PandoraPartyProject

SS詳細

花葬送

登場人物一覧

珱・琉珂(p3n000246)
里長
ヴィルメイズ・サズ・ブロートの関係者
→ イラスト
ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)
指切りげんまん

「こっちよ」
 花開く、桜色の髪がふんわりと揺らいだ。結わえたその髪先は緩やかに弧を描く。
 古びた外套が風に揺らいで、咲いたかんばせはと比べれば随分と大人びたものだった。
 尾がふんわりと揺らいでから彼女は楽しげに振向いてから「ヴィルメイズ!」とその名を呼んだ。
「はあい」と間延びする返事を一つして「里長様~~~~」と呼ぶヴィルメイズに「琉珂!」と彼女は、琉珂は頬を膨らませるのだ。
 いやはや、染み付いた呼び名を変えることは難しい。
「琉珂様」
 姿勢を正したヴィルメイズに彼女は朗らかに笑うのだ。花咲くように微笑んだ彼女も成人をして立派な里長と呼ばれる様になっただろう。
 謳うような足取りで歩く彼女の後をついて行きながらヴィルメイズは「晴れて良かったですねぇ」と周囲を見回した。
 フリアノンからピュニシオンの森を越え、ヘスペリデスへと至る――その道は苦難に溢れていたのだろうけれど、それも随分と昔の話しのようにも思えた。
 今や歩きやすいようにと整備がなされて竜種との共存は確かなものとなってきたのだろう。其れ等全てがという博愛と、慈愛を携えた暴食の使徒が残して行ってくれたみちしるべであったと思えば胸も熱くなる。
「琉珂様、随分な時が経ちましたねえ」
「そうね。気付いたら私も一人前の里長って感じじゃない?」
「ええ、勿論ですとも。フリアノンの未来は琉珂様が背負っておられます、と、何ですかその顔? もしかして私が美しすぎたばかりに凝視を?
 仕方ないですね、どうぞ~、存分にご覧下さい。確度を変えても美しい私で申し訳ないですが~、どうぞ~」
「……んー、ふふ、ヴィルメイズは何処からどう見ても美しいけれど、まあ、さておいて」
「おかれました?」
「オジサマのお墓までもう少しよ! 目の前でランチしてやるんだからね!」
 さらっと彼の言葉をスルーする琉珂も慣れたものだった。何せ、覇竜領域クニを巻込んでの一大事件から長い刻が流れてしまったのだ。
 竜種は人間と等共存できないと、そう言われながらも竜への愛情と敬意を胸にしていた者達が竜種と共に過ごせるまでになったあの刻は刹那の瞬きの様だった。
 ヴィルメイズから見て見れば、落ちこぼれだと言われ世間知らずだと指差され里長代行達が彼女の後ろ盾とならねば成らないほど弱々しく見えた里長は見違える程になった。
 快活で、おてんばな部分は変らない。それは彼女の、琉珂の性格なのだ。だが、人を導く為に苦難をも乗り越える強さも、決断を下すことさえも出来るようになった。
「ヴィルメイズー?」
「はぁい、参りますとも~。申し訳ありません、美しい花が私を呼んでいたので、美しすぎる余りに共鳴してしまったようでして」
 微笑めば琉珂が可笑しそうに笑うのだ。ああ、その笑顔こそがの護りたかったものなのだろう。

 薄れ征く、花の野を駆け回る幼い彼女はきっと何にも返ることの出来ぬような宝玉のようなものだったのだろう。
 まろい掌を握り締め、何時だって庇護に置こうと傍に立っていたその人は冠位魔種と呼ばれた不倶戴天の敵でありながら彼女の父であった。
 琉珂と呼ぶ優しい声音に、笑みに溢れた瞳から当り前の様に滲んだ愛情は彼女という存在をひだまりの中ですくすくと育てたのだろう。
 彼にとっては瞬き程度の僅かな時間で、琉珂にとっては人間の一生の途中で、それから――
(ええ、きっと、良き時間をお過ごしになったからこそ美しい花があの方の墓所まで続いているのでしょう)
 なまめかしく萌える翠の瞳が細められて振り返る。ひらりひらりと古ぼけたコートが揺らぎ「ヴィルメイズ」と呼ぶ声が弾んで、踊る。
「こっちよ」
 華やぐ春の髪先がふんわりと揺らいでから己を呼ぶときに楽しげに揺らぐのだ。
「ええ、琉珂様。そんなにお急ぎにならずとも~」
「見て、見て、オジサマのお墓の周りに凄いお花が咲いているわ! ふふ、誰かが植えたのかしら?
 ザビーネかしら、アウラちゃん? それとも、んー……分からないけれど、ふふ、良いわね。オジサマもきっと喜んでいる」
 花の溢れたその墓所からフリアノンを見詰める事が出来るのだ。里おじさまと呼ばれたこの人が最も大切にした場所を花に囲まれ見遣ることが出来たならばどれ程に幸せだろうか。
 ただ、その最後を思い出せばなんと苦しいものであったかとヴィルメイズは彼を思えばちくりと針で心の臓器を突き刺されたかのような心地にもなるのだ。
 彼はこの世に一番不必要であったのは愛であり、親孝行であり手向けの花束の如く悪人として振舞うことこそが己に出来る最大の愛情であるとさえ告げて居たのだ。
「琉珂様は、あの時の事を思い出しますか?」
「ええ。夢には見るほど。……私ね、オジサマに酷い嘘を吐いていたと思っているの。
 あの人が大事に大事に私を守っていてくれたのに、それでも、あの人が私に教えてくれたことが誇らしくて、愛おしくて、彼の嘘を分からないふりをしていた」
 ――父が、母が、死んだ理由はうっすらと分かっていた気がした。
 それでも彼が傍にいてくれたのが愛おしかった。不完全でも、人間になりたいと、我武者羅に進んでくれたあの人が光であった。
 あの光が曇ってしまうことが怖くて何も知らない無垢な女の子で居たのだ。

 ――琉珂。

 あの人の声は、忘れてしまった。
 そう思い出す度に苦しくなって仕舞う。もう、声も、笑顔も、何もかも忘れてしまって、気付いた頃にはこの墓は誰にも知られぬ場所になるのだろうか。

 ――琉珂。

 里を開きたいと告げた時、彼は驚いた顔をしてそれから困ったように笑って。素晴らしい決断ですなあなんて揶揄ってくれた。
 あの時の彼がした事だって、後になってから気付いたのに。歩いてきてしまったその先に、彼を殺す未来があった。今や過去になったそれを今だって夢に見る。
「琉珂様……」
「でも、いいのよ。さようならはきちんと言えたもの。
 きっと、それを言葉に出来たのは皆が居たからだと思うの。だから、私ったら、きっとよ」
 手向ける華を両手に抱き締めて彼女は朗らかに笑った。
 幸せにおなりなさい。美しい琉璃と白瑪瑙のように嫋やかで美しい娘よ。
 彼の言葉を思い出してからヴィルメイズは「それはよかった」と目を伏せた。
 墓の前に花を供えてから琉珂が振り返る。「フリアノンが見える~!」といつもの通りに彼女は朗らかに告げて手を振るのだ。
「ああ、ねえ、もしも遠い遠い未来に珱の人間が冒険に出ようとして」
「琉珂様のお子様ですか?」
「んー、私ではないかも。私の血族の一人かも。親戚、とか、そういうの……でも、珱を名乗ったその人が旅に出たとしたなら。
 その時は手伝ってやって欲しいの。ヴィルメイズにも、それから魁命にも」
 魁命と呼ばれたそのはヴィルメイズの唇を借りて「何故」と不服そうに告げた。
 眉を吊り上げ、普段の穏やかなヴィルメイズと表情を一転させた魁命に琉珂は「え、魁命なら面倒くらい見れるでしょう」とそう言ったか。
「何かそれを頼む理由でもあるとでも?」
「あ、ばれた。あのね、父方の……先代里長に妹が居たわ。
 分家と言うべきね。珱の分家筋の一家に新しい子どもが生誕したそうなの。
 鮮やかな空みたいな青い瞳、春の花みたいな桃色の髪、それからとびっきり、お茶目な雰囲気を感じさせた桃色の尾の子どもよ」
 魁命は瞳の色を覗けば琉珂に良く似た特徴をあげつらえてきたものだとじらりと睨め付けた。
「珱・瑾華きんか。女の子よ。きっと私に似て、暴れん坊に育つから……もし、何処かにお出かけしたいって行ったら面倒を見てやって欲しいの。
 私だって、親戚の可愛い可愛い女の子には優しくいたいのよ。でも、この立場はきっと里から出ることを難しくする。
 ……私と同じよ。未知を既知として、そして、切り拓いていくことを楽しみに思って欲しい。
 その時に、私の傍にはオジサマがいた。でも、瑾華の傍には私は居てあげられない。だから、そこで魁命なの!」
「……だから、何故」
「貴方はきっと優しい人よ。それに、何だかんだで面倒見もよさそうだもの。よろしくね」
 不機嫌そうに拗ねている魁命に琉珂はにんまりと笑った。ヴィルメイズと魁命の関連性よりも、魁命というの存在こそが琉珂にとっては頼りになる存在だと考えたのだろう。
 諦めきった様子の魁命の声を聴きながら琉珂は「ヴィルメイズ、ご飯にしましょう!」とそう言った。
「ええ、では。美しい私が丹精込めて握った美しいおにぎりを食べましょう! 琉珂様の……料理、は、ちょっとォ……大騒ぎしすぎますから、ね! ね! ささ!」
「えー? 私もお弁当作ってきたかったのになあ……女子力じゃない?」
「琉珂様ほどに成れば存在が女子力ですから~!」
「今適当に言った?」
 琉珂にいやいやと首を振ってからヴィルメイズは微笑んだ。傍らに腰を下ろして共におにぎりを頬張れば、その味わいは普段よりも美味く感じられる。
 柔らかな風吹く中で、ヴィルメイズはふと彼女の横顔を覗いた。
 これからもっと大人になって、里を継ぐ者が生れ落ち、それから繋がっていく血の道をという思い出と風化せぬように守って行く覇竜の姫君。
 彼女はいつまでだって朗らかに、大らかに、そして真っ直ぐに進む道を選ぶのだろう。
「ねえ、食べたら何かしない?」
「……お手柔らかにお願いしても? ほら、この美しい体に傷がついてしまいますから~」
「んん……じゃあ、魁命と遊ぶわ」
「何故!」
「何故じゃないわ、遊びましょうよ、ねえ、ねえ!」
「何故」
「え? 魁命だって私の領域クニの一員でしょう。だから、大切な存在として、じゃあ、私の作ってきたお弁当と鬼ごっこしましょう」
 ――何時までも、彼女の笑顔が曇らぬよう。大輪の花々で彼を送り過ごすのだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM