 得意楽器同士のジャムセッションは楽しいだろう、とイズマは思う。目の前の老詩人と、崇拝者達に囲まれながら忙しくしているブルーフラワー夫人の幸せそうな姿を見たら尚更だ……。
 イズマはピアノを弾き始める。焼きたてのパイを、濃い紅茶と味わった後に。改めて。 まずは一音目、それから二音目、三音目は和音で。
 古いワルツであった。彼が先祖から引き継いだ音の一つ。音楽一家であるトーティスの誰かが作った音は、忘れられることなく今も奏でられている。
 それをもう少し早め、ラフに崩し、ジャズのように。おや、と面白がったヤツェクが壁に掛かっていたギターを取り、音を合わせ始める。そして、一度合流したと思えば――離れ、それぞれ自由に音を奏でる。自由でありながらそれはてんでバラバラではなく、一定の心地よさを保ちながら、続いている。
 混沌、とイズマは思う。無秩序ではなく、混沌。
 この世界は無辜なる混沌と呼ばれる。何故、そんな名が付いたかは学者達にまかせよう。様々な文化が、世界が、人々が交わる地。
 そのめくるめく音の洪水から音の色合いをすくい上げ、イズマはひたすらに弾く。熱く息をはく。ヤツェクの不協和音を解決させ、その逆をやる。時折テンポを変え、一人で弾き、また合流する。
 いつしか、音は増えていた。
 しっとりとした小型のハープは、ヤツェクの妻のものか。
 しっかりとしたトランペットは、かつて軍に属していた人の響きがある。
 素朴なパンフルートに、多分演奏用ではないだろう鈴の音が合流する。
 機嫌良いかけ声に、歌声が混ざる。
 誰かが踊り出す。床を踏みならす音は、即興の打楽器となる。
 心臓の音のように、大地が鳴る。
 全てが一体となる。

 音楽家はこの瞬間のために、生きているのだろう……イズマは思う。時が止まり、世界と音が秩序だった混沌となって存在する、調和の一瞬のために。
 そのためならば、いくらでも奏でよう。
 そのためならば、幾つでも曲を作ろう。そして次へ続けていこう、次のさらにトーティスが音を奏で、曲を作るその日を心待ちにしながら。

「ブルーフラワーの旦那さん、曲のタイトルは何?」
「そうだなあ……」
 酒場の女将に聞かれて悩んでるヤツェクが答える前に、イズマは心に浮かんだ単語を口にした。
 フーリッシュ・ケイオスと。
 自分達が生きるこの世界の名前を、祝福するように、噛みしめるように。

 シャイネンナハトを待つ者達の宴は続く。
 夜はさらに澄み、星がこの手で掴めそうなほど……。

  • 混沌祝祭曲完了
  • NM名蔭沢 菫
  • 種別SS
  • 納品日2025年12月24日
  • ・ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093
    ・イズマ・トーティス(p3p009471

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