SS詳細
そしてやっと、僕と君の恋は叶った
登場人物一覧
カーテンを開けば仄暗い部屋の中へ太陽の光が射しこむ。瞳に流れる明るい刺激に思わず瞼を落としてしまう。仰け反るだけで節々に鈍い痛みが走るのは、何処か怪我したわけでも病に伏せたわけでも無く。
「あいてて……よっこいしょと」
窓の近くに置いてあるロッキングチェアに腰掛けようとして膝を庇いながら曲げるが、思わず痛みを声に出してしまう。経験してきた冒険で負った怪我と比べることもない些細な違和でも、身体は悲鳴をあげて主に痛覚として報せてくる。
「コラバポス様? 何か呻くような声が漏れておりましたが……」
ノックと音と共に聞こえる少女の声に反応しようとする前にドアが開く。
「起きてらっしゃったのですね。今朝も冷え込むみたいですので此方を」
少女、否、給仕が部屋の中へ入ってきてストールを掛けてくれる。まるで老人に対して接する態度だなと、そのまま口にしようと出かけたところでつぐむ。
何処も間違ってないからだ。
「アリガト。はぇ~冷え込んできたねぇ。この時期になると関節周りがギシギシだぁ」
「……地方によっては雪も降るかもと聞きました。ご自愛くださいまし」
寒いわけだ、そう零しながら眼前の給仕が己に向ける視線、心配に至る変遷を読み取る。
大人への恐怖から拒絶されるかもしれないという不安。
裏切りの疑念から歩み寄りたい希望。
信頼から家族。
「ねぇロゼッタ。君を引き取ってからどのくらい経ったんだっけ。初めましての時はこ~んなに小さかった少女だった気がしたケド」
からかうように臀部に手を伸ばせばロゼッタと呼ばれた給仕の、かつて少女だった彼女にそのイタズラな手をぺちんとはたかれて形の怒りを見せる。
「幾つになってもその盛っている所は変わりませんね……15、でしょうか。もう、そんなに経ったんですか」
「そうさ、私もすっかりヨボヨボのおじいちゃんになってしまった。がむしゃらに続けた旅も変わりなく、今なお道半ばを往く間に君は随分と魅力的な女性に育ってくれたみたいだ。嬉しいものさ」
ゆらゆらと揺れる椅子は本当に喜ばしいという感情の表われかのようで、ロゼッタは何時も見せる寂しさを隠すような彼の笑顔を、そのしわがれた手に感謝を込めて優しく握り。
「コラバ……おじ様に引き取られて、私は本当に幸せです。勿論、あの子達も」
———きゃはは、次はお前が鬼ね!
———なんだか、暑くなってきたぁ。上着脱いじゃえ!
耳を澄ませば聴こえてくる声。子供達が楽しそうに走り回り、無邪気な声をあげている。
「今日も子供達は元気だ。フフ、はしゃいでるはしゃいでる……」
手を取れなかったあの日から幾度の時が廻り、季節が移っただろうか。今は居ない彼女の代わりのつもりはないが、旅の半ばで始めた行き場の無い子供達の保護活動を始めた。力を取り組んだ甲斐もあった為か、自身が想定していた以上に成果がででおり、ロゼッタを始め、子供達を眺めているだけでちょっとした満足感はある。
「前見ないで走って全く。……あぁ、やっぱり。ちょっと行ってきますね。お昼はおじ様の好きなものを作ろうと思っているのでちゃんと起きててくださいまし」
「盛大に転んだな~。ハハ、わかった。ロゼッタの作るものはなんでも美味いから楽しみにしとく。行ってらっしゃい」
外で遊んでいる子供達の元へ向かう為に部屋を出るロゼッタの背を見送り、再度窓の外へ視線を向ける。
「混沌も変わったからこそだよな、あの子達に笑顔が戻ったのも」
様々な出自の子が居た。救えなかった者も現在だからこそ手を掴むことが出来たのかもしれない。世界に溢れるマイナスはゼロにはなってないのかもしれない。だが、プラスを増やせたのなら。
かつての戦いに意味はあったと思えるのだ。
