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ノー・リターン

登場人物一覧

華懿戸 竜祢(p3p006197)
応竜
華懿戸 竜祢の関係者
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●誘い
 月は、古来より様々な象徴として人々の思想を染めてきた。愛然り、幻惑然り、そして狂気もまた然り。
  『応竜』華懿戸 竜祢 (p3p006197)を迎えた満月、そしてその下に落とした影が何を象徴するものか――そんなことは語るまでもあるまい。
「久しぶりですわね、ねーちゃん」
 水晶のティアラ、ネックレス、純白のワンピースに身を包み、鞘に収めた六本の日本刀を侍らせた少女……『霊亀』水神月 ノアの声は、溌剌とした響きを伴って、望外の喜びを竜祢に伝えてくる。ああ、だが、彼女は恐らく……否、『間違いなく死んでいる』のだ!
「過去になったお前と馴れ合う気はない。こんな物を用意してまで私を呼び出すとはな」
 竜祢は懐から手紙を取り出し、ひらひらと振る。差出人、宛先不明。然し乍ら、相手が自分へ向けて送ったものだというのは明らかだった。互いを知ったればこそその感情は、元の世界であれば『信頼』と呼べたものである。だが、今は違う。
「この世界は私達のそれとは違う。理不尽は通らず、管理されることをよしとする者は少ない。幻想(ここ)なら尚更な」
 竜祢はこの地で、そしてローレットで各国を巡り混沌の有り様を理解していた。自分達の世界――管理社会として成立したディストピアとは全く違う。
 同じ立場にあった者同士、ノアの考えていることは想像できる。理解できる。だが、それを納得してやることは、とてもじゃないが出来はしない。努力を基にした精神、『命の輝き』を尊ぶ彼女は、命を繋ぐことで今という時間を維持しようとするノアの停滞を許容できないのである。
「嫌ですわね、ねーちゃん。久々に会ったのだからもう少し明るい話をしません?」
 ノアは竜祢の拒絶的な言葉を脇に置き、マイペースに笑顔を振りまいてくる。彼女はごくごく自然な感覚で竜祢へ有効的に接しているが、本人にしてみれば迷惑千万、といったところだろう。
「今にも斬りかかってきそうな武器を侍らせて明るい話? 冗談までつまらなくなったのだな、がっかりだ」
 竜祢は肩を竦め、相手から視線を切る。話すことなどない、と言っているかのようだ。実際、それとなく『そう』告げているのだが、通じているやら。
「そう……ですわね。冗談はこの辺りにしましょうか。それじゃあ、ねーちゃん」
 おさらいしましょうか、とノアは、否、『霊亀』は語る。
 『混沌』で起きた事件群、その混乱のほどを。

●応酬する二者(霊)
「サーカス事件……でしたわね? この幻想を大きな混乱に招いたあの事件。あの時に紛れて現れた『砂蠍残党』が後々また騒ぎを起こし、鉄帝の侵攻を誘導した。……間違いありませんわね」
 竜祢は実際、その辺りの一連の騒動を知識でのみ知っている。その上で眼前の相手が話していることは正確だ、と分かる。
「それに前後しての『悪性ゲノム』事件、ああ、ローレット(あなたたち)は海洋でも魔種を討ち取ったそうですわね?」
 霊亀が語ったのは、魔種・チェネレントラによる一連の事件のことか。『まるで見てきたかのように』口にする彼女は、超然とした目で言葉を続ける。
 この調子なら、今まさに天義を揺るがす自体も知っているのだろう。……まったくもって暇人め。
「お前がこの国に身を置いていることは薄々気付いていた。だが何故だ? 私達がいるこの国についてだけ、お前は知っていればいいはずだ。他国、ひいては混沌全土のことなど、お前が生きる為なら不要だったはずだ」
 竜祢はそう口にし、知らず出た言葉に心底から舌打ちを交えた。『生きる為なら』? 馬鹿な、目の前の霊亀はすでに死んだ者だ。今更この相手の事情など理解する必要もないだろうに。
「いいえ、それでは足りませんのよ。この国だけが平和になっても、どこか別の国だけが無事で済んでも、駄目ですわ。『混沌』がそもそも危険に満ちている。これでは、私が安心して座れる『椅子』がない」
 霊亀がこの世界に辿り着いた時点で、既にこの世界での居場所――彼女の言葉では『椅子』――を得ているではないか。そう、普通なら考える。だが竜祢は違う。彼女の口にするそれは、一般論とは大きく乖離している。
 そも、彼女と霊亀を含めた『四霊』は管理社会の中枢に食い込んだ面々であった。だからこそ霊亀は二度目の人生などという例外を許されたのである。
 そもそも定命の者とは全く違う経緯を辿る生き方をする彼女らこそが例外の塊ではあるが、それは別として。彼女らは、『全てに於いて選ばれし者』であった特権を持っていた。
「私の、私達の世界のように、全てを一度終わらせた上でもう一度――私達四人の管理する世界に作り変える。ねーちゃんの椅子も、るーちゃんの、きーちゃんの椅子だって用意しますわ。素敵でしょう?」
 霊亀の口から出た提案がどれほど馬鹿げているか――この世界を識る者なら、かの『蒼剣』なら鼻で笑い、『色彩の魔女』なら「グリーン・ヘイズの夢物語ね」と述べることだろう。
 つまりは考えるのも馬鹿馬鹿しい、あるいは先の無い破滅思考めいた話だ、ということだ。
「『混沌』は『秩序』に変わる。戦いを忘れた人々は笑顔になり、平和になる。『あっち』でも私達『は』間違えなかったでしょう?」
 間違えなかった、今までも、これからも。
 ――嗚呼、なんて傲慢な言葉であることか!
「私と一緒に来て、『応竜』。あなたが一緒なら、あの二人もきっとついてくるでしょう?」
「……断る。応じる道理がない」
 ぎりぎりと軋む歯を引き剥がし、舌を動かし、竜祢……否、『応竜』はきっぱりと相手の提案を切り捨てた。道理がない。道理ではない。それは、受け入れ難い毒である。
 応竜の目は霊亀を見据えていた。感情を殺した、無味乾燥を眼窩に詰め込んだような視線で。

