PandoraPartyProject

SS詳細

魔法が溢れて

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い
ジョシュア・セス・セルウィンの関係者
→ イラスト

 魔女集会、一緒にどうかしら。そんな手紙が届いたのがほんの少し前。深くなった秋の森は少しだけ澄んだ冬の気配が近づいていて、歩く度に熟れた果実と土に変わる落ち葉の匂いがする。

 カネルはいつもよりも迎えに来るのが早くて、尻尾が揺れる様子から集会が楽しみなのだと伝わってくる。その姿が可愛くて、魔女集会と知らされて踊る心がさらに踊る。走って向かいたいような気持ちになって、急いでリコリスの家に向かうと、彼女はちょうど家の中から荷物を運び出しているところだった。

「おかえりなさい、ジョシュ君」
「リコリス様。ただいま戻りました」

 おかえり、ただいま。大きな仕事の後でなくても、そうやって挨拶するのがいつの間にか定着していた。ここがジョシュアにとって帰る場所になったのだと、リコリスにとってもひとを待つ場所になったのだと思えるのが嬉しくて、ほんの少し照れくさい気持ちはあるけれど、ただいまと言うのを続けている。

「さ、行きましょ」

 荷物を運ぶのを手伝えば、彼女もまた照れくさそうに笑って、「今日の魔女集会は一番多くの魔女が集まるから、お菓子作り張り切っちゃったの」と言った。リコリスのお菓子が魔女の皆にも喜ばれているのを想像して、胸が温かいような、ちょっぴり寂しいような持ちになる。寂しいと思ってしまったのは顔に出さなかったつもりだけれど、リコリスは何かに気が付いたように柔らかく笑う。皆に内緒よ、と袋に包まれたマカロンやクッキーを渡されて、今度は頬が熱くなった。

「馬車に乗りましょうか」

 ジョシュアの様子にそっと微笑んで、リコリスは庭を指さす。だけどそこに馬車はなくいつもの干された薬草と、植えられた植物があるだけだ。何が起きるのと思って見つめると、リコリスはほんの少しいたずらっぽく笑って、ローブのポケットの中から小さな鳥籠を取り出した。鳥籠を開けると小さな丸いものが飛び出して庭の中心で膨らんでいく。あっという間にジョシュアの背を越し、馬車の形になったところで成長を止めたそれに、思わず感嘆の声が零れる。

「すごい」
「でしょう。この魔法道具を使った魔女の子、今日も来るはずよ」

 あとで紹介するわね。そうリコリスが微笑み、ジョシュアに馬車に乗るように促した。魔法の馬はリコリスのお菓子を食べると元気に鳴き、空に向かって翔ける。

「わあ、飛んだ……!」

 人からは姿が隠れるようになっているというから、カーテンを開けてそっと外を覗いてみると、リコリスの家がぐんぐん小さくなっていて、遠くの街の明かりも小さく見えた。どきどきと音を立てる胸を押さえて、外の様子を眺めていると、リコリスがちいさく微笑んだ。

「着くまでしばらくかかるから、ゆっくりしましょうね」

 こくこくと頷いて、外を眺めたり、リコリスのお菓子を食べたり、他愛のない話を続けているとやがて馬車の高度が落ちていって、焚火の炊かれた広い空間に降りる。安心して、と伝えるようなリコリスの手に導かれて馬車から降りると、馬車は鳥籠の中に吸い込まれていった。

 馬車の中でもどきどきしていた胸がいっそう音を立てて、ジョシュアに自分自身の気持ちを知らせてくる。大きく息を吸って、そっと顔を上げると、焚火を囲むようにして座っていた魔女たちがリコリスに手を振っているところだった。

 再会を喜んでいる魔女たちがやがてジョシュアを見て、そのうちひとりが「前に言っていたあの子ね」と呟いた。

「前に言っていた、って?」
「ララは初めて聞くのか。リコリスが可愛がってる子よ」
「ああ、道理でリコリスが明るい」
「ジョシュ君のおかげなのよって、リコリスってば」
「ああ、はずかしいから、ね、それはあとでね」

 真っ赤になって止めに入るリコリスの横でジョシュアも頬が熱くなるのを感じていたが、やがて魔女のひとりがジョシュアにニッと笑いかけてくる。

「リコリスの大切な友人なんだろう? ならあたしらは君を歓迎する」


 魔女が集まるほどに隅に並べられた箒の数が増えていって、リコリスがお菓子を分けているうちに長い列が出来ていた。その光景に目を惹かれながらもお菓子配りを手伝って、ジョシュアが持ってきた差し入れも一緒に添える。
 差し入れは花の砂糖漬けだ。バラにスミレ、ビオラ、ミントを加工して作ったそれは、まるで繊細なカットが施された宝石のようだ。リコリスの美味しく綺麗なお菓子に彩を添えるようなそれは、魔女にもリコリスにも喜ばれて、照れくさくて下を向いた。するとちょうどその時、空から悲鳴が響いた。