「何でも全てが平和になったワケではないけど。こーも良い感じに進むと、ソレはソレで嬉しーよね」
子供達がこんなにも笑って、幸せと言ってくれるような日常を過ごしているよ。
喜んでくれるかな。
褒めてくれるかなぁ~。
旅はちょびっとお休みしてるけど、何時かまた捜しに行かないと。
今日も寒いしさ、手が冷たいんだ。
握って暖めてほし~。
「やっぱり、君に逢いたいよ」
タイムちゃん。
▼
「ん……寝ちゃってたか」
ロゼッタが転んだ子供の手当てに向かった後、寝てしまっていたのだろうか。
先程の身体の痛みも無く、すっきりとした目覚めで起き上がる。数十年前の体調に戻ったような身体の軽さ。久しく感じていなかった血の巡りと筋肉の活性を不思議に思っていると。
『夏子さん』
息を呑む。
そんな筈はという思いと、やっと見つけたという高揚。片時も忘れた事は無かった声はあの頃と変わっておらず。
『夏子さん? 聞こえてるのかしら……おーい』
間違いない、人生の半分以上を求め続けていた声なのだから。
理解も及ばない突然の出来事に戸惑いながらも振り返ってみれば、そこには。
「やっとこっち見た」
「タイムちゃん……?」
どうしてと理屈も理由も今は頭から抜けていて、視界に入る彼女の姿に視界が歪む。
「ん、元気にしてた?」
再開してた時になんて声を掛けるか、色々考えてきてた筈なのに。
「元気元気! アレ! っかし~なぁ。タイムちゃん迎えに行くハズだったのに自力で帰ってきちゃったの? うーわ、情けな~い」
「ふふ、待ちきれなくて。来ちゃった」
他人のそら似でも、偽物でも無く、本物の彼女だ。格好良く探し当てれば惚れてくれるかなって期待していたのに向こうから来てしまった。嬉しさ九割の戸惑い一割。
「やっぱり帰ってくるの大変だったよね? 大丈夫? 大丈夫ではないか。あぁっと、えーと、なんだろ、なんて言えば良いのかなぁ」
言葉が詰まる。自分が何を言いたいかもわかっていないのだ。
「そーだ、聞いてよタイムちゃん。アレからさ色々あってさ、子供達を沢山保護して回ったりもして、ほら、ほら聴こえる? 子供達の声がさ。さっきも初めて保護した子に拾って貰えて幸せだったって言ってもらえて、ほんと、わた……僕はやってよかったって思ったところで」
わからない事に焦って必死に言葉を吐き出す。静かになったらまた彼女は何処かに消えてしまうのではないかと無自覚の恐怖を押し潰して。
その様子を微笑みながら相槌を打っていたタイムは遂に我慢が決壊したかのように噴き出して笑いながら涙を拭い。
「待って待って、そんなにいっぺんに言わなくても大丈夫だから。落ち着いて、ね?」
まるで子供をあやすような口調で背中をさすってくれる。そんな子供だましに安心してしまうのだから。
「あぁ~恥っずぅ~。うっかりゴメンねぇ。タイムちゃんに逢った時に褒めて貰いたくて!」
「なぁにそれ、夏子さんたら本当に子供になっちゃったの?」
君に逢った時に誇れる自分で在りたくて。
恥ずべき自分のままじゃ嫌で。
今度こそ君に見合った自分で隣に立ちたかったから。
「たくさんの人を助けていたのね。わたしの分まで……こんなにも長い間」
「がんば……った、頑張ったよ。時間が掛かるなんてなんとも思わなかった。苦でも……なかったっ
」
また逢いたい、そこしか考えていなかったのだから。
がむしゃらに頑張ることしか出来なかった。
「タイムちゃんのこと、ばかり考えてた。誰かを助けてればまた君に逢える事もあるかもって」
ただ自身に言い聞かせてきただけの強がりで。理屈も無い理由。
「うん、うん……」
「タイムちゃんが居なくなっちゃったから、死んだんじゃないかとも思った。でも、そんな確証も持てなかった。信じたくなかったんだそんなこと!」
「だから……捜した。捜したんだ」
堰を切ったかのように私は言葉を吐く。何も出来なかった後悔を洗い流して、利己的な想いでこれまで保護した子供達を救っていたことに対しての罪悪を懺悔する。
「でも、夏子さん。それだけじゃないんだよね? あの子達が育ってどんなこと思った?」
「嬉しかった……あんな良い子達に育ってくれてさ、僕に拾われて幸せって言ってくれて。ようやく、タイムちゃんに誇れる自分になれたのかなって」
気づいた時にはもう君は居なくなってしまった。だからもう間にあわなかったなんて思わないように。
「どうして夏子さんが誇れる自分になりたいと思ったの? これまでも、わたしの隣にあなたは居てくれていたはずなのに」
「僕は……タイムちゃんに恋したんだよ! 君に合う自分になりたかった。君の行ってきた跡を辿れば、成れると思って! なにも、どこにも君が居た証が残っていなかったから、だから捜したんだ。やっと、ようやく逢えた! 逢いたかったのに逢えなかった! 逢いたかったからなんだ!」
声が枯れる。喉が悲鳴をあげたって知るものか。
「抱きしめたかった! なんでもないような事を話したり、笑った顔も、泣いてる顔も、困った顔だってまだまだみていたかった! 触れあって、キスをして……とにかく一緒に居たかった。だから今がすごい嬉しいんだ。また逢えた。やっぱりタイムちゃんはまだ居たんだって!」
居てくれて、ありがとう。生きる中で重ねていった思い出の中で、どうしても忘れたくなくて。
「そのままのタイムちゃんでいてくれて、本当に……っ」
ありがとう、もう離さないからね。嗚咽で言葉が出ない。こんなめちゃくちゃな叫び聞かせてゴメン。もっと格好良くキメたかったんだけど。
「そっか……ごめんね急に居なくなって。約束も守れなくて」
いいんだ、君が居てくれるのならそんな事は。頬に伝う雫が邪魔だ、もっとちゃんとタイムちゃんを見たいのに。
「本当はね、いつだって近くにいたのに声は届かなくて。長い間待って、やっと逢えたの。わたしだってずっと待ってたんだからね……ばか」
崩れ落ちて泣く私の頭をタイムちゃんは優しく抱きしめてくれた。許すも許さないも無い。
「ハハ……じゃあ僕の今まで全部筒抜けだったってコト? 全然気づかなかったって、恥ずかし」
「だから、夏子さんがここまで頑張ってたことも知ってるの」
随分回り道をしてしまった。安堵したらちょっと疲れてしまったけれど、これからは彼女が共に在ってくれるのなら気にすることもない。
「待たせちゃってゴメンね。見ててくれてありがとう……おかえり」
「ん、ただいま。もうどこにも行かないわ」
久しぶりに感じる彼女は、前と変わらず明るい太陽と花の香りで。
私は、僕は、これからの彼女との未来を想って瞼を閉じた。
●
「コラバポス様? お食事の準備が整いました」
「……おじ様?」
かつて少女だった給仕は彼の顔を覗き見て目を細めて一歩下がる。
彼は何時も楽しそうで、たとえ辛い時でも自分達の事を考えてくれていて。
とても優しい人だったのだ。
でも、時折見せる寂しそうな表情を彼女達に消せない事も自分達は理解していた。
だから。
「……さぞかし良い夢をご覧になっているのでしょう」
『んじゃ、再会を祝して何か食べにでも~? それともどっか遊び行ったりとか~!?』
『夏子さんったら、話したいこともた~っくさんあるけれど、これからは時間はたっぷりあるんだから』
『そうそう、積もる話もたくさん……あ~でもタイムちゃん、久しぶりに二人きりで甘えちゃっても良いかなぁ?』
『んもう! 夏子さんったら、しょうがない人ね』
陽光射し込む暖炉前の窓辺。
ロッキンチェアが静かに揺れている。
外からは子供達の笑い声。
その主は満足気で。
無邪気で穏やかな面持ちは何処か、幸福そうであった。