●拒絶と乖離
「お前は間違っている、霊亀。お前は混沌の事件をよく知っているようだが、混沌という世界の在り方を何一つ理解していない」
 応竜は霊亀へ向けて、吐き捨てるように告げる。世界の在り方、人々の心の所在。霊亀の理想が世界常識と乖離している、それは『夢物語』で済まされる。
 だが、その理想は夢物語と言うにも下品に過ぎた。
「幻想を動かすのは貴族の功利主義と神への信仰心の両輪だ。それを揺るがした『サーカス』も『砂蠍』も、瓦解の楔を打ったのは立ち上がった民衆であり貴族だった。鉄帝はどうだ? 彼らに平和を宛てがって、それを良しとする連中か? 動き続ける機械を無理やり止めて、放置すればどうなるか。私達の世界でも見てきた筈だが?」
 世界というのは、常に多くの人間の思考を以て回るものだ。彼女達の管理社会は、『そう』と分かっていれば享受できる幸せもあろう。
 だが、混沌は? 『平和』だけで心満たされる国家や主義のみではないのだ。
「お前の考えは自己中心的だ。『混沌肯定』があるこの世界で、傍若無人に振る舞えると思っているのか? 『椅子がない』? 世界に順応しない者に与えられる椅子などあるものか。混沌の私達は『四霊』ではない。一個の旅人でしかないのだ」
 応竜の目には、言葉には、常日頃のような緩さは微塵もない。強い拒否、嫌悪――同族嫌悪というには複雑すぎる感情が渦巻いているように思えた。
「混沌の摂理に順応しろ。できなければ、摂理に飲まれるだけだ。そうでなくてもこの世界、余所者の私達など及びもつかない連中で溢れているんだぞ。今のお前では、否、私達が束になったところで世界の形を変えるなど不可能だ。よしんば世界を動かせるとしても、それは『混沌』ではない。ただの四霊が生み出した理想の残骸だ」
 淡々と、応竜は拒絶と説得とを積み上げる。武器を取れば話は早い。だが、霊亀の実力の程を測れない以上は手を出すべきではない、という自覚があった。相手の刀が鞘に収まっているのも、その感情のあらわれだろう。お互いに、牽制しあっているのだ。
 応竜の拒絶が予想外だったのか、はたまた別の意志か。霊亀は彼女の言葉に目を瞠り、それからうつむきがちに声を漏らした。
「そう……ですのね。私達は『また』道を違えるしかありませんのね」
「そうだ。『また』だ。恐らくはもう二度と同じ道を歩むことはあるまい」
 どちらかが宗旨替えするか、命を落とすまで。その言葉を続けなかった応竜は、辛うじて理性を保っていた。霊亀の正気を失わせない程度には。
 応竜はそれきり、黙って踵を返す。霊亀は引き止めない。声をかけない。ただ、静かに空を見上げていた。

 戻るべき場所へと歩を進める『今という居場所を得た』応竜と。
 虚無の中に狂気を交え、空を見上げる『過去に縛られた』霊亀。
 彼女らの道が再び交わることがあるなら、それはつまり――。

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