「ごめーん! 墜落しまーす!」
「レンちゃん頑張って焚火よけてー」
「無茶だよぅ」

 三つ編みの魔女が空から降ってくる。その光景はどうやら他の魔女にとっては見慣れた光景のようで、笑い半分心配半分でそれぞれが魔法で助けているのだった。

「ふーんだ、こんなの人間に追いかけられた時と比べたらへっちゃらさね」
「レンちゃん今日の発明は?」
「火花散らしながら飛ぶ魔法の箒」
「またご機嫌な発明を」

 リコリスがそっとジョシュアをつついて、それからレンの元に歩いていく。一言二言なにか話した後、レンがぱっとこちらを見て、たっと駆け寄ってきた。

「魔法の馬車は凄かったでしょ?」
「ええ、とても。僕、ずっとどきどきして」
「だろー!」

 わしゃわしゃとレンがジョシュアの頭を撫で、それにつられてリコリスが笑う。
 魔女たちとは不思議と打ち解けられるような気がする。そう思いながらここに来たけれど、こうして本当に受け入れてもらえるとほっとする。でもきっと、あまり不安にならずにいられるのは、リコリスと過ごしてきた時間があって、彼女から魔女についての話を聞いていたからなのだと思う。

 毒の精霊だと早く伝えてしまったほうが、公平な関係になれるだろうか。いつか彼女たちの力になる時に信用を得やすいだろうか。そう思いはしたけれど、魔女たちの様子を眺めていると、こうやってレンのように周りにひとが溢れている人の方が珍しいらしかった。自分のこころを隠したまま、淡々と魔法の情報を交換するかのように話す魔女が何人もいるのを見かけて、焦って作り出した勇気が萎んでしまう。するとリコリスが「焦らなくて良いのよ」と言うように微笑んで、抱えていたカネルの尾が頬を撫でた。
 そうだ、今日は魔女たちに会うのが初めてなのだ。焦ることなんてない。今日は魔女たちに挨拶ができれば十分だ。そう思ったらなんとなく気が楽になって、集会に影響が出ないようにそっと端っこに座る。

「やあやあ皆さん。人間のハロウィンのお祭りも終わって、我々も安心して集会を開けるようになりました」

 司会は時折人間への嫌味を挟みながらも、魔女たちが再び集える喜びを語った。

「前置きも眠いだろ、始めようか。レンの研究はさっき見たから飛ばしてリコリス」
「ひどぉい」
「嘘だよ、お前は最後だ」

 くすくすと笑いながらリコリスが立ち上がる。皆の視線が集まる場所に立ち、彼女はそっと息を吐いた。

「私はいつも通り魔法薬よ。今日は眩暈に効く薬について話すわね」

 薬草の配合や調合の方法を話すリコリスはいつもよりも生き生きとしていて、でも包むような優しさがあって、その話に耳を傾ける。なんだか新鮮で、嬉しかった。

おまけSS『繋ぐ願い』

 猫に翼を生やす魔法、死の痛みを軽くする魔法、虫よけの魔法。様々な魔法が様々な魔女により発表されていく。猫に翼を生やす魔法と聞いた時は思わずカネルを見てしまったが、カネルはジョシュアの頬をつついて小さく鳴いただけだった。リコリス曰く、膝の上に座っているほうが楽しいと思う、とのことだ。

 魔女の中には人間への恨みを晴らすための魔法を発表する人がいて、それに賛同する人もいれば困ったように笑う人もいたけれど、誰もその人を止めることはなかった。止められなかったのだと、思う。

「優しさを忘れた魔女にね、優しさと楽しいことを思い出させるのが、魔女集会の目的の一つになったの。最近決まったことだけれど」

 ジョシュ君を見ていたら、私たちも変わらなくちゃって思ったの。リコリスはそうはにかんだ。

「レンちゃんの魔法紹介たーいむ、はじめるぞ」
「爆発する?」
「しない! でも花火はやる!」
「出たレンの花火馬鹿」
「今日のレンちゃんの魔法はちっちゃいシュークリームを確実に口の中に投げ入れる魔法です」
「食べ物で遊ぶな」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎになる集会の場は少しずつ笑いが溢れていく。人間への恨みを零していた魔女ですらその様子に小さな笑みを零していて、ジョシュアは辺りを見回した。

「レンさんが楽しさを思い出させる係で、私が優しさ」

 いつか人と歩み寄る時に、少しでも明るい気持ちを取り戻していられるように。リコリスはそう呟いて、ジョシュアの手にそっと触れた。

「私たちに変わりたいって思わせてくれて、ありがとう」

 焚火に照らされた横顔と目があって、ジョシュアはそっと目を逸らした。まさかこんな風に感謝されるとは思わなかった。

「あの、僕」

 頑張ります。そう呟くと同時に花火が上がって、思わずジョシュアもふふと笑う。ここに来られて良かった。心から、そう思った。

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