PandoraPartyProject

SS詳細

喜びも悲しみも、いつしか薄れるものだから

登場人物一覧

コラバポス 夏子(p3p000808)
君におかえりを
タイム(p3p007854)
貴方にただいまを

 偶然と言うには出来すぎで。
 必然と言うには嘘くさくなる。
 出逢いは何時も唐突で、心の準備なんてさせてくれやしない。
 恋する相手を見ていると心臓が高鳴るなんて嘘だ。
 苦しくて、泣きたくなって、何処にも行くなと手を掴みたくなる。
 逃がさないように抱き寄せて、気持ちを縛るように口づけを交わさないと。
 今度こそ。
 今度こそ。

 あぁ、わかっていた。これは好きとか愛とかじゃなくて。
 それが出来なかった自身の後悔なのだと。
 喪ってからずっと、僕は恋情に囚われたままだ。


「思うんだけど、深緑をあてなく旅するのってただの考えなしでは?」
 幾らか平和になったこの世界。英雄譚に終わりはあれども彼等の物語は続いている。
 その中の一人、コラバポス夏子にも生活があり人生の終着にはまだまだ道は長い。稼がなければ飯も食えないが目的も無く生きる気にもなれない。
「こんな広大過ぎる国、端から端まで歩き回れる気がしないんだけども」
 独り言ちながら地図を片手に木々の合間、舗装なんてされていない獣道をかれこれ数時間歩き続けていた。獣でさえ聞き耳立てていないのだから、誰が居なくとも声を出して喋っていても恥ずかしくない。決して寂しい訳では無いのだ。決して。
「とはいえ止める勇気も無い……か。ちょっと、疲れちゃったな~。な~んて言ってみたり」
 共に未来を歩んでいく筈だった少女を喪ってから数年、あの時掴めなかった手を手繰り寄せる為に始めた旅は進展も無いまま時だけが経っていく。一年目は柄にも無く張りきっていたものだ。
 目指すのは深緑の奥地、果ての未踏地であれば彼女も見つかるのではないかと僅かな希望を抱いて。二年目、三年目。そんなつもりは無かったけれど、次第に置き去りにしていた思考も追いついてくる。
「希望に縋っていただけのかなってね。……でもさ」
 現実を見ろ、未来を歩け、過去は乗り越える物。そんなことは解っている。黒狼隊の皆、かつての決戦を越えた仲間達、それぞれ抱えてきた何かに答えを出してきた所も見てきている。
 そんな中、自分はどうなのだろうかと振り返ってみれば数年越しでも変わらない自分がそこに立っているのだ。
「諦めたら……君が消えてしまった事を認めてしまったら。それを抱えて生きていかなくちゃいけないじゃないか」
 恐怖。
 未来を歩むことこそが夏子にとっては恐怖なのだ。
 愛した彼女と恋する感情を忘れないと誓っても、残った人生で起きるであろう思い出に侵されるかもしれない。今は直ぐに出てくる光景が、数秒でも思い出さないといけないという忘却が怖い。
 酷く臆病ではないか。彼女はそんなこと望んでいるのか。その思考こそ彼女の死を認めているようなものではないか。
 そんなありきたりな正論を冷静な自分が刺してくる。
「はは、停まっちゃってるねぇ」
 声に出して無理矢理にでも思考の循環を途切れさせた。こんな暗い感情が渦巻くことも年々増えてきたものだが、都度追い払えているだけまだ自分は諦めていないんだろうと安心もしている。
 結局の所、この旅を辞めていない時点で彼はまだ捨てきれていないのだ。
 自分に恋を教えてくれた少女に再会する可能性を。
 この想いがある限り、まだ自分は立てる。求めていると奮起出来る。
「(なんとも、メンドクサイ男になっちゃったもんだなぁ~)」
 この複雑な感情は未練なのであろうか。出逢うまで知りえなかった心の機微を他人事みたいに俯瞰してみた。
 悲しく、苦しい。解消もできない靄の中を進んでいるよう。
「でもこの苦しさもさ、君がくれたものなんだよね」
 そう思えばちょっと愛しいか。大層なものを与えてくれたものだよと思いながらも。
「はぁ~、会いたいよ」
 心の底から声が出た。こんなぐちゃぐちゃにしてくれたその人は何処へ。
「ねぇ、タイムちゃん」
 この世界の何処かで生きていると信じたくて、その可能性を自分の中で否定しながらもゼロではないのなら探すしかないじゃないか。
 ずっとこんな僕を追いかけてくれたのだから。
 今度は僕が追いかけたいんだ。

 この獣道にも終わりが見えてきたようで、薄暗い森の先には夕暮れの空。崖下には小さな人工の小屋の群で窓からはぽつぽつと光が漏れている。
 今日の宿があれば良いなと、夏子は村に向けて足を進めていった。


 村にしては大きくて、町としてはこじんまりしている。
 辺鄙といっても良いだろう奥地にある所だ。充分すぎるほど人が住むには発展している村に着いたのは橙の空から暗闇に移行してくる頃。幸いにして客足の少ないらしい宿の主人からはこんな時間の来訪でも歓迎された。飯と酒は近くの酒場でとってくれとのことで向かってみれば、外からでもわかる賑やかさだ。扉を開けて更に喧騒が耳についてくる。空いている席がないかと見渡し、なんとか見つけてさぁ行こうと足を踏み入れたその時、視界の端で凄い勢いで誰かが向かってくる。
 避けようと思えば避けられた。半身ずらせばその人はそのまま背後の扉をこじ開けて出ていったことだろう。
 そうしなかったのは、否、できなかったのは。
 あまりにも似ていたから。本人だと言ってしまえばその通り受け入れられそうな。
「んぷっ!? なぁにぃ~?」
 おうわっとぉ~。前のめりに来たものだから顔からぶつかってきた。
 此方に気づいていないからか止まる気配の無い女性がその勢いのまま夏子に激突した所をなんとか受け止める。
「大丈夫? 急いでたみたいだけどお一人ですかお嬢さ……」
「あ~~~~ごめんなさい! 見ない顔ね、ここ初めて? お兄さん今ヒマ? お酒飲みにきたのかした。少し付き合って! 決まりね、ほらでたでた! 良い所知ってるんだから!」
 背中をグイグイと外へ押し出そうとしてくる。逆らえずに外へ出た所で今度は腕を引っ張ってきて。
「ほらほら! 早く行きましょ!」
 正直自分は全ての理解を置いてけぼりにしていて。だって探し求めていたその人過ぎた。
 やっと見つける事ができたのだから抱きしめて喜びを表すべきなのに。
 声も、髪だって、姿形そっくりなのに。
 夏子の脳内が判断したのだ。この子は違う。捜していたあの子とは別人という事を。
 困惑混じりに引っ張られる力に従って行こうとして、ふとまだ空いている扉の中に視線を流してみると。此方に向かって叫ぶ男の姿を認識する。
「た……イムちゃん? ちょっとアッチのヤツがなんか」
 咄嗟に知っている名を口にしてしまうと、漸く足を止め。
「……? 私、自己紹介したかしら。ま、いっか。ほらほら、早く行きましょ」
 やはりあの子なのか。違うと確信しておきながら期待してしまう。
「え、名前。もしかしてタ……」
「イムっていうの。今呼んでたでしょ? 私の名前」
 名前まで似ているのかよ。再度引っ張ってくる腕への暖かな感触に、違うと分かっていても懐かしさで涙が流れてきそうだ。
 そして思ったより、力が強い。
「ちょぉ~! わ、わかった、ついてくから一旦止まって~」
 止まってはくれなかった。


「くぅ~もう一杯!」
「ノリはさっきの酒場の方が合ってたのカモなぁ」
 宿と酒場から少し離れた路地裏から入れる酒場。静かに飲みたい人は此方を利用するのだろうか。
 連れてこられたと思ったらやっと腕を離してくれて奥の席へまっすぐ向かっていく。こっちこっちと手招きして隣の席に着けばマスターがウェルカムドリンクを目の前に置いてくれた。
 あっという間に空にしていたイムと名乗った女性はお代わりを頼むと漸く自身が巻き込んだ者へ興味を持ってくれたようで。
「冒険者の方? ごめんなさいね、丁度通り道に居たから」
 通り道に居たら初対面でも関係無かったのだろうか。無かったから此処に居るわけだけども。
「いやいや~。こんな綺麗で可憐な女性の頼みは断らないコトにしてるんで。寧ろ光栄まであるね」
「ま、お上手」
 互いに何杯か飲んだ後、ぽつぽつとイムが零し始める。最初は遠慮がちに、酒が進めばオブラートを破り捨てて。
 どうやらイムの彼氏、冬男・カロボパスという男はなんとも女泣かせな性格をしているらしく。
「冬男さんってばひどいの! 私が居るのに他の女の人と逢ってたり追いかけたりして!」
「酷いねぇ~。こんな美人さんを放って他の人とイチャイチャなんて許されませんよなぁ~」

「私の事、好きって言ってるのに顔見たら通りすがりのお姉さんをデレデレ眺めてた!」
「あちゃ~、ダメダメだ。目の前に最も見詰めるべきレディが居るのに~」

「大事にするよって言いながらウソばっかり。甘い言葉言ってれば大丈夫だと思ってるんだわ」
「イカンよね。誠実さが欠けてるっちゅ~話だぁ」

 溢れる愚痴に止まらない酒。
「(こんなトコロも似てんのね……)」
 危うさを感じさせる酒癖に、何杯か前からマスターに頼んでアルコールを限界まで薄めて果実の匂いで誤魔化したものにしてもらっている。
「大分溜め込んでるじゃん。そんで、今日は何を言い争ってたん?」
 聞けば聞くほど己にソックリな男の話。
 喋れば喋るほど目の前の子が重なってしまう。
「今日はお祝いしようって決めてたのに遅刻してきたの! 大事な日だったのに……きっとまた綺麗な女の人に夢中だったんだわ! 今度という今度はぜ~ったい許さないんだから! おかわりっ!」
「まぁまぁ、そりゃザンネンだったねぇ。飲んで忘れるしかないよな~」
 相槌を打って宥めている間も。
「家だって帰ってやらないんだから。ちょっとは困ればいいんだわ」
 どこまでも着いてくる面影に夏子の心が揺らぐ。笑い方や酒癖だけではない、このやり取りにも懐かしさを感じる。
 もしかして、本当にこの子がそうなんじゃないかと。
「悪いけど今日はとことん付き合って貰います! ほんと最低! クズ! 人でなし! 色情魔!」
 そんな事言うものだから、つい意地悪したくなって。
「でも好きなんだ。ソイツの事」
 ワザと憎たらしい表情を作り問いかけてみれば、これまでの勢いが唐突に萎んで俯きながら。
「……そうよ! もう、これじゃ私が馬鹿みたい」
「へへっ、ゴチソウサマ」
 そうそう、彼女もこんな感じで照れるんだ。
 タイムちゃんもこんな風に。


「(あぁ、ダメだ。これじゃ僕の方が悪酔いしているみたいだ)」
 夏子の中の冷静な部分と暴走し始めた期待がアルコールの力もあってか均衡が破られつつある。
 このイムという娘は別人というのは理解している。この混沌という世界の中で生まれ変わりや転生が無い、なんて言い切れるワケも無くて。
 だけど絶対なのは、なんであろうとこの子はイムちゃんであってタイムでは無いのだ。
 隣を歩いて微笑んでくれた女の子じゃあない。
 解っている筈なのに吐き出す言葉は自分勝手なもので。
「んなヤツ相手にしないでさ~。イムちゃんも他のヤツ好きになっちゃえば?」
「ほかのヤツって?」
「(そんなありえないってカオしちゃうんだもんな~)」
 そう、ここまで聴いて他に靡くような子ではないというのは知っている。
「例えば~。そう、僕。超オススメ、大事にしちゃうよ~?」
 違う。こんな軽い言葉で心が移ろう訳がない。
「あなたを? ふふ、お上手。嘘でも……うれしい」
 ちっとも嬉しそうじゃない。違う、自分はそんな顔させたい訳じゃなくて。
「実はイムちゃん。僕の……えぇと、恋人になんかも~ソックリでさぁ。前世とか信じてる? 憶えてないかなぁ~?」
 コテコテなナンパの文句になってしまったり。自身の焦りを隠すには功を奏したのだが。
 この口説きも冗談と受け取ってくれた彼女は幾分かマシになった酔いを更に深くするかのようにグラスを空にしながら笑みを浮かべ。
「それって私、口説かれているのかしら? 結構ロマンチストなのね」
「そ~だよ、イムちゃん相手じゃそーもなっちゃう。こんな雰囲気の良いトコロで二人で飲んでるんだから僕だって頑張っちゃうよ」
 まったくもってよろしくない、よろしくない事は自覚している。こんな繰り言になんの意味もないことは解っている。それでも。
「ん~? 会ったばかりの女を口説いたら恋人さんに怒られちゃうでしょ」
 抱かずにはいられなかった。君がその恋人なんじゃないのかって。
 勝手に希望を見出して、期待を押し付けた。あの懐かしくて焦がれていた頃の情景が視えてしまったから。言葉に詰まっていると思われたのか。
「ふふ、でもありかも。そうよ! 私だってあの人じゃなくったって別に……」
 この時だけは心の底と同じ気持ちなのが声に出て。
「全然良くなさそ~」
 きょとんとしたイムと目が合えば、なんだか可笑しくなって二人で噴き出して笑ってしまった。


「そう、よくないの」
「なにが~?」
「さっきの、あの人じゃなくったっててところ」
 グラスを揺らし、中の氷がカランカランと鳴っている。憂いを含んだ横顔は静かな決意と元来の聡明さを覗かせていて。
「あの人じゃないと……嫌」
 恋は焦がれるもので、でもイムはそれだけではなく。
「でも、私が追いかけているだけじゃダメ。どこかで終わらせなきゃって思ってるの」
「それは、どうして?」
 自分が気づくのが遅すぎた事を彼女は既に知っていて。

「だって、好きな人との幸せって、一人で目指すものじゃないでしょ?」
「ずっと、好きな人の隣で笑っていたいのにね」

「あぁ」
 彼女も、タイムもそんな事を思っていたのだろうか。
 俺の隣に立って一緒に未来を生きたいと。
 酔いなんて既に醒めきっていて、マスターが新しい果実水を淹れてくれる。
 この娘はタイムではない。
 似た誰かでも、転生した生まれ変わりでも無く。
 イムという一人の女の子なのだ。
 自分では代わりにならないし、彼女もタイムの代わりなんかじゃない。
「そっかぁ、そーだよね。でも、終わらせちゃっていーの?」
「あら、もう口説くのはおしまい?」
 乾いた笑い声しか返せなかったのは我ながら情けなく。
「いやぁ、敵わないなぁって。そのさ、押しても引いてもだめだったワケでしょ?」
「う、うん」
 ぎこちなくなってしまってるだろうか。だが、こんな自分から言えるアドバイスなんて。
「そのさ……一回家出とか、してみたら?」
 そこまで予想外だったろうか。それとも躊躇った空気の中で出た言葉が意外だったのかもしれない。
「聞いてる限り、イムちゃんが戻ってきてくれるって何処かで安心しちゃってるんだ。冬男のヤツは。だからさ、一回わからせたほうが良い、ウン、怖い目見た方がいいんだってコト」
 なんの反応も無く、恐る恐る彼女の方へ視線を送ってみると。
「ね、寝てる……」
 どこまで聞いていただろうか。本心からのアドバイスであり、自身にしか分からない自虐だったのだが。
 起こす気にもなれず、自分のコートをかけてやればいつしか店内は自分達とマスターだけになっていて。
「ふぅ~、なんだか、懐かしかったような苦しかったような……マスター、一杯おまかせ貰える?」
 置かれたグラスの中、明るい空色のカクテルは心の淀みが少し薄まったような、甘くて優しい味であった。


 どのくらい時間が経った頃だろうか。
 店の扉が開かれた先には息切れした男の姿。間違いない、大衆酒場に居た此方に向かって叫んでいた男だ。彼女は何処だと詰め寄られたが、流石に野郎に密着される趣味も無い。かけていた上着を取って目くばせをすれば、無事を確認してようやく安堵の溜息をついていた。
「なんだ、そんな心配なら怒らせることしてんじゃねー。ちゃーんと追いかけないから俺なんかに捕まっちゃってんじゃないの」
 言葉に詰まる冬男に、畳みかけるように呆れた目線もトッピングして。
「迎えに来るのも遅ぇー。行先くらい見当つかねーのカース」
 二悶着ぐらい発生した。

 イライラしたのは何故かなんて決まってる。全部自分に跳ね返っているから。
 だが、自分は届かなくなってしまったが、イムや冬男はまだ違う。
「探しても探しても居ない……なんてコト、あるんだぜ」
 似たような愚者を見るのは散々だ。精々自分の見えない所でやっててくれ。
「大事なら、ちゃんと掴まえときな。手ぇ離すなよ」
 今回はイムの為にそれっぽい言葉を贈ってやった。失った者の言葉なのだ、それなりに重くはあると悲しい自負を抱きながら。
 手をひらひらと振りながら。勘定をマスターに渡して店を出ようと扉に手を掛ける。
 『いってらっしゃい』
 思わず振り向くと、目を擦りながら寝ぼけ眼で此方に言葉を投げかけたイムの姿。
 夏子は息をのみながらどうして自分がその言葉に反応してしまったのかわからずにいた。どこかで聴いたことあるような、整理した部屋を出た時と同じ気持ち。
 イムが冬男に詰め寄る姿に苦笑しながら今度こそその場を去る。


 必要なものは買い込んだ。これで暫くは保つだろう。
 タイムに関して得られた成果は無い。それはこれまでと同じだけども。
 少なくとも、ここ数年靄がかっていた暗い想いは少し晴れた。
 世の中はまだまだ不思議だらけで。
 期待を捨てるには早すぎる。
 悲しかった事も多いけれど、同じくらい楽しかった事もあった。
 君の小さな手の感触、名前を呼んでくれた声、抱きしめてくれた暖かい腕。
 見つかるかもしれないし、終ぞ見つからないで終わってしまうのかもしれない。
 少なくとも、今それを決めなくてもいいんだと思えるようになれたら良いな。
 「今更なんだけどさ、僕もやっぱ追いかけるのやめられないや~」
 自分に恋を気づかせてくれた君の手を摑まえる為に。
 何時までも閉まった思い出を忘れない為に。
 夏子の旅は新たな季節を向かえる。

  • 喜びも悲しみも、いつしか薄れるものだから完了
  • NM名胡狼蛙
  • 種別SS
  • 納品日2025年06月04日
  • ・コラバポス 夏子(p3p000808
    ・タイム(p3p007854